48・横暴勇者への、屈辱的な罰の時間となります
私達は試合場を出て、ユーガルディア王宮の近くに存在する、魔法研究所へやってきた。拘束されたブレードルは、王宮騎士達によって担がれている。
私達が通されたのは研究所内の、攻撃魔法などの実戦を行う魔法訓練場だ。所長さんらしき人が出てきて、陛下の前に跪く。
「陛下。このような場所まで足をお運びいただき、光栄でございます」
「うむ。それで、事前に伝令魔石で連絡した通り、ブレードルにレストスライムの罰を与えてほしい」
「かしこまりました。最近、この罰を受ける者がいなかったので、大変ありがたいです」
すると別の魔法官さんが奥から、魔法のかかった大きな檻を運んできた。檻は車輪のついた台に乗せられ、こちらへ移動してくる。
檻の中には、スライムというだけあって、ドロドロしたモンスターが入っている。ただし色は水色や透明ではなく、泥で淀みきった川のような色だ。私のイメージするスライムと違ってかなり巨大で、口からは長い舌が出ている。
「あの。私はまだこの世界のことには詳しくないのですが、このモンスターを使ってどのような罰を行うのですか?」
「はい。レストスライムは、汚物をなんでも食べてくれる有益な魔獣で、普段は下水掃除などで人々の役に立っております。この魔獣はもともと他の魔獣と比べて人懐っこくて、瘴気の影響がなければ人間を襲うこともありませんしね。……ただ、汚物を食べるごとに悪臭を発するようになり、その悪臭を消すためには、人の持つ魔力を吸わせることが必要なのです」
「悪臭が強い、ですか? 匂いなんてしませんが……ああ、そうか。檻に、消臭結界が施してあるのですね」
「その通りです。試しに結界を解いてみましょうか。ああ、鼻をつまむご準備をなさった方がいいですよ」
魔法官さんがそう言ってくれ、檻にかかっていた消臭結界が解かれると――
「うっ……」
鼻を強烈に刺激する悪臭が漂い、皆ゲホゲホと咳き込む。魔法官さんは、すぐに魔法をかけ直した。
「ひどい匂いでしょう。だからこそ、罰となるのです。レストスライムの罰は、罰を受ける者にだけ結界が効かないようにしたうえで、この檻の中に放り込み、モンスターに魔力を吸わせます」
「わあ……」
見たところレストスライムに牙はないし、残酷性はない。それにこの魔獣が、人の魔力を吸うことで浄化され、また下水掃除などで活躍するのなら、この罰は人の役にも立つ。――ただ、ブレードルはすごく嫌がっていた。
「ふざけるな、俺は悪くない! 罰を受けるのは、生意気な聖女の方だ! 地味女の分際で、正義であるこの俺に逆らって……! あの女が素直に俺の言うことを聞いていれば、こんなことには……!」
「ブレードル。お前は自分で罰を受けると言ったのだ。再三言うが、自分の言葉には責任を持たなければならん」
陛下の言葉で、ブレードルは騎士達によってレストスライムの檻に放り込まれ、「ぐうっ!」と顔を顰めた。今、私達には結界の効果で嗅覚情報が伝わってこないが、ブレードル本人は、かなりの悪臭を感じているはずだ。
「buuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!」
スライムは、暴れるわけでもなく、喜んでいる様子だった。まるで、人懐っこい動物が人間にじゃれるように。……もっとも、いくら人懐っこくても、汚泥のようなドロドロしたモンスターなので、じゃれてもらって嬉しいかと言われたら、正直嫌だろう。
「や、やめろぉぉぉ! 醜悪なモンスターが、高貴なこの俺に触れるなっ!」
ブレードルがそんなことを言っても、魔獣に言葉が通じるはずがない。モンスターはべろべろと、やはり動物がじゃれるように、長い舌をブレードルに巻きつかせる。みるみるうちに、ブレードルの全身が涎だらけになっていく。
「ぎゃああああああああああ、鼻が曲がるっ!!」
ブレードルがベトベトになっていくごとに、モンスターの方はだんだん色が透明に近くなっていき、普通のスライムのような見た目になっていく。おお、今まで濁った感じの色だったから汚く感じたけど、これならちょっと可愛いかも?
