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43・私を敵に回したこと、後悔させて差し上げます

「何を馬鹿なことを言っている。勇者である俺の傍にいられるのは、至極光栄なことだろう」

「それはあなたの勝手な考えでしょ! メイちゃんは『やめて』って言ってるでしょうが!」

「本当に嫌なのか? この俺の前だから照れてしまって、嫌だと言っているだけだろう。本心では嫌ではないはずだ、素直になれ」

「心から素直な気持ちで『嫌』って言ってるのよ! そんな解釈するあなたの方が間違ってるわ!」

「嫌だというなら、その女は異世界人だから、勇者である俺の価値を正しく理解していないんだ。俺の誘いを断ったら後で後悔する。俺は、その女のためにも言っているんだぞ」

「呆れた……あなた、本っ当に最低ね」

「……なんだと?」


 ブレードルは威圧するように睨んでくるが、私は決して怯まない。彼を、鋭く睨み返した。


「目の前の人間の意思も尊重できなくて、何が勇者よ。あなたのやっていることは、自分の身勝手な都合や意見の押し付けでしかないじゃない」

「貴様……またしても、勇者である、この俺を否定するのか」

「あなたは自分が『勇者』だってことに驕りすぎなのよ。自分だけが正義で、自分以外の人間は馬鹿だと見下しているんでしょう。だから相手のことも何も考えず、『馬鹿な奴の言うことなんか聞く必要ない、俺が正しい』って自分の意見を押し通そうとするんでしょう?」


 アリサのように、最初から悪意を持って「人の恋人を寝取ってやろう」とか考えるような悪人もいる。だけど同じくらい、ときにはそれ以上に厄介なのは、「自分は正しい」と信じ、悪意なく悪を振りまく奴だ。目の前のこの勇者みたいに。


「貴様ぁぁっ!」


 図星で反論できなかったのか、ブレードルは激昂し、剣を抜こうとした。

 だが彼は寸前で、はっと気付いたようだ。この場所はフェンゼル王都であり、周りには大勢の人々がいることに。

 小賢しいことに、今この場で剣を抜いたら、立場的に不利になるのは自分だということ自体はわかっているようだ。彼は、舌打ちをして剣から手を離した。


「ふん。自分を正義だと思っているのは、貴様だろう! 貴様こそ、自分が異世界からやってきた聖女だからといって、自分の価値観が正しいと思い込み、俺に押し付けている! この世界では、この世界の価値観に合わせるべきだ。驕っているのは貴様の方だ!」


 ブレードルは私を嘲笑する。おそらく私を挑発し、私の方から手を出させ、衆人の前で「暴力聖女」としてやろうという魂胆なのだろう。――そんな手に乗るか。


「本人の意思を無視して連れ去ることは、異世界どころか、このフェンゼルにおいても普通に罪です。私はフェンゼルの常識に従っているだけです。……というかあなたは勇者でありながら、自国の少女が、嫌がっているのに無理矢理連れ去られたり、高圧的に命令に従わせられたりしていても、見過ごすのですか? 勇者というのは残酷なのですね」


 ブレードルはかっと顔を赤くしながらも、「優しく正義感溢れる俺」の図を崩したくないようで、更に言い返してきた。


「その娘も異世界人で、元の世界に戻れないのだろう? 勇者である俺なら、魔竜を倒して、なんとかしてやれるかもしれんぞ! そう、これは正義の行いだ! その娘を助けてやろうと思って言ってやっているんだ!」


 また出たよ、「正義」。正義って言葉を武器みたいに振り回して、人に頭を下げさせるの大好きだな。頭、下げないけどね。


「私も、魔竜は倒して宝玉を手に入れたいと考えていました。でも、あなたには頼りません。あなたの言動が正義によるものだと、私には、思えませんので」


 ブレードルは、勇者の血筋だから今まで自分勝手な行いも看過されてきたのだろう。ユーガルディアの人々にとって、魔竜から自分達を守ってくれる人間がいなくなることは、恐怖だから。注意できなかった人々にも非がないとは言えないけれど、それで調子に乗ってきたブレードルが悪い。


 こんな奴に、これ以上権力と名声を与えてはならない。このままブレードルが増長してゆけば、やがてフェンゼルの前国王や王女のようになるかもしれないのだから。隣国ユーガルディアの権力者がそんな人間では、こちらが迷惑する。


 というか、もっと単純かつ、個人的な話として――

 この男、めちゃくちゃ、腹が立つ。


(私は、私を軽んじる相手を許さないし……私にとって大事な人を軽んじる相手も、許さない)


「ユーガルディアの魔竜は、私が倒します」

「馬鹿を言うな! 勇者である俺を差し置いてそんなことを言って、許されると思っているのか!?」

「本当に正義感でユーガルディアの平和を願うのであれば、誰が魔竜を倒したっていいはずでしょう。それが許せないなら、あなたは結局、人々の幸せよりも、自分の名声を優先したいだけでは?」

「魔竜を倒した後に手に入る宝玉は、ユーガルディアの貴重な魔力源だ! 俺はそれを、傷ついている人々や、病に苦しむ人々のために使うんだ!」

「では、それは私が何とかします。治癒や解呪なら、聖女の力を使えば、十分可能ですから」

「な……っ」

「というか、あなたはさっきメイちゃんに『俺なら何とかしてやれるかもしれん』と言いましたよね? なのに宝玉をメイちゃんのために使う気がないなら、宝玉の力で釣って騙し討ちにして、メイちゃんを利用したいだけだったのでは?」

「黙れ! 黙れ黙れ、黙れぇっ!」


 ブレードルはとうとう理性的に反論することもできなくなって、ただ「黙れ」だけを、鳴き声のように叫び続ける。


「この極悪聖女! 俺は決して、貴様なんかの好きにはさせん!」


 激昂する勇者の前で、私は微笑を浮かべる。

 それはきっとこの勇者には、聖女の笑みではなく、自分の前に立ち塞がる魔王のように見えたかもしれない。


 構わない。大切な人を守るためなら、悪役にでも魔王にでもなってやる。

 見てなさい、ブレードル。あなたの前で魔竜を倒して、その高い鼻とプライドをベキベキにへし負ってやる。あなたご自慢の「勇者」という地位から、失墜させてあげるわ。


「こちらの台詞です、正義面した暴虐勇者様。――私を敵に回したことを、後悔させて差し上げます」

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