50・珍しくいい雰囲気になります
彼の口元は優美な笑みを浮かべているけれど、目は本気だ。というか今の台詞からして、私が他の男と「踊ったら」じゃなく「踊ろうとしたら」の時点で斬り捨てようとしている。……声を荒げられているわけでもなく、身体を拘束されているわけでもないのに、強い独占欲を感じる。
(……それを聞くために、二人きりになりたかったの?)
私は最初から、ヴォルドレッド以外の男性と踊ることなんて考えていない。答えなんて、決まっているようなものなのに。
(いや、でも、私達の関係って微妙だし……。もしかして、不安にさせてしまっていたのかしら)
ここのところ、メイちゃんのことやブレードルのことなどいろいろあって、恋愛のことについて考えている時間がなかった。
だけど、ヴォルドレッドは以前私に「愛してる」と伝えてくれて、私もそれを嬉しいとは思っているのだ。もっと、彼にも向き合うべきだった。
答えを待つように私を見つめるヴォルドレッドの瞳を見つめ返し……ちゃんと、口にする。
「誰も斬り捨てる必要なんてないわ。私は……あなた以外の男性と踊る気なんて、ないから」
ヴォルドレッドは微かに目を見開いて、驚いた顔をしていた。
いつも淡々としている彼がこんな表情を見せることは珍しいし、私の前でしか、こんな顔を見せることはない。
……私が、彼に、こんな顔をさせているのだ。そう思うと、胸が熱くなった。
(あ、あれ? 私、今まで、どうやってヴォルドレッドと接していたんだろう……)
ついさっきまで、普通に話していたり、ツッコミを入れたりしていたことが不思議だ。そのくらい……顔が熱い。
「ミア様……」
「え、えーと、あの……そ、そうそう! 決闘のことは、本当にありがとう。あなたが勝ってくれたおかげで、ブレードルの言いなりにならずにすんだし。うん、すごく助かったというか、ね!」
甘い空気は慣れていなくて、どうしたらいいのかわからなくて、思わず話を逸らすように、そう口にしていた。
(って、この話はさっきもしたじゃない。焦りすぎでしょ、私……)
自分で自分に呆れるものの、ヴォルドレッドは真顔で言った。
「私はミア様のためでしたら、どんな勝利も栄光も必ず手にして、あなたに捧げます」
「ありがとう。そう言ってもらえて心強いし、本当に感謝しているわ」
「……では。よろしければ、褒美をいただけますか」
「え? ああ! 確かに、ヴォルドレッドには決闘してもらったり、他にもいつも、いろいろしてもらっているものね。タダ働きはよくないわ。もちろん、報酬は支払うわよ」
私としたことが。無償労働には反対なのに、彼への報酬を考えていないなんて迂闊だった。働いてもらったら、ちゃんと対価を払わないとね。
「いえ。金品が欲しいわけではありません」
「じゃあ、何が欲しいの?」
「ミア様。……あなたに、触れてもよろしいですか」
「え?」
「あなたが、私以外の男性と踊る気がなかったと知って……どうしようもなく、嬉しいのです。――今すぐ、あなたを抱きしめたい」
「……っ」
(そ、そんなまっすぐに言う……!?)
燃えてしまいそうなほど、頬が熱い。今、顔が真っ赤になってしまっているんじゃないだろうか。私、そんな乙女なキャラじゃないはずなのに。
「……嫌でしょうか?」
「い……嫌じゃ、ないけど」
振り絞るような声でなんとかそう伝えると、ヴォルドレッドはまた少し驚いた後、嬉しそうに目を細めた。だ、だから、そういう顔、しないでほしい。そんな反応されたら……鼓動が、落ち着いてくれないから。
「……ミア様」
名前を呼ばれ……まるで砂糖細工を包むように、そっと抱きしめられる。
優しくて、温かくて……心が全部、溶け落ちてしまいそうだ。
(さっきから、この胸の高鳴りといい……)
――私、普通にヴォルドレッドのこと、好きなのでは?
……もともと、大切な人だとは思っていて。大切だからこそ、焦らないようにしていた。
けれど、私がはっきり返事をしないことでヴォルドレッドが不安になるようなことがあるなら……いっそ、私からも告白をして、正式に恋人になるべきなのかも……?
(真来とのことで、恋愛が少し、怖くなっていた。だけど、ヴォルドレッドなら……私を裏切ったりしないって、信じられる)
そう思い、私は彼の腕に抱かれたまま、口を開いて――
「……あの、ヴォルドレッド」
「はい」
「その……」
あなたのことが、好き。
好き、好き……。
その、たった一言なのに。
ただ一つの気持ちを、伝えたいだけなのに……。
(~~~~~っ、駄目だ、なんか恥ずかしくて言えない……っ!)
真来とのとき、どんな感じだったっけ……? 向こうから告白されたけど、それ以降は全然、好きだとか、愛の言葉のやりとりなんて、してこなかった気がする。むしろそういうことを言われるのは大抵真来が何かやらかしたときで、「悪かったって、俺が愛してるのはお前だけだからさ」なんて言われたけど、そんなの結局言い訳でしかなくて。……こんな甘いやりとりなんて、私は、慣れていない。
慣れていないというか……初めて、かもしれない。
こんなふうにドキドキして、胸がふわふわして……こんなふうに、幸せなのは。
「あ、あの……ヴォルドレッド」
「なんでしょう、ミア様?」
「えーと、その……」
好き、と言うことは、今はまだ、できそうにない。
だけど、それでも……。
「……もう少し、こうしていてくれる?」
そう告げると、ヴォルドレッドはじっと私を見つめた後、小さく笑みを浮かべた。
「……ふ」
「な、何笑っているのよ」
「失礼、あまりにも可愛らしかったので。……あなたにそんなことを言われて、私が断るとでも思ったのですか?」
「そ、れは……」
上手く答えられなくてごにょごにょしていると、ヴォルドレッドが私の耳にかかっていた髪をかきあげ、囁きを落として……
「……あなたは、本当に可愛らしいですね」
(――っ!?)
「な、何言ってるのよっ……」
「……顔が赤くなっていますよ? そういうところが、可愛いと言っているのです。そういうところ以外も、全てお可愛らしいですがね。……そのような顔、私以外の誰にも見せないでください」
「~~~~~っ」
だ……駄目だ。頭から湯気が出そうで、やっぱりとても「好き」だなんて言えない。……というか、喉から言葉が出てこない。頭がぼーっとして、目の前がぐらぐらしてきて、何も考えられなくなってしまう。
(ま、まあ……今言う必要もない、わよね? 別に明日も明後日も一緒にいるんだから、焦る必要はないもの……)
諦めて彼に身を委ねていると、ぎゅっと、抱きしめてくれる腕の力が強くなった。
そうして彼はまた私の耳元で、さっきより少しだけ低い声で囁いて――
「ミア様。私は、あなたを独占したい。こうしてずっと……この腕の中から、逃したくないのです」
声からも、私に触れる手からも確かに感じる執着が、ぞくりと私の胸を揺らす。
彼の腕に閉じ込められ、鼓動はずっと乱れて、落ち着くことはなかった――