51・ユーガルディアの人々を救います
●ブレードル&ピピフィーナside
一方、レストスライムの罰を受けた後のブレードルは――ピピフィーナを連れて自分の屋敷に戻り、湯浴みをした後、屈辱で拳を握りしめていた。
「くそっ、あのミアとメイとかいう、生意気女どもめ! 俺の誘いを拒否し、挙句の果てに、俺に恥をかかせやがって……!」
決闘を挑んだのはブレードルの方だし、レストスライムの罰を受けると言い出したのもブレードルである。だが彼は、怒りの矛先をミアとメイに向けていた。
決闘で勝利したヴォルドレッドではなくミアとメイを恨んでいるのは、「自分より弱そうに見えるから」という理由に他ならない。自分より強いと認識した者には、反撃を恐れて何もしないが、自分より格下だと思っている相手には当たり散らすのだ。
「ピピフィーナ、お前は俺の味方だろうな!? この俺があれほど侮辱されたんだぞ、お前ももっと怒れ!」
一方、ピピフィーナはといえば――
(決闘のときのブレードル、かっこ悪かったなぁ。それに比べて、あのヴォルドレッドさんって人、かっこよかったぁ~)
ピピフィーナの興味は、ブレードルではなくヴォルドレッドに移っていた。ミアとヴォルドレッドのやりとりを見て、二人の間に恋情が存在するとわかっているにもかかわらず……むしろ、「だからこそ」ヴォルドレッドに惹かれていた。
(仲良くすることは、いいことだもん! ピピは、ヴォルドレッドさんと仲良しになりたいだけ!)
そしてそんなことを考えながらも、ピピフィーナはブレードルの前で、まるで彼のために憤っているかのように頬を膨らませる。
「うん! ピピもすっごくぷんぷんしてるの、ブレードル!」
(ピピ、ヴォルドレッドさんと仲良くしたいけどぉ。ブレードルはお貴族様だもんね。ヴォルドレッドさんがピピのものになってくれた後も、ブレードルにはピピのこと、好きでいてほしいなぁ~)
ようするに、ブレードルとヴォルドレッドの二股をかけたいという願望である。ブレードルもメイに手を出そうとしているので、ある意味お似合いかもしれない。しかし「仲良く」なんて言葉で美化しているが、やろうとしていることは、婚約者がいる身でありながら、ヴォルドレッドを略奪するということだ。……ただ恐ろしいことに、ピピフィーナの場合、本人がそれに無自覚で、罪の意識がない。
(それにブレードルは勇者様の血を引いてるんだから、魔竜が復活したら、もっとすごい力に目覚めるかもしれないよね! いっそ、早く復活してくれないかなぁ。宝玉を狙っている人って多いみたいだし、復活の方法が模索されたり、試したりしてる集団もあるって噂だけどな~)
いずれにせよ、ピピフィーナはヴォルドレッドに惹かれつつも、ブレードルを手放す気はない。だからこそ彼を諫めることなく、むしろ焚きつけるようなことを言う。
「ミアちゃんには聖女の力があるんだもん。ピピ、聖女の力ってよくわかんないけど、きっと何かズルしてたんだよ!」
「なるほど……! その通りだ、あの女が聖女の力で、騎士の強化をしていたに違いない! 俺達は卑怯な聖女に騙され、嵌められたんだ!」
「うんうん。ミアちゃん、悪い子だよねぇ……くすん。ピピは皆と仲良くしたいだけなのに、どうしたらミアちゃんは、わかってくれるんだろう?」
「ピピフィーナ。あんな悪ともわかり合おうとするなんて、お前は本当に優しいな。さすがは俺の婚約者だ」
(ピピフィーナを悲しませるなんて、やはりあの女、許せん……! いずれ正義の鉄槌を下してやる。世界は平和であるべきだが、勇者の正義に従わない人間は、排除されても仕方がないからな)
(ミアちゃんは悪い子だから、ピピ、これからも説得し続けてあげなきゃ。ヴォルドレッドさんも、きっとミアちゃんに騙されてるんだろうから、ピピが助けてあげるんだ! ピピが仲良くしてあげれば、きっとみんな、自分の間違いに気付いていい子になってくれるよね☆)
一度は道を踏み外しても、ワンドレアのように、変われる人間がいないわけではない。……それでも、変われない人間の方が遥かに多い。
罰を下されてもなお、自分を見つめ直すことができなかった二人は――この先、更なる破滅を迎えることになる。
◇ ◇ ◇
●ミアside
ユーガルディアでの滞在許可を得た私は、陛下の頼みもあって、この国の人々の治癒を行うことになった。
まずは広場に人を集めて広域治癒を行った。広場までやってくることも難しいような重症の方々のところへは、個別で訪問することになった。ヴォルドレッドと、それからメイちゃんも一緒だ。以前メイちゃんがブレードルに連れ去られそうになった前例もあるし、ブレードルはあのときより更に私を逆恨みしているだろうから、たとえ王宮で護衛と一緒でも、メイちゃんを一人で置いて行くのは心配だったのだ。
まず向かったのは、とある民家だ。魔道具職人のご夫婦の息子さんが、現在八歳なのだけど、二年前に森で魔獣と遭遇してしまい、魔獣のブレスを受けて呪われてしまったのだという。それからずっと、発熱や身体の痛みに苦しんできたそうだ。
「聖女様、こちらが息子のカイルです。どうか、呪いを解いてやってください……!」
「はい。すぐ解呪しますので、安心してください」
「ああ、よかった……! ほら、カイル、聖女様が来てくださったんだよ! これでお前の呪いが解けるんだ、よかったねぇ……!」
「カイル君、はじめまして。私は聖女のミアです。今、呪いを解きますからね」
カイル君はじっと私を見つめて、不安そうな顔をした。
「僕……治癒を受けてもいいの?」
「もちろんです。……あ、もしかして、お金の心配をしていますか? お代はいただかないので大丈夫ですよ」
「ううん、そうじゃなくて……」
「何か、心配なことがありますか?」
「前に……勇者様と、ピピフィーナ様が、呪われた僕を励ますために、家まで会いにきてくれたんだ。そのときピピフィーナ様に、『いい子にしてたら、きっと呪いは治るよ』って言われて……。僕の呪いがずっと治らなかったのは、僕が悪い子だったからじゃないの? 僕は、聖女様に呪いを解いてもらっても、いいの……?」
「……!」
ピピフィーナは子どもを励ますつもりで、『いい子にしていれば呪いは治る』と言ったのかもしれない。実際それが、軽い風邪などのすぐ治るものであれば、問題なかった。だけど呪いは自然治癒するものではない。この世界の住人なら、常識として知っていることだ。
カイル君はピピフィーナの言葉を信じて、「いい子にしていれば治る」と希望を抱き、けれどどんなにいい子にしていても呪いは消えず……いつしかその言葉は、彼の心の呪縛となってしまったのだろう。
私はカイル君と目線を合わせ、できるだけ穏やかに語る。
「カイル君。呪いというのは、聖なる力で解呪しないかぎり、治らないものなんです。『いい子にしていれば治る』とか、『頑張れば治る』なんてことはないんですよ。カイル君が呪われたのも、今まで呪いが治らなかったのも、あなたのせいじゃありません。……あなたが、自分が悪いんだなんて思う必要は、どこにもないんです」
「聖女様……」
私の言葉に、カイル君は目を見開き、涙を浮かべた。
「カイル……お前、そんなことを考えていたの……!? ああ、なんてこと! お前は私達の愛する、大事な子。世界一いい子だよ!」
「そうだ。父さんも母さんも、お前のことが大好きだぞ!」
「お父さん、お母さん……よかったぁ……」
カイル君が安心したようだったので、私は再び、彼に笑顔を向けた。
「さあ、呪いを解きますね。いきますよ……」
解呪の力を使い、聖女の煌めきを出す。
今まで自分を責めてしまっていたカイル君に、どうかこの先は幸福がありますように、と願いを込めて。
眩い光に包まれたカイル君は、ぱあっと瞳を輝かせる。
「身体が楽になった……! さっきまで熱くて苦しかったのに、もうなんともないよ!」
「ああ、よかった、カイル! 本当によかった……!」
「うん……! 僕、嬉しい……!」
皆さんはひとしきり喜びあって――カイル君は、あらためて私にお礼を言ってくれる。
「聖女様、ありがとうございます」
「いえ。カイル君が元気になって、本当によかったです」
「あの、呪いを解いてもらったことも、もちろん嬉しいんですけど……。呪いは、僕のせいじゃないんだって、言ってくれて……すごく、嬉しかったです」
「私は本当のことを言っただけです。……『いい子でいればきっといいことがある』とか、『頑張っていれば報われる』とか、自分を高めるために希望を持つのも、大事なことではあるのだと思います。……ですがそれは、『いいことがないのは、自分が悪い子だから』というわけではありません。カイル君が自分を責める必要なんて、ないんですよ」
カイル君の目から一滴、涙が零れた。
そのままぽろぽろと、綺麗な雫がベッドシーツに吸い込まれていく。
「聖女様、本当に本当に、ありがとうございます。聖女様がミア様で、本当によかったです……!」
身体だけでなく心も、長年の呪いから解かれたように。
カイル君は私が家を出るまで、ずっと晴れやかな笑顔を向けてくれた――
◇ ◇ ◇
その帰り道。私達は、三人で歩いていた。
カイル君達の前では、邪魔にならないよう極力静かにしていたメイちゃんだったが、さっきから嬉しそうに私を見ている。
「やっぱり、お姉ちゃんはすごい。聖女の力があるってだけじゃなくて……。お姉ちゃんが聖女だからこそ、皆から好かれるんだろうね」
「そ、そんなふうに言ってもらえると、くすぐったいわ。……でも、ありがとう」
彼女はまっすぐに私を見つめたまま、目を細める。
「……カイル君に向き合ってたときのお姉ちゃん、すごく、優しい顔をしてた。お姉ちゃんが柔らかく笑ってくれると、なんだか懐かしい気持ちになるんだ。やっぱり、四歳までお姉ちゃんに育ててもらってたからかな」
「……そうね。私も、あなたが笑うと懐かしい気持ちになるわ。あんなに小さかったメイちゃんがこんなに大きくなったなんて、今でも夢みたいよ」
彼女の笑顔に応えるように私も微笑みを返すと、メイちゃんのたちまち瞳をキラキラと、星みたいに輝かせた。
「あ~、お姉ちゃん、本当に推せる……! 私、お姉ちゃんのアクスタとかあったら絶対買うのに!」
「いやいや、私のアクスタなんてないから」
「『あくすた』というのが何かは存じませんが、ミア様に関するものであれば、私は無限に欲しいです」
「あなたもいちいち参戦してこなくていいから、ヴォルドレッド」
二人に挟まれ、嬉しいやら反応に困るやらで、そわそわいると。
ふと、前方から声が聞こえてきて――
「誰か……! 誰か、助けてぇっ!」





