52・悪党どもをぶちのめしに行きます
声の方へと目をやると、子連れの女性が、体格のいい男に剣を向けられていた。
「大声出すんじゃねえ! そのガキをこっちによこせ!」
「いやあぁっ!」
瞬時にヴォルドレッドが動いた。瞬く間に男に肉薄し、取り押さえる。あまりにも鮮やかな動きだった。母親と男の子も、何が起きたのかと目を見開いている。
「ぐっ、誰だテメェ……!? 放せぇっ!」
「黙れ。ミア様の耳を、汚い声で汚すな」
私はヴォルドレッドのもとへ追いつき、男に質問する。
「あなた、どうしてこんなことをしたの。何が目的?」
「うるせえ……」
「ミア様が、貴様に聞いている。答えろ」
ヴォルドレッドが男の首に剣を突き付ける。男は冷たい刃の感触に震え、命乞いをするように白状する。
「お、俺は、頼まれただけだ! 子ども達を連れて来いって……」
「頼まれた? 一体誰に」
「うっせーな、なんでそんなこと言わなきゃならねーんだよ!」
男がそう言うと、ヴォルドレッドは彼の手を捻り上げた。
「言わないのであれば、言うまで痛めつけるだけだ。……早めに白状した方が、余計な苦痛を味わわずにすむと思うがな」
「ぐ……わ、わかった! 言う、言うからぁっ!」
男は観念した様子で、事情を話す。
「俺達のボスが、魔竜の宝玉を欲しがってんだ! だから噂で聞いた、魔竜復活の儀式を試そうってなって……」
(魔竜の宝玉……やっぱり、狙っている奴は多いのね)
魔竜はユーガルディアの人々にとって脅威だが、膨大な魔力を秘めた宝玉というのは、魅惑的である。己の利益や目的のため、あえて魔竜を復活させたがっている人間もいるのだろう。
「それが、誘拐とどう関係あるのよ」
「魔竜復活の儀式のために、『特別な血を引く子ども』を生贄にする必要があるって話なんだ。だが、どこにその『特別な血を引く子ども』がいるかわからないから、ボスが俺に、なるべく大勢の子どもを集めてくるよう命令して……」
(生贄……? 大勢の子どもを集めて……?)
ぞっと背筋が冷える。自分の欲望のために罪のない子ども達を犠牲にするなんて、あまりにも卑劣だ。
「まさか、既に連れ去られた子どももいるわけ?」
「ああ。既に何人か、仲間達がガキどもを捕らえてる」
「その子達はどこにいるの」
「……ウィンディーナの森の奥にある、小屋の中だ」
そこで、男の視線がちらりと、傍に停めてあった馬車に向いたのを見逃さなかった。
「その馬車に子どもを乗せて、今から向かうつもりだったってわけね」
「だ、だったらなんだよっ……」
無関係な人の馬車なら強奪するわけにはいかないが、誘拐犯の所有物なのであれば容赦なく使える。今すぐ、子ども達が捕らえられている場所まで行くことができる。
(そう……一刻も早く、助けに行くべきだわ)
暴力を振るわれている子、怪我をしている子がいるかもしれないし、聖女の力を使える私がいた方がいい。ただ――
メイちゃんをそんな場所に連れて行くわけにはいかない。かといって、ここに置いてゆくのも論外だ。どんな危険があるかわからないのだから、この世界で、彼女を一人にさせたくない。だから、私の選択は――
「ヴォルドレッド、お願い。行ってくれる?」
「かしこまりました、ミア様」
「ありがとう。……メイちゃん、ヴォルドレッドに任せて、私達は王宮に戻りましょう。この先は危険だから」
けれどメイちゃんは、狼狽えることなく言った。
「私は大丈夫。お姉ちゃん、行こう」
「駄目よ。危険な場所に、あなたを連れて行くことはできない」
「心配してくれてありがとう、やっぱりお姉ちゃんは優しいね。でも、怪我をしてる子ども達がいるかもしれないんでしょう? お姉ちゃんも、本当は気になってるんだよね。けど私に気遣って、王宮に戻ろうって言ってくれてるんでしょう?」
賢い子だ。こちらの内心なんてお見通しのようだった。
「私のせいでお姉ちゃんが儀式の場所に行けなくて、治癒が間に合わなくて死んじゃう子とかがいたら、一生後悔するよ。……私は、私のせいでお姉ちゃんが悲しむのは嫌。自分のやりたいままに突き進むお姉ちゃんのことが、好きだから」
メイちゃんは、確かな覚悟を持った瞳をしていた。これから危険な場所に行くことになるというのに、彼女の瞳には怯えの色がない。私を信用してくれているからだろう。
「わかったわ。あなたがそう言ってくれるなら……行きましょう」
「お二人とも、ご心配なさらず。ミア様と、ミア様にとって大事なものを害そうとする者は、私が全て葬ります」
「心強いわ。でも、メイちゃんにトラウマを作らない程度にね」
私は、アイテムボックスから伝令魔石を取り出す。ユーガルディアの国王陛下に、何かあったときの連絡用として渡してもらったものだ。
「陛下。緊急の用件がありまして、よろしいでしょうか」
「ああ、聖女殿。どうした?」
陛下に、不審な男を捕らえたこと、魔竜復活の儀式と、そのために子ども達が生贄にされそうになっていることを伝える。
「私達は今から、急いでウィンディーナの森に向かいます。犯人達と顔を合わせた場合、聖女の力で攻撃を行うかもしれませんが、許可していただけますか」
『無論だ。こちらも騎士団を出動させるが、到着まで時間がかかるだろうからな』
「ありがとうございます」
『こちらの台詞だ。聖女殿、どうかユーガルディアの子ども達を救ってほしい』
「お任せください、犯人は必ず捕らえます。――罪のない子ども達が私利私欲のために利用されるのは、虫唾が走りますから」
そうして一旦陛下との連絡は切り、ヴォルドレッドが捕らえていた男には、「動けなくなる呪い」を与えた。
「か、身体が動かない……!?」
かろうじて口だけは動くが、他は指の一本も動かすことができない状態だ。子どもに危害をくわえようとしたのだから当然の報いだし、こんなものじゃ足りない。
「じきに王国騎士団が来るだろうから、あなたはそこで転がっていなさい。私達は行くから」
馬車に乗り込もうとしたところで、助けた親子に頭を下げられた。
「あ、あのっ……。助けていただいて、本当に、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「いえ。こんな男に目をつけられてしまって、災難でしたね。この男の仲間が来ないとも言い切れないので、あなた達は、安全な場所まで急いでください。くれぐれもお気をつけて。念のため、これを」
私はアイテムボックスから自作の回復薬を取り出して、親子に渡した。
「聖女様、本当にありがとうございます……!」
「いえ。それでは、私達は先を急ぎますので」
私とメイちゃんは馬車に乗り込み、ヴォルドレッドは馬を走らせてくれる。
「ま、待て! 俺の呪い、解いていけよぉっ……!」
動けないままの男が情けない声を上げるが、その場に置き去りにして、私達は森へ向かった――





