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44・勇者は国王に叱られます

 ブレードルと別れ、フェンゼル王宮に戻った後――私は、ユーガルディアに行きたいということについてリースゼルグに相談した。


「……というわけで。しばらくの間、ユーガルディアに行きたいのですが……」

「わかりました。ユーガルディアの国王陛下に取り計らいましょう」

「いいんですか? すみません、私の事情に巻き込んでしまって」

「いいに決まっていますよ。謝ったりなど、しないでください」


 リースゼルグは、曇りのない笑みを向けてくれる。


「ミア様は私と、このフェンゼルの民全員を救ってくださったのです。私はミア様に、数え切れぬほどの恩がありますから。……言ったでしょう? 私はミア様のためでしたら、どのようなことでもいたします、と」


 確かに彼は、以前ノアウィールの森を浄化した際、そう言ってくれた。その言葉に偽りはなく、心から私の力になろうとしてくれているのが伝わってくる。


「それにフェンゼルの王として、私にとって最も守るべき者達はフェンゼルの民ですが、だからといってユーガルディアの人々を見殺しにしていいとは考えていません。魔竜はユーガルディアの人々にとって脅威です。聖女ミア様が滞在してくださることは、ユーガルディアの人々にとって、とても心強いでしょう」

「ふふ。リースゼルグは、優しいですね」

「私は、ミア様の方がお優しいと常々思っていますし、あなたの存在がいつも眩しいですよ」

「眩しいなんて、そんないいものじゃないですよ。でも、ありがとうございます」


(私、いつも好き勝手しているだけだしな……。あの無礼勇者にも、わりと後先考えず啖呵切っちゃったし)


 けれどリースゼルグは、優しい微笑みを向けてくれる。


「言っておきますが、お世辞ではありませんよ? 本当は、私がミア様にどれだけ救われたか、どれだけ希望をいただいているか、もっとお話ししたいところですが……。これ以上言うと、ヴォルドレッドにとっていい気はしないでしょうから、この辺にしておきましょうか」


 リースゼルグがそう言うと、ヴォルドレッドがぴくりと反応する。


「ミア様が称賛されること自体は、私が口を挟むことではありません。ミア様は素晴らしい御方ですから、誰からも慕われるのは当然です。ただ……誰より一番ミア様をお慕いしているのは私ですし、この先も未来永劫一番ミア様のお傍にいるのは、私だというだけです」

「ああもう、いちいちそういうの言わなくていいから……っ」


(気持ちは嬉しいんだけど、恥ずかしいから二人きりのときだけにしてほしいわ)


 ともかく、リースゼルグの取り計らいで、私達はユーガルディアの国王陛下にお会いできることになり――



 ◇ ◇ ◇



「よく来てくれたな、フェンゼルの聖女よ」


 ユーガルディア王宮にて。私、ヴォルドレッド、そしてメイちゃんの三人で、陛下に謁見する。ブレードルはメイちゃんのことを狙っているようだし、この前のこともあるから、彼女をフェンゼルに一人にさせるのは不安で、一緒に来てもらったのだ。


「謁見のお許しをいただき誠にありがとうございます、ユーガルディア国王陛下」

「はは、そう緊張するな。俺はあまり堅苦しいのは好まん。俺は楽にするから、聖女殿も楽にしてくれ。リースゼルグ陛下の戴冠式の際は、陛下や他の者達と話していたため、聖女殿とはほとんど喋れなかったからな。だが本当は、異世界から来たという聖女殿に、興味があったんだ」


 ユーガルディアの若き国王陛下は、朗らかにそう言ってくれた。一国の王としての威厳はありながらも、おおらかで気さくな印象を受ける。


「我が国ユーガルディアは、魔竜の問題を抱えているうえ、以前のフェンゼルほどではないが、瘴気や魔獣による被害にも悩まされている。聖女殿の方から、しばらく我が国に滞在したいと申し出てくれるなんて心強い。いっそ、ずっと我が国にいてほしいくらいだ。なんてな、はは!」

「ふふ。私はフェンゼルの聖女として、長くフェンゼルを離れるつもりはありませんが、そのように言っていただけるのは光栄です。私にユーガルディア滞在のご許可をいただけるのでしたら、できるかぎり人々を癒し、皆様のお力になれるよう努めます」

