4・傲慢王女には制裁を下します
「わかりました。そこまで言うなら、聖女の力を使ってあげましょう」
さっきみたいな無詠唱、無気配ではない。今度は逆に、周囲に見せつけてやるかのように、聖女のオーラをぶわっと放ってやる。
「我は聖女――私はこの国と、この国の民のために祈りを捧げます。この者の痛みを取り除き、全てを癒す光をここに」
聖女の力は、無詠唱で使えるものだけど。それっぽく見えるように適当な詠唱をしてやると、周りの人々は「おおっ!」と大きく目を見開いていた。
それもそのはず、私の身体を包み込むように、光輝くオーラが出現したのだ。今の私は、周囲から見たらさぞキラキラしていて、本物の聖女のように見えているだろう。いや本物の聖女なんだけどね。
「こ、これが聖女の力……!」
「あの女、無礼で生意気だが、王子が召喚しただけあって、力だけは確かなようだな」
「当然だ。王子が召喚した女なんだからな」
おいおい。私の手柄じゃなくて王子の手柄なのかよ。本当にこの国の人間はどこまでも腐ってるな。
(私はどこまでも、舐められている。……だから、思い知らせてやらないと)
目の前の王女は、愉快そうに笑っている。
傷ついた騎士が助かることへの安堵じゃない、私を屈服させてやれたことへの、勝ち誇った笑みだ。
「ふっ、最初から素直に力を使っていればよかったