5・元恋人は自分の愚かさを思い知ります
今回は元の世界の元彼の話です。
これは、美亜が異世界転移したときのこと。
美亜の妹であるアリサと、元彼である真来の前で、床に倒れた美亜の身体は、いきなり消滅したのだ。
最初は、美亜が倒れたことを「自分達の気を引く演技」なんて思って馬鹿にしていた二人だったが。一人の人間が目の前で跡形もなく消滅してしまうというのは、いくら非常識な二人にとっても衝撃的だった。
「どういうこと? お姉ちゃんが、消えた……?」
「な、何だよ、手品とか? でも、あいつにそんなこと、できるわけないよな……」
「え? まさか、テレビのドッキリとかじゃないよね……?」
自分達の言動が誰かに見られていたのではないか、と。二人は途端に不安になり、家の中にカメラが仕掛けられていないか探す。
だがカメラなんてないし、美亜も戻ってこない。わけのわからない状況に、不安よりも怒りの方が込み上げてきた。
「なんなんだよあいつ、俺らへの嫌がらせか!?」
「こんな手の込んだ嫌がらせまでして、私達を困らせたいなんて……。お姉ちゃんって、本当に酷い……」
「もう気にするな、アリサ! 邪魔者は消えたってことなんだから、よかったじゃないか!」
「ええ、そうね……」
最初こそ、二人はそんなふうに話していたのだが――
それからの日々は、地獄のようだった。
もともとアリサと、両親、そして子ども達の世話は、美亜がしていたのだ。美亜が一日家にいないだけで、料理も洗濯も掃除もする人がおらず、家の中は荒れ放題。子ども達が泣いても、あやす人間もいない。
美亜が消えた後、「お姉ちゃんに酷いこと言われて悲しいから、傍にいて?」とアリサに言われ、真来は鼻の下を伸ばして、青羽家に泊まっていたのだが……。家の荒れ方に耐えかねて、アリサに言った。
「おい、子ども達、泣いてるじゃんか。アリサ、なんとかできないのか?」
「だって私、体調が悪いから……私は身体が弱いってこと、真来、知ってるでしょ……?」
うるうると瞳を潤ませられては、それ以上文句を言うこともできない。言えば、真来の方が悪者になってしまうからだ。
仕方なく、真来は自分で子ども達をあやすことにした。だが抱っこしても全然泣き止んでくれないし、食事をさせようとしても食べてくれないし、何をやっても全然上手くいかず、すぐに頭を抱えることになった。
「おい、アリサ……体調、いつ治るんだよ。てか、スマホいじったりはしてんのに、本当に具合悪いのか?」
「そんな……私を疑うの……? 私、本当に本当に辛いのにぃ……」
「わ、わかった、わかったから!」
大人達の食事はファーストフードを買って済ませているが、それだけ。掃除や洗濯は、誰もやらない。アリサも真来もいい大人なのだからやればできるはずなのに、「なんで私(俺)がやらなきゃならないんだ?」と思っている。それらは今まで、美亜の役目だったからだ。
日に日に床に足の踏み場がなくなり、着るものがなくなり、ゴミが溜まってきた。それでも、誰もろくに家事をやらない。それによって不快な生活を強いられるのは自分達だというのに。
真来は、自分が一人暮らししているアパートに戻ろうとしたのだが。アリサが「酷い……私達を見捨てるの……?」「真来、この子達のお父さんになってくれるって言ったのに……」「お願い。もう真来しか頼れる人がいないのぉ……」と引きとめて、離そうとしなかった。アリサにとって真来は、これから美亜の代わりに自分の面倒を見る生贄だ。そう簡単に逃がすはずがない。
子ども達の世話については、「さすがに死なれたら困るから」と、耐えかねたアリサの両親が主体となって行うことになったが。当のアリサは最後まで、見て見ぬふりをしていた。
そんなある日のこと。真来は、仕事帰りに会社の人達と飲みに行くことになった。
「上岸、最近元気ないじゃないか。何かあったのか?」
「いや、実は……彼女が、いなくなっちゃって」
(アリサの方が可愛いし、か弱くて守ってやりたくなって、いいと思ってたんだけど……。美亜は文句も言わず家事をやってたし、便利だったんだよな……。早く帰ってくればいいのに、マジでどこ行ったんだ……)
アリサや子ども達の面倒を見なくてはならない鬱憤は、真来の中で「勝手にいなくなった美亜のせい」として、彼女への苛立ちになっていた。