「ああ、とてもありがたい。いろいろと聖女殿の力を借りる場面もあると思うが、どうかこの国を、楽しんでいってくれ」

「はい、ありがとうございます」


(こんなにすんなり滞在許可を得られるなんて。やっぱり『聖女』って、この世界で特別な存在なのね)


「そういえば、聖女殿。我が国のブレードルが、フェンゼルにて、聖女殿の姪に迷惑をかけたということも、リースゼルグ陛下から聞いている。実に申し訳なかった」

「ああ、いえ……」


 確かに迷惑をかけられたし、メイちゃんを雑に扱われたのは、許せることではない。だがそれを謝罪するべきなのは、ブレードル本人だ。


「正直に言って、ブレードルのことは、俺も問題視しているのだ。だが魔竜の脅威について考えると、『勇者』を邪険に扱うわけにはいかない。魔竜に怯える民達は、今まで『勇者』という希望に縋るしかなく……結果としてそれが、ブレードルを増長させることになってしまった。かといって、俺が権力によって奴を無理矢理従わせようとすれば、それはフェンゼルの前国王と同じ、王という立場を利用した支配になりかねない」


(確かに。ユーガルディア国王陛下にとっては、扱いが難しいだろうな)


 私はブレードルのことが嫌いだ。だが、他人事だと楽観視していることもできない。

 今の私も、「聖女」として、人々に敬われる存在だから。一歩間違えば、ああなってしまう可能性はある。

 あの勇者の在り方を、醜悪だとは思う。だけど自分がそうならないとは言い切れない。嫌いではあるが、嫌いだからこそ反面教師として有効活用しよう。

 私には、私を慕ってくれるヴォルドレッドや、メイちゃんがいる。そういった人達のためにも……何より、自分自身のためにも。自分を誇れる自分でありたいから。


「聖女殿。あなたと護衛騎士、それからあなたの姪にも、ユーガルディアに滞在する許可を出そう。この王宮にそれぞれの客室を用意するので、自由に過ごしてほしい」

「誠にありがとうございます、陛下」

「ただ俺から一つ、頼みがある」

「なんでしょう?」

「聖女殿の『傷を移す』という能力に関しては、この国では、なるべく隠しておいてほしい。俺はリースゼルグ陛下からの報告で知っているが、ユーガルディアの民はまだ、あなたが『傷を移せる』ということは知らないからな」


 確かに、私は聖女として有名になったが、フェンゼル国内でも、私を「傷を癒してくれる聖女」と認識している人は多くても、「傷を移すことのできる聖女」として認識している人は、実は多くない。私が森で魔獣を倒すときは、大体いつもヴォルドレッドと二人だし。それに、人間に対して傷を移したのは、前フェンゼルにおいての王女と王、騎士達だけだ。前王が私を刺して、私が聖女の力で返り討ちにしたという事実も、別に公にする必要がないので公表していない。


 大多数の人が私のことを、傷や呪いを癒すスタンダードな聖女だと認識しているだろう。そもそも「聖女」という言葉を聞いて、私みたいな攻撃型の聖女をイメージする人はあまりいないと思う。


「聖女というのは、人々を癒すだけでなく、悪しき者に罰を下す役割も担っているそうだな。であれば、あなたの『傷を移す』という力も納得だ。だが一方で、あなたの力は民を恐怖させ、無用な混乱を招く恐れがある」


(まあ、確かにそれはそうだ)


 いつでも人を殺せる能力を持った人間なんて、脅威でしかない。といっても、この世界だと帯剣している人や、魔法を使える人も大勢いるので「いつでも人を殺せる能力を持った人間」は、その辺に大勢いるというのもまた事実だが。


 それでも、この世界の人々にとって、剣や魔法は慣れたものだが、私の力はほぼ未知ものだ。人は未知のものを恐れる。無用な混乱は、避けられるのであれば避けた方がいい。


 ユーガルディアにとって、脅威にもなりえる私を国に招くのはリスクがあるだろうが、そのぶん治癒や解呪、浄化を行ってもらえる大きなリターンが見込めるわけだ。おそらくこの国王様は、私を国内に招くメリットとデメリット、両方を天秤にかけて、メリットの方が多いと考えてくれたのだろう。


 この世界に、私ほどのレベルの治癒や浄化を使える人間は、フェンゼル以外にもいないらしい。私の治癒や浄化には、本来多額の金銭を要求していいほどの価値がある。だが私もリースゼルグも、今回ユーガルディア相手にそれをするつもりはない。そして、それは単なる無償の奉仕ではない。


 聖女として治癒を行うことで、宝玉を譲ってもらう交渉をしたいし、あとは「聖女は危険な存在ではない」と他国にアピールするいい機会になる。お互いの利害が一致したうえで、私は今回、ユーガルディアに滞在するわけだ。


「かしこまりました。傷を移す能力につきましては、無暗に口外いたしません。また、罪のない人相手に攻撃することも決してしないとお約束いたします。陛下、いろいろとご配慮いただき、誠にありがとうございます」

「いいや。礼を言うのはこちらの方だ、聖女殿」


 ユーガルディア国王陛下はふと、真剣な目で私を見る。


「俺は以前のフェンゼルについて、他国のことに過度に首を挟むべきではないと思い、口出しできずにいた。他国の王である俺が下手に干渉すれば、戦になってしまう可能性もあったからな。……だが聖女殿。あなたは異世界人であり、本来フェンゼルの問題を解決する義務はないにもかかわらず、フェンゼルを良き方向に導いてくれた」

「……私は私のしたいようにしただけですので、過分なお言葉だと思います。ですが、陛下にそう言っていただけるのは、心強いです」


 聖女である私には利用価値がある。陛下がどこまで本心で言っていて、どこまで、他の思惑が含まれるリップサービスで言っているのかはわからない。ただ、たとえ表面上であってもそう言ってもらえるのは助かる。


「聖女殿。俺があなたについて知っていることは、リースゼルグ陛下や、人伝(ひとづて)に聞いたことばかりだ。だが俺は……ユーガルディアは、あなたと信頼関係を築きたいと思っている。両国の平和と未来のためにもな。だからどうか、この国にいる間、楽しんでいってほしい。俺にも、できることがあればなんでも言ってくれ」

「はい。ありがとうございます、陛下」


 その後しばらく談笑した後、謁見の間を出て、滞在中、私達の部屋となる客室へ案内してもらうことになった。


 しかし、皆で廊下を歩いている途中で――


「……な!? 何故、貴様がここにいる」

(そっちこそ、なんでここにいるんだ?)


 幸か不幸か、ブレードルと出くわしてしまった。彼の周りには、ピピフィーナの他にも、扇情的なドレスに身を包んだ若い女性が何人もいる。勇者の取り巻き、といったところだろうか。


「極悪聖女が、誰の許可をとってユーガルディアに来た!? 俺に断りなくこの国に足を踏み入れて、許されると思っているのか! この国に来るのであれば、まず『勇者様、先日は生意気なことを言って申し訳ございませんでした、勇者様の仲間にしてください』と頭を下げるのが筋だろうが!」


 その言葉に、私よりも先に、陛下が目を吊り上げた。


「口を慎め、ブレードル」

「へ、陛下……!?」

「聖女殿が我が国に滞在することは、国王である俺が許可した。聖女殿と騎士殿、メイ殿は、ユーガルディアの貴賓だ。くれぐれも失礼のないように。いや……そもそも既にフェンゼルで無礼を働いたのだったな。そのことについても、話が必要だ」


 ブレードルは、陛下は自分の味方だと信じて疑っていなかったのだろう。だが、陛下は完全に私の味方だ。


 国の頂点に立つ人から厳しい声で言われ、ブレードルは情けなく顔を青ざめさせて――


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ヴォルドレッドクソ重いwwww
国王がマトモでよかった………(´;ω;`)
顔を青ざめさせて――? ここで終わるところが勇者大人しく反省なんてしないのを暗示しているような。 陛下がまともそうでよかったです。んーでもこのままだと聖女が魔竜を倒そうとすると勇者が邪魔をするし、どう…
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