49・一歩、踏み出してみます
「えっ? そんな、恐れ多いです」
「遠慮するな。聖女殿達は我が国の貴賓だし、俺はそなた達に、この国にいる時間を楽しんでほしいのだ。うむ、盛大な舞踏会を開こう!」
「舞踏会、ですか……」
戴冠式は、あくまでリースゼルグが主役の、彼が王になるための式だった。そのため、式典と立食・歓談の形式であり、ダンスの時間はなかったのだ。だから私にとって舞踏会というのは初めてだし、アニメとかでのあまりにキラキラしたイメージから、自分には似合わないんじゃないかと気後れしてしまう。
(でも、断るのも悪いわよね? ……いや)
断るのは悪い、とかではなく、「私が嫌かどうか」で判断して決めるべきだ。
ユーガルディア国王陛下は、私を困らせるためではなく、私を歓迎し、喜ばせようと提案してくれているのだから。本当は嫌なことを「断ったら悪い」という理由で受け入れるのは健全じゃない。
(嫌なことを我慢し続ける人生は、元の世界で懲りたもの。せっかく異世界なんだから、『やりたいことをやる、やりたくないことはやらない』って方針で今までやってきたわけだしね)
舞踏会というのは、私には似合わないとは思う。けれど「嫌か」と考えてみると、そういうわけじゃない。
そんなことを考えていると、隣でメイちゃんが目をキラキラさせていた。
「お姉ちゃん、舞踏会だって、すごいね! 異世界って感じだな~」
メイちゃんはテンションが上がっている様子だけど、気持ちはわかる。舞踏会なんてまさに異世界イベントという感じがするし、緊張はするけど、憧れでもある。
「陛下。舞踏会には、この二人も参加してよろしいのですよね?」
「無論だ! メイ殿とヴォルドレッド殿も、是非楽しんでくれ」
陛下の言葉に、メイちゃんはいっそう顔を輝かせてお礼を言った。
「ありがとうございます、陛下。あ……ですが私、ダンスはできませんし、パートナーもいないのですが、見ているだけでもよろしいでしょうか?」
「舞踏会を行うまでに準備期間もあるし、メイ殿のためのダンス講師を用意しよう。聖女殿と踊っても、王宮の騎士や文官達と踊っても構わない。もちろん、ダンスが嫌なら踊る必要はないし、別の形での宴にしてもいいがな」
「講師の方にダンスを教えていただけるのであれば、踊ってみたいです。……というか、お姉ちゃんと踊ってもいいのですか?」
「ああ。自由に、好きなようにするといい。俺は堅苦しいのより、ぱーっと楽しい方が好きだからな! ははは!」
(本当に気さくで寛容な王様だなあ)
舞踏会を開催するという方向で話が進んでいるけれど、止めようとは思わなかった。私も嫌だとは思わないし、メイちゃんが喜んでくれるのは嬉しい。元の世界に帰れない虚しさを消すことはできなくとも、異世界らしい華やかなイベントで、少しでも気を紛らわせてあげたい。人間、やることがあった方が悩まなくてすむものだしね。
(うん。私自身も……『舞踏会なんて自分には場違いなんじゃないか』なんて気後れするのは、やめてみたい)
せっかくだから新しい挑戦をして、元の世界での自分から、もっと踏み出してみたかった。これは、いい機会かもしれない。
(それに……ヴォルドレッドと踊れたら、きっと、幸せだと思う)
淡く胸が高鳴るのを感じながら、私は陛下にカーテシーをした。
「ありがとうございます、陛下。舞踏会、とても楽しみです」
◇ ◇ ◇
陛下から舞踏会についてのお話をいただいた後、私達はそれぞれ、ユーガルディアでの自室に戻ることにした。メイちゃんが部屋に入ったのを見届けて、私も自分の部屋に入ろうとすると――
「ミア様。もう少しお傍にいたいのですが、よろしいですか」
ヴォルドレッドにそう言われ、ドキッと心臓が跳ねた。さっき、決闘での彼の勇姿を見ていたからこそ、尚更。
「どうしたの、いきなり」
「いきなりではありません。私はいつだってミア様の最も近くにいたいと願っておりますので。毎朝毎晩毎秒、四六時中」
「まあそうね、通常運転だったわね。いいわよ、少し話しましょうか」
もはや彼のこういう発言には慣れた。内心ではまだ少しドキドキしているものの、恥ずかしいので平静を装い、私はヴォルドレッドを部屋の中に招く。
「ヴォルドレッド。決闘のこと、本当にありがとう」
「いえ。ミア様を侮辱する者に、私も制裁をくわえてやりたいとずっと思っておりましたので」
「あの自称勇者、これで少しは懲りてくれたらいいのだけどね」
話しながら、あの罰のことを思い出す。ブレードルは罰を受けたものの、正直、反省しているようには思えない。それに一緒にいるピピフィーナ本人はまだ罰を受けたわけではないし、この先も何かやらかしそうな雰囲気ではある。
(ピピフィーナといえば、そういえば……)
「そうそう。決闘の前、ピピフィーナがメイちゃんにちょっかい出してきたのよね。髪を抜いたりして……なんなのかしら、あの子」
「髪を?」
ヴォルドレッドは短くそう言うと、何か考えるように口を閉ざす。
「ええ。綺麗な髪~とか言って……」
「……もしかすると、呪いに使用する気かもしれませんね」
「え?」
「ミア様もご存じの通り、呪いには、瘴気の影響によるものと、人の力によるものの二種類があります。フェンゼルの王族達は、王族特有の強力な魔力によって、何の触媒もなくとも呪いをかけることができていましたが。一般的な人間は、髪の毛や血などを用いて人に呪いをかけるのです」
そういえば、日本でも呪いの藁人形の中に髪の毛を入れたりするし、そういうものなのかもしれない。
(変なことするなと思ったけど、そういう狙いがあったわけ? あの女、ふわふわしたフリして、案外狡猾なのかしら)
「もっとも、ミア様は解呪ができますし、特に問題はないかと。心配でしたら、ミア様のお力で守護の魔道具を作成し、あの姪に持たせておけば、呪いを弾き返すことができるでしょう」
「わかったわ、ありがとう」
聖女でよかった、とほっと撫で下ろす。
そこで一旦会話が終わってしまったので、沈黙を埋めるためにも、話題を先程までのことに変えることにした。どうせ話すなら、明るい話題の方がいいしね。
「それにしても、舞踏会なんて初めてだし、楽しみだわ。ダンスは練習しないといけないけど、それも含めて、新しいことに挑戦するのは悪くないわね」
「そのことなのですが、ミア様」
「うん、何?」
ヴォルドレッドが私を見つめる。毎日傍にいるのに、いつ見ても、綺麗な瞳だと思う。
「舞踏会でミア様のパートナーは、私ということでよろしいでしょうか」
心の奥まで覗き込むように見つめられたまま、一歩、距離を詰められた。
彼はにこりと、見惚れるくらい優美な微笑を浮かべて言う。
「……舞踏会のため、ドレスに身を包んだあなたは、誰より美しいでしょう。花に群がる虫のように、数多の男が寄ってくるでしょうね。……ですが私以外の男がミア様と踊ろうとしたら、きっと私は、その男を斬り捨ててしまいます」