「いなくなっちゃったって? 出て行っちゃったとか、そういうことか?」
「上岸って、彼女と同棲してたんだっけ?」
「えっと、その……まあ、そんなとこ」
さすがに、目の前で消えていなくなったとは言えないので、適当に誤魔化しておく。
「美亜……彼女の妹には三人の子どももいるのに、あいつが育児も全部放り出していなくなったもんだから、家の中が本当に酷いことになってて……。家事やる奴がいないと不便で最悪ですよね」
「え? 育児もって……上岸の彼女と、妹さんの子どもが、どう関係あるんだ?」
「彼女の妹……アリサは身体が弱いんです。だから姉である美亜がずっと代わりに育児やってたんですよ。家族なんだから、当然ですけど。なのに、三人もの子どもと、病弱な両親の世話も放り出して、美亜はいなくなっちゃったんです! 薄情ですよね!」
真来がビール片手にそう言った瞬間、周囲は一気にしーんと静まり返った。
「え? あれ? どうしました? ……もしかして、俺の彼女が酷すぎて引いてます?」
「いや、お前に引いてんだよ……」
「え!?」
真来はてっきり、「何それ、酷い彼女だね!」と同情してもらえるものだとばかり思っていた。なのに全員から白い目で見られ、おおいに焦る。
「妹さんの子どもは、美亜さんの実の子でもないんだし、それを一人で育てるなんて大変だろう」
「しかも両親の世話までしなきゃいけないなんて、過酷すぎでしょ。そりゃ逃げ出したくもなるって。それを薄情だと責めるなんて、鬼か、お前は」
「え……ええ? だって女って普通、家事や育児をするもんでしょう?」
「お、お前……今の時代にそれは、炎上するやつだぞ」
「でも、家族は助け合うものでしょう? アリサはか弱いんだし、美亜は長女なんだから、アリサが困ってるときに助けるのは当然じゃないですか」
真来の母親は、とにかく息子を可愛がり、甘やかすタイプの親だった。子どもの頃から、「真来ちゃんは家事なんてしなくていいの」「男の子はね、大きくなったらお嫁さんを貰って、家事は全部やってもらえばいいのよ」と言うような親だったのだ。そんな家庭で育った真来は、すくすくと「家事と育児は女の仕事」という意識のまま大人になったのだった。
「弱い者や、困っている人がいたら助けるのは、人として当然でしょう!」
「じゃあ、上岸君が家事や育児、やってあげればよかったじゃない。彼女さん、困ってたんでしょ」
「そりゃあ俺にできることならやりますけど、家事は女の役目でしょう。でも俺だって、子ども達と遊んであげたりはしてたんですよ?」
「まさか遊ぶだけで、育児してるとか思ってるの? 食事のお世話とか寝かしつけとか、何もしてないのに?」
「し、してますって! 美亜がいなくなった後は、育児をする人間がいなくなったから……俺もそういうの、やるようになりましたし」
「だったら、美亜さんって人の大変さがわかったんじゃない?」
「それは……」
(……確かに。美亜はあんな大変なことを、ずっと……何年もやってたんだよな)
真来は数日で、もう嫌になり投げ出したくなっているのに。美亜はこんなふうに飲みに行ったりもせず、ずっと黙って皆のために家事や育児をこなしてくれていたのだと、思い知らされる。
「上岸ー。言っとくが『手伝う』とかいう感覚で子育てするのも、今の時代、炎上するやつだぞー」
「で……でも別に、俺の子じゃないし」
美亜相手には「子ども達には父親が必要だから」「子どもがかわいそうだから」などと偉そうに言って、自分がアリサと再婚して父親になろうとしていたというのに。真来は、平気でそんなことを言う。
「それはそうだけど、その美亜さんって人の子でもないよね」
「上岸、彼氏なら、美亜さんって人のこと、守ろうとか助けてあげようとか、思わなかったのかよ?」
「それは……だって、美亜はアリサの姉だし、家族が助け合うのは当たり前だと思ってたから……」
「『助け合う』って言っても、じゃあ妹さんは、その美亜さんを何か助けてたわけ? 美亜さんがずっと妹さんのことを助けてただけじゃない?」
読んでくださってありがとうございます!
本日の更新はここまでです。
明日からも更新頑張ります!
元彼と妹は徹底的にざまぁ予定です。子ども達にはなるべく被害が出ないようにします。
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