45・騎士と勇者が決闘します
「ぐ……な……違……俺は、悪くない……!」
陛下に厳しく言われてもなお、ブレードルは納得がいかないようで、食い下がる。
「陛下。この聖女は、勇者である俺に無礼な態度ばかりとる極悪女です。そんな女を貴賓として迎えるなど、間違っています!」
「聖女殿を貴賓として迎えることは決定事項だ。ブレードル、お前の言動について、今まで多少は見逃してきた。思想や言論には自由があって然るべきだからな。……だが、最近のお前の行動は目に余る。少し自分を見つめ直せ」
正義である自分を否定されることが、よほど癪に障ったのだろう。さっきまで青かったブレードルの顔が、今度は怒りで赤くなる。
「陛下……勇者である俺に、そんなことを言うのですか? いくらあなたが王であっても、魔竜を倒す力はないでしょう。光の剣を持つ勇者は、この俺です! 誰が魔竜を倒すと思っているんですか? この国が救われなくてもいいのですか? 俺を否定するということは、あなたはこの国に平和が訪れなくていいと思っているということですよね!」
(うわ……国王陛下に対しても、結局こうなのか。ていうかそんなこと一言も言っていないのに、曲解しすぎでしょう)
もはやブレードルは止まることなく、あらためて私を睨みつけてきた。
「おい、聖女! 俺は寛大だから、百歩譲って、お前がユーガルディアに滞在することだけは許してやってもいい。だがお前が『貴賓』として扱われるのは間違っている。ユーガルディアに滞在するなら、お前の扱いは、『勇者に従う者』だ!」
「いいえ。私はあなたに従う気はありません」
「勇者であるこの俺にそんな口をきいて、恥ずかしいと思わないのか!?」
「あなたは、まだ魔竜を倒したわけではないでしょう。今のあなたは何者でもありません。――そして、魔竜の問題は私が解決します。ですから、あなたはこの先も、勇者になることはありませんよ」
国王陛下の前で「宝玉は私が貰う」と言えば問題発言になってしまうだろうが、「魔竜の問題は解決する」なら大丈夫だろう。そう考え、毅然と言った。
「この世界の平和を守れるのは、勇者だけだ! 貴様のような女に魔竜をどうにかできるわけない! 己の非力さを思い知らせてやろうか!?」
ブレードルが、私に近付いてきて――
その瞬間、ヴォルドレッドが私の前に出た。
「ミア様は、ご自分のことはご自分で決着をつけたがる御方なので、今まであまり口出しをしないようにしてきました。――ですがミア様に手を出そうとするなら、容赦しません」
「はっ、勇者であるこの俺とやる気なのか? 愚かな奴だ! 丁度いい、ここらで俺の実力を思い知らせてやろう」
ブレードルはそう言って、私へと向き直る。
「極悪聖女! 貴様の騎士に、決闘を申し込む! 俺がこの騎士に勝ったら、貴様と、貴様の姪は俺の所有物だ。今までの俺への非礼を詫び、今後は俺の言うことに全て従え!」
私だけでなくメイちゃんまで自分の所有物扱いするって……勇者を自称しておきながら、本当に外道な奴。
女を賭けて決闘なんてクソだとは思うけど、ようは勝てばいいのだ。この横暴勇者に灸を据えてやる、いい機会かもしれない。
「メイちゃん。ヴォルドレッドは負けないわ、私が保証する。だからこの決闘、受けてもいいかしら」
「うん。お姉ちゃんが言うなら、信じる!」
「ふん。その姪は、お前のような極悪聖女に洗脳されていて、かわいそうに! 俺の華麗な勝利で、目を覚まさせてやろう」
ブレードルは、自分の勝利を確信して私を鼻で笑う。挑発的な言動だが、乗せられることなく冷静に返した。
「それにしても、あなたがさっき言ったのは、あなたが勝った場合のことだけですよね。ヴォルドレッドが勝ったら、何をしていただきましょうか」
「俺が負けるなどありえん。だが万が一負けたら、レストスライムの罰を受けてやってもいい。そんなこと絶対にありえないからな、はは!」
「レストスライムの罰? なんですか、それは」
私が首を傾げると、ヴォルドレッドが教えてくれる。
「この大陸に古くから伝わる、罪を犯した者に、己の醜悪さを自覚させるための罰です。レストスライムという魔獣を用いた、非常に屈辱的な罰となっております」
(あらまあ。そんな罰を受けると自分から言っちゃうなんて、本当に愚かな勇者だな)
「わかりました。ではその条件で、決闘を行いましょう」
私達は陛下の許可を得たうえで、王宮騎士達が普段使っているという試合場へ移動した。
ちなみに。ブレードルが王宮にいた理由だけど、一応勇者であるブレードルは、鍛錬のため王宮騎士達が使用している訓練場にも自由に立ち入りできる権限を与えられているので、今日もここにいたそうだ。もっとも、ろくに訓練なんてせず、騎士達に威張り散らして、その姿を取り巻きの女性達に見せ、悦に浸っていたようだが。
「おい、メイ」
「人の姪を、勝手に呼び捨てにしないでください」
ブレードルは、私の言葉を無視してメイちゃんに語りかける。
「メイ、俺は勝つ。俺が勝ったら、お前も俺のものだからな」
「ヴォルドレッドさんが勝つから、そんなことにはなりませんよ。というか、『お前は俺のものだ』って何ですか? 乙女ゲームとかで好きなキャラがそういう台詞を言うぶんにはときめけますけど、嫌いな人に言われたら恐怖でしかないです」
メイちゃんはにこりと笑っているけれど、言うときは言う。それでいい。人を勝手に所有物扱いしてくるほうが失礼なのだから。
「メイちゃんの言う通りよ。というかブレードルあなた、メイちゃんのこと狙っているの? 勇者の仲間だのなんだの建前を並べていたけど、根底にあるのはゲスな下心なのね」
「ゲスなどではない。勇者に相応しいものは、勇者の傍にあるのが当然だというだけだ」
(いやだから、それって下心でしょ)
「あなたには、ピピフィーナがいるでしょう。しかもなんだか、他にも女の子を侍らせているし。ユーガルディアは一夫一妻制ですよね?」
「ただの平民はな。だが、勇者は特別な存在だ。俺の優れた血をより多く残すためにも、一夫多妻は当然だろう。法では許可されていなくても、俺は勇者なのだから許されるべきなんだ。国の未来のためには、優秀な子がたくさん必要だからな!」
少子化とかの問題はこの世界にもあるのかもしれないけど、こいつの場合は、ただいろんな異性と関係を持ちたいだけなのに、それを「国の未来のため」とか言って正当化しているだけだろう。つくづく呆れる。
「ピピフィーナ。こんなに堂々と浮気されているのに、あなたは気にしないわけ?」
私はそう言ってみたが、ピピフィーナは特に気にする様子もなく、きょとんとしている。
「ふぇ? 男の人は、気が多いのは当然だもん。浮気だなんて怒るのはよくないよぉ。そういうのもぜーんぶ受け入れられるのが、可愛い女の子なんだからっ」
ぱっちーん、と、ピピフィーナはウインクしながらポーズを決める。
(……ああ。『浮気されても笑顔で許すのがいい女』ってタイプか)
「恋人間のことは、あなた達の自由なので、お互い納得しているのなら私が口を出すことではないですが。あなた達の価値観を、メイちゃんにまで押し付けないでください。メイちゃんは、ずっと嫌がっているんですから」
「なんだ、極悪聖女。お前は、俺が複数の女性と関係を持つことを、まるで汚らわしいことのように言うんだな。さては、恋人に浮気された経験があるのか? 馬鹿だな、お前みたいな生意気な女、捨てられて当然だ。相手を恨んでいるのかもしれないが、原因があるのはお前の方だろう。少しは反省したらどうだ?」
ブレードルが、私を鼻で笑ったところで――
「……貴様」
ヴォルドレッドが、殺気を出しながらブレードルに剣を突き付けた。
「いつまでミア様に無礼な口をきいている? 貴様の決闘相手は私だ」
「ふん、わかっている。そんなに死に急がなくても、すぐに痛い目を見せてやろう」
今、私達がいる王宮試合場は、一階部分が戦闘を行う場で、二階部分は観覧席のようになっており、戦闘を見物できるようになっている。私達はヴォルドレッドと別れ、観覧席に着いたのだけど――
「メイちゃ~ん、隣座っていい? 一緒に観戦しよっ」
「え……」
ピピフィーナが背景にお花畑を撒き散らしながら、勝手にメイちゃんの隣に座ってきた。
「ふわぁ、メイちゃんの髪サラサラ~。どんなお手入れしてるの? ちょっとちょうだい!」
「ちょ……勝手に髪の毛抜くの、やめてください!」
(本当に、なんて非常識な人……)
「メイちゃん、私と席交換しましょ」
ピピフィーナの隣になんかじゃ、メイちゃんが何をされるかわかったものじゃない。私は、メイちゃんとピピフィーナの間に入るように、席をかわった。
「ふふっ、ミアちゃんのお隣でも嬉しいなぁ。ブレードル達の対戦、一緒に見守ろーねっ」
(……いい笑顔だこと。ブレードルが負ける可能性なんて、考えてもいないのね)
私とメイちゃん、国王陛下、ピピフィーナやブレードルの取り巻き、王宮の騎士や文官達が、観覧席から決闘を見届けることになった。
決闘は、相手の剣を落とす、相手の動きを封じる、負けを宣言させるなどに行為により、審判が勝利を決するそうだ。剣だけでなく魔法攻撃も可だが、命を奪う行為は禁じられている。
「ヴォルドレッドとやら。本当に、この俺と戦う気か? 今なら、頭を下げて謝れば許してやるぞ」
ブレードルが、ヴォルドレッドを鼻で笑う。
対して、ヴォルドレッドは――
美しい顔に、ブレードルの何倍も酷薄な笑みを浮かべ、殺気を迸らせていた。
「私は貴様のミア様に対する無礼の数々、今更頭を下げられたところで、許すつもりはない。本当は貴様を葬ってやりたいところだが……ミア様の瞳を、貴様の血で汚したくはない。骨の代わりに、貴様の心を折ってやるとしよう」
大言壮語などではない。この勝負はきっと、ヴォルドレッドが勝つ。
だって私――聖女の力で「鑑定」ができるのよ?
実は決闘なんてしなくても、この時点で、私には二人の戦闘力の差がわかっていた。