47・騎士は勇者に圧勝します
「ふえぇ。ピピ、そんなこと言ってないよぉ! 皆で仲良くしたいって言ってるだけなのにぃ~」
「自分の言葉を要約されたら『そんなこと言ってないのに』とか言って話を逸らすの、本当に一貫性がないわよね。自分勝手という意味では一貫しているんでしょうけど」
ピピフィーナと話しながらも、私は決闘から目を離さない。
ブレードルはぶんぶんと剣を振り回し、ヴォルドレッドは、まるで幼子の相手をするように軽く彼の攻撃を受ける。何度攻撃しても全部簡単に防がれてしまうので、もはやブレードルは完全に息切れしており、ぐっしょりと汗をかいて疲れ果てていた。なおヴォルドレッドは、息一つ乱さず涼しい顔をしている。
「どうした、その程度か? ……では、次は私から」
今度は、ヴォルドレッドの方から攻撃を繰り出し――
「ぎゃあああああ!? ひぎゃああああああああっ!!」
ヴォルドレッドは明らかに加減しているのだが、それでもブレードルにとっては速すぎる攻撃のようで、悲鳴を上げながら必死に応戦していた。キン、キンと剣の重なる音が響く。
やろうと思えばもう、ヴォルドレッドはブレードルの剣を落としてやれる。だけど宣言通り、じっくりじわじわとブレードルの体力を削って、己の無力さを痛感させてやる方針のようだ。
「もう限界か、自称勇者。……想像以上に口先だけだったな」
「ぜえ、ぜえ……っ。い、いい加減にしろ、貴様ぁ! 勇者であるこの俺にそんな舐めた態度をとって、許されると思うな! かくなる上は……!」
ブレードルは、我慢の糸が切れたようにヴォルドレッドに掌を向け、呪文を詠唱する。
『ライトニングアロー!』
ブレードルの手から光の刃が出て、ヴォルドレッドの心臓目がけて飛んでいった。明らかに、ヴォルドレッドを殺そうとしての攻撃だ。
しかしヴォルドレッドは、眉一つ動かすことなく、ブレードルの魔法を防御魔法で容易く弾く。
「相手の命を奪うような行為は反則だったはずだが?」
「勇者である俺に、反則などない! これは悪を討つ正義として、必要な行いだ!」
「そうか。まあ魔法攻撃自体は反則ではないし、私は少しも命の危機に陥っていないから、確かに問題ないな。――なら、私も」
ヴォルドレッドは、ブレードルに向けて静かに手をかざし――
『爆炎よ。我が敵の周囲を包み込み、壊滅させよ』
――次の瞬間。ドォォォン! と凄まじい爆発が起こった。
もうもうと煙が立ち込め、それが晴れると……ブレードルの立っている部分だけが無事で、その周囲は見事に床が破壊され、ドーナツ状に抉れていた。
「へ……は……」
あまりの恐怖で、ブレードルは顔を真っ青にし、ぷるぷると震えている。
二人の様子を見て、審判がヴォルドレッドの方に手を向けた。
「勝者、ヴォルドレッド!」
その声を聞いて、ブレードルはやっと我に返ったようだった。
「は……反則だ! あんな魔法、反則だぁっ!!」
「反則ではない。別に貴様のことは一切傷つけていないだろう」
「だ、だからといって……っ。加減というものを知らないのか!? お、俺は手加減してやっていたというのに!」
「決闘を申し込んできたのは貴様の方だ。ミア様の尊厳がかかっているのに、私が負けてやるはずない。……そもそも貴様は、手加減していたわけではなく、ただ実力がないのを『加減』と言って誤魔化していただけだろう」
「な……ご、誤魔化してなどいない! 俺は……っ」
ブレードルはまだ何か言いたげだったが、観客席の人々は、ブレードルに次々と冷たい視線を向ける。
「明らかに実力差で負けたのに、この期に及んで言い訳しようとするなど、恥ずかしい……」
「いつも周囲に威張り散らしているのに、勇者様って、口先だけだったんだな」
「あんな人が勇者で、本当に大丈夫なのか? とても魔竜を倒せるようには思えないが」
(……元々、ブレードルに対して不満を抱いていた人は多かったみたいね)
フェンゼルの前国王や、王女と同じだ。立場的に、逆らえば自分の身が危うくなるから、今まで理不尽な扱いを受けても言い出せずにいただけで。ブレードルの身勝手な振る舞いは、以前から人々の反感を買っていたのだろう。
「魔竜のことは、ヴォルドレッド様とミア様に解決していただけないだろうか」
「あれほどお強い騎士様と聖女様のお力があれば、勇者様がいなくても問題なさそうだよな」
「本当にお強かったよな、さすがは聖女様の騎士!」
「ブレードルより、ヴォルドレッド様の方が圧倒的にかっこよかった……!」
ブレードルに圧勝してもなお、涼しい顔をしているヴォルドレッドに、人々の熱い視線が集まる。
けれどヴォルドレッドは、他の人々には見向きもせずに。試合場から、観客席にいる私を見上げて――
「ミア様。――この勝利、ミア様に捧げます」
真面目な顔で、本当に私だけを見つめて、そんなことを言うものだから。
……思わず、頬が熱くなってしまった。
(……は、恥ずかしい)
反射的に顔を背けたくなったものの、胸は甘い音を立て、「嬉しい」と物語っている。
(恥ずかしいけど……嫌じゃ、ない)
何より彼は、私のために戦い、勝利を捧げてくれたのだ。今までブレードルが私に投げてきた侮辱の言葉を晴らすために。
だからこそ私は、一度呼吸をして心を落ち着けてから――目を逸らさず、彼を見つめ返した。
「ええ、ありがとう。私の騎士、ヴォルドレッド」
周囲から、拍手喝采が起こる。陛下や騎士さん達、文官さん達……。今この場にいる、ブレードルとピピフィーナ以外全ての人が、拍手を送ってくれていた。ブレードルの取り巻きだった女性達すら、ブレードルの無様さを見て目が覚めたように、彼には目もくれていない。
私は呆然としているブレードルに、毅然と告げる。
「ブレードル。これで結果は出ましたね。私達はあなたのものになどなりませんし、これ以降も、あなたの横暴な言動に従うことは一切ありません。私達はあなたのことなど関係なく、この国で自由に過ごさせていただきますから」
「なっ……!? ぐ、ぬぬ……!」
「それだけではないだろう。自称勇者、貴様は私に敗北したら、レストスライムの罰を受けると言ったはずだが?」
「な……!? ち、違う! 俺はそんなこと言っていないっ!」
往生際悪くそう言ったブレードルに、陛下が厳しい声を飛ばす。
「見苦しいぞ、ブレードル。俺は確かに聞いていた。お前から決闘を申し込み、お前は自分で、負けたら罰を受けると言ったのだ。敗北を認め、罰を受け入れよ」
「な……へ、陛下! 何故、勇者である私の味方をしてくださらないのですか!」
「他でもないお前自身が、俺の前で無様を晒したのだろう。自分の言葉に責任を持てと言っているだけだ」
「んなっ……!」
陛下の言葉を受けてもなお、ブレードルは納得できないようで、地団太を踏むように床を蹴った。しかし彼は、ユーガルディア王宮騎士達に拘束され、引きずられていく。
(それにしても……『レストスライムの罰』って何なのかしら? すごく屈辱的な罰らしいけど)
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