42・大切な人のためなら、ブチギレます
私に睨まれたアリサは、ビクッと肩を揺らした。何、怖がるような仕草してるんだ。あんたはそんな繊細じゃないし、むしろ元の世界でずっと私に家事育児を押し付けた挙句、婚約者を寝取ったくらい図太いでしょう。
「お、お姉ちゃん……もしかして、私達に嫉妬してるの?」
「何をどう解釈したらそうなるのよ。どういう思考回路してるの?」
「だってお姉ちゃんは、真来がお姉ちゃんより私を選んだから、私を恨んで、そんな意地悪言うんでしょ!? お姉ちゃんが選ばれなかったのは、お姉ちゃんに魅力がなかったからなのに、いつまでも根に持つなんて陰湿よ!」
「今の問題点は全然そこじゃないから。あんたが、自分の子どもを少しも守ろうとしていないことに呆れているのよ」
「ほら、それって結局、子どもを産んで幸せそうな私に嫉妬してるってことでしょ? 自分が男にモテないからって、妹に八つ当たりするなんて酷い!」
(何か、死なない程度にめちゃくちゃ苦しむ呪いってあったっけ)
頭の中で適当な呪いを検索していると、ヴォルドレッドが、ゴミを見るような目でアリサを見た。
「恐ろしいほどに理解力がないな。ミア様は貴様の、親としての無責任さを問題視しているんだ」
「だって私の子どものことは、お姉ちゃんには関係ないでしょ? 親子の問題なんだから、お姉ちゃんが口出しすることじゃないもの。それでお姉ちゃんが怒るなんておかしいじゃない! 嫉妬してるって認めたくないから、適当なことを言って私を責めたいだけなんでしょ!」
「何もかもを『嫉妬』で片付けたがる貴様の方がおかしい。……というか。そもそも貴様のどこに、ミア様が嫉妬する要素があるというんだ」
「えっ……だ、だから。私は男達から好かれて、結婚経験もあるし、子どももいて……。だからお姉ちゃんは私を妬んで……」
「その男がミア様より貴様を選んだのは、その男の見る目がなかっただけだ。それにミア様のことは、私が誰より愛している」
ヴォルドレッドが、私の肩を抱く。彼は、私のことを愛していると伝えてくれても、普段私にベタベタ触れてくることはないので、これはあえてアリサを黙らせるためにやってくれているのだろう。
「なっ……!」
「おい、美亜! その騎士と幸せになったってんなら、もう俺達のことは許してくれたっていいだろ! 自分は幸せになったくせに、俺達が幸せになることは許さないなんて、心が狭いぞ!」
真来がそう言うと、すぐさま、ヴォルドレッドが彼に剣を向ける。
「貴様、また斬られたいようだな。……今度は、以前よりも更なる苦痛を与えてやろう」
「ひいっ!?」
以前一度ヴォルドレッドに斬られている真来は、鋭い剣先を向けられると、すぐに顔を青ざめさせた。このままだと収拾がつかなくなりそうなので、私は一歩前に出る。
「私があんた達のことを許さないのは嫉妬じゃないし、あんた達の浮気のことも、今となってはどうでもいい。でも問題はそこじゃない。私が怒っているのは、あんたらが、メイちゃんを自分にとって都合のいい道具としか思っていないところよ」
「な、なんで、お姉ちゃんがそんなにメイのことを気にするのよ。もう二度と会うこともないでしょ!」
「今、メイちゃんがこの世界に来ているの。この世界からしたら未来から来たみたいで、十七歳になったメイちゃんが、ね」
「え、本当!?」
アリサと真来は、ぱあっと目を輝かせる。だけどそれは、大切な娘と会える喜びではない。
「ねえ、メイに会わせてよ! 私の子どもなんだから、私のこと助けてくれるはずだもん!」
「十七歳なんて最高じゃないか! さぞかし美人になってるんだろうなあ、胸も成長したかなあ!」
完全に私利私欲のために目をキラキラさせている二人に、私は再び軽蔑の目を向ける。
「メイちゃんにあんたらのことを教える気はないわ。もともと会わせないほうがいいだろうと思っていたけど……今、あんたらの様子を見て、その決意が深まった。メイちゃんが会いたいと言わないかぎり、絶対に会わせない。あと真来、あんたは本当に外道だわ。世の女の子達の安全のためにも、その呪い、一生解かないから」
二人にそう告げると、私は、看守さんに向けて言った。
「看守さん。監獄はただ牢に入っていればいい場所ではない――自分の罪を自覚し、贖うための場ですよね」
「はい、おっしゃる通りです」
「ですが、アリサと真来のこの態度……反省の色が皆無です。このままでは、牢に入っている意味がないと思うのですが」
「そうですね。この二人は、囚人の中でも態度が悪く、囚人労働もたびたびサボろうとしています。そろそろ何かしらの罰が必要だと思っておりました」
「提案なのですが、ワンドレアの刑期を少し短くし、そのぶん、この二人の刑期を延ばしてはいかがでしょうか。囚人労働も、今より過酷なものにしていいと思います。私からもリースゼルグに相談してみますので」
「いいお考えですね。さすがは聖女様です」
私達の会話を聞いて、アリサと真来は顔を青ざめさせる。
「何言ってるのよ、お姉ちゃん! 私、こんな生活、一刻も早く抜け出したいのに!」
「そうだ、美亜! 頼むよ、ここから出してくれよ! 男ばっかのムサい監獄なんてもう嫌だ!」
「なら、とっとと出られるように、真面目に労働に励みなさい。もっともその調子じゃ、あんたらが反省することなんてなさそうだし、一生牢獄の中でしょうけどね」
「ふ、ふざけんな! 仮にも元婚約者だってのに、可愛げがなさすぎだろ!」
「自業自得でしょ。それから……オマケにこれもあげる」
私は無詠唱で、アリサと真来に、とある呪いを移した。
「ぎゃああああああああああ!? な、なんだ!? 腹が痛いぃっ……!」
「『人に暴言を吐くとお腹がめちゃくちゃ痛くなる呪い』よ」
「は、はああ!? なんでそんなピンポイントすぎる呪いがあるんだよ!?」
「以前街で会った修行中の魔術師が、自分を戒めるために自分でかけた呪いだそうなんだけど。もう修行は終わるからって、私にくれたの」
「何それ! そんな呪いを私達にかけるなんて、お姉ちゃんって本当に陰湿……いだだだだだだだだだだだだぁっ!?」
「いででででででで、マジ無理っ……! 美亜、頼むっ! 俺の呪い全部、解いてくれぇっ!!」
「駄目に決まってるでしょ。あんたらが心を入れ替えて、真面目に労働してたら、いつかは解いてやってもいいけど。そんな日が来るとは思えないわね。せいぜいキリキリ働きなさい」
「テメー、マジでクソ女……ひ、ひぎゃああああああああああああああっ!!」
「最低、お姉ちゃんなんか元の世界ではモテなかったくせに……うぎゃあああああああああああああああああっ!!」
(呪いのことについてわざわざ説明してあげたっていうのに、暴言をやめられないなんて。本当に愚かだわ)
「あんなにいい子を自分に都合よく使おうなんて、最低なのはあんたらよ。大体、子どもの頃ろくに育児もしてこなかった、それどころかメイちゃんのことうるさいだとか、邪魔扱いしてたような奴らを、なんであの子が無条件で助けると思ってるの? ――かつて自分が雑に扱った相手が、自分のことを助けてくれるわけないでしょ。一生反省しなさい、屑ども」
ジタバタと床に転がるアリサと真来に背を向け、私は監獄を出た――
◇ ◇ ◇
とりあえずメイちゃんのことに関して、元の世界に戻るための情報と、あと実親の現状は知ることができた。アリサについて、「絶対会わせてはいけない」と再確認できてよかったかもしれない。本来なら、親子を会わせないというのは少し罪悪感が湧くけれど、アリサがあんな調子なら心が痛まないし。
(アリサのことは、絶対言わないとして……。ユーガルディアの宝玉についても、まだ、メイちゃんに言うべきではないわよね)
宝玉を手に入れられる可能性は、限りなく低い。「元の世界に戻れるかもしれない」と期待させて結果的に駄目だったら、かえって落ち込ませることになってしまう。
(だからといって、あの子が元の世界に戻れる可能性を、簡単に諦めたくはないわ)
突然異世界に来てしまって戻れないなんて、理不尽だ。理不尽に屈するのは癪だし、メイちゃんには、彼女の望む世界で生きていてほしい。――直接「帰りたい」と言われたわけではないけれど、「いつでも帰れる」という選択肢は、持たせてあげたいのだ。強制されるのと、自分で選ぶのとでは、全然違うから。
そんなことを考えながら、ヴォルドレッドと共に、王宮に戻るため街の中を歩いていると――
(ん?)
市場の方が、ザワザワと騒がしいことに気付く。
何事かと思い、ヴォルドレッドと共に騒ぎの中心の方へと近付いてゆくと――
(え……!?)
そこにいたのは、メイちゃんと、彼女につけた護衛の女性騎士。対峙しているのは――隣国の勇者ブレードルと、その婚約者ピピフィーナだ。
「おい、貴様。ユーガルディアの勇者であるこの俺に剣を向けるというのか? これは国際問題だぞ」
「そうだよぉ、ブレードルは勇者なんだから! 勇者様の言うことは、ちゃんと聞かなきゃ、めっ! だよぉ~」
「先に、メイ様に手を出そうとしたのはそちらでしょう!」
「俺は勇者だ! 勇者の言うことには従って当然だろう。だから、その女は俺と共に来るべきなんだ。ほら、メイとやら。来い!」
「嫌です! やめてください!」
メイちゃんの護衛騎士は、相手が隣国の勇者だから斬り捨てるわけにもいかず、対応を迷っている。そうこうしている間に、ブレードルが無理矢理メイちゃんの手首を掴もうとし――
「何してるのよ!」
たまらず、私はその場面に割って入った。
「ん? ああ……この前の生意気聖女か。何って、俺はその女を、勇者の仲間にしてやろうとしただけだ」
「お姉ちゃん、この人達、私を無理矢理連れて行こうとするの!」
「……どういうつもりですか、ブレードル様」
私は彼を冷たく睨むが、彼は少しも悪びれる様子はなく、むしろ蔑むような目をこちらに向ける。
「そのメイという女は、お前の関係者なのだろう。聖女の関係者なら、この娘にも特別な力があるかもしれないと思ってな。だからその女は、勇者である俺の傍にいるべきなんだ!」
「うんうん。ピピ達はぁ、メイちゃんと仲良くしたかっただけ!」
「ああ。別に酷いことをしようとしたわけじゃない。これもユーガルディアを救うための、正義の行いだ」
私は、フェンゼルの聖女だ。他国の人間と揉め事を起こすのは悪手である。
だけど――大切な姪っ子に失礼なことをされて、黙っていることなんてできない。
私はフェンゼルの人々も幸せであってほしいと思うが、それでも私にとって最も大切なのは私の身近な人々であり、国のために大事な人を蔑ろにする気は毛頭ないからだ。
だから、私は――ブレードルに、ブチギレた。
「本人の意思を無視して無理矢理連れ去ろうとするのは、十分すぎるほど酷いことよ!」