レストスライムは、たっぷりねっぷりとベトベトした巨体でブレードルを包み込む。……なるほど。プライドの高い自称勇者が、国王や他の国の偉い人達の前でこんな醜態を見られるって、これは確かに屈辱的だろうな。痛みとかはなくても、気分は最低最悪だろう。自業自得だけど。
やがてレストスライムは魔力を吸って満足したのか、ブレードルをポイっと放す。ちなみに、魔力は消費しても、時間が経つか魔力回復薬を飲めば回復するものなので、これでブレードルの魔力がなくなったということではない。あくまで、一時的に魔力を吸われたというだけだ。
(にしても、いいな、この罰。フェンゼルに戻ったら、アリサと真来にもやってみようかな)
アリサは一応偽聖女として、多少だけど魔力を持っているし。真来は単なる巻き込まれ召喚だったから魔力はないみたいだけど……まあ、モンスターの遊び相手ってことでいいんじゃないだろうか。
「う、うぅ……っ! な、何故この俺が、こんな目に……!」
やっと檻から出してもらえたけれど、ブレードルは全身涎まみれのまま、まるでひっくり返された亀みたいにジタバタと暴れる。その様子を、ピピフィーナは引いた様子で眺めていた。
「おい、ピピフィーナ! お前は俺の味方だろう!? お、俺は……俺は、かっこいい勇者だよな!?」
「や、やだぁブレードル、こっち来ないで! ピピのお気に入りのワンピも、ベトベトになっちゃう!」
「な!? お前は俺の婚約者だろう! 逃げるな、ピピフィーナ!」
「いやぁ~~~~~っ! やめて、来ないでぇ~~~~~っ!!」
ベトベトのブレードルがピピフィーナを追いかけ、お気に入りのワンピを汚したくなくて必死のピピフィーナは逃げ惑う、追いかけっこ状態だ。いずれにせよ、これで罰は下されたわけだが――
(もっとも……これで懲りるような人達じゃないんでしょうけどね)
魔竜と宝玉の問題があるかぎり、いずれまた、彼らとは衝突することになるだろう。そもそも、鑑定の結果ではただの剣でしかないブレードルの武器が、何故「魔竜を倒す光の剣」なんて言われているのかもよくわかっていないし。
ただ、何度彼らと衝突して、彼らが私を極悪聖女だと罵ろうとも、私が足を止めることはない。
私はこれからも私の道を突き進み――宝玉も必ず、手に入れてみせる。
◇ ◇ ◇
ブレードルとピピフィーナ以外の私達は、ユーガルディア王宮に戻ってきた。陛下は、あらためて私とヴォルドレッドを労ってくださる。
「先の決闘、見事だった、ヴォルドレッド殿、聖女殿!」
「ヴォルドレッドの力です、私は何もしていません」
「いいえ。私はミア様のためでなければ戦いませんから。私の全ては、ミア様のおかげです」
「いや、そういうのいいからっ」
「ははは。にしても、本当に爽快だったぞ」
「……ですが、陛下。ブレードルの自業自得とはいえ、仮にも勇者候補の人間にあんな罰を与えてしまって、よかったのですか?」
個人的にはスカッとしたけれど、ユーガルディアとしては、国の象徴ともいえる存在にあれほど無様な罰を与えるのは、後々禍根が生まれないか、少し気がかりではある。
「『勇者』が必要だったのは、魔竜を倒すためだ。それより強い者がいてくれるのなら、ブレードルである必要はない。……むしろ決闘の様子からして、ブレードルが魔竜に勝てるなどとは到底思えなくなった。であれば、これ以上あいつを調子に乗せてしまう方が悪手だ」
「それは……確かに、そうですね」
到底魔竜を倒せそうにない人間が「勇者」なんて自称して威張り散らすのを放置するのは、この国にとっても害となる。いっそ今回の件でブレードルが心を入れ替えてくれればよかったものの……まあ、無理なんだろうなあ。
(ワンドレアみたいに、自分を見つめ直せる人間は、稀よね……)
「聖女殿、ヴォルドレッド殿。魔竜がいつ復活するかはわからない。だからこそ、ユーガルディアの民達は常に不安を抱えている。どうか力を貸してほしい。代わりに、魔竜を倒してくれたあかつきには、相応の褒美を約束する」
「はい。ありがとうございます、陛下」
ひとまずはしばらくこの国に滞在して様子を見るつもりだけど、もし一度フェンゼルに戻ることになったとしても、転移魔法でフェンゼルとユーガルディアを行き来することはできる。聖女の力には能力向上があるし、どこにいたって、転移魔法陣を強化してすぐに駆け付けることはできるはずだ。
そんなふうに今後のことを考えていると、陛下が、私達を見て笑顔を浮かべた。
「そうだ。これから聖女殿達には、しばらくユーガルディアに滞在してもらうからな。歓迎のパーティーを開こう!」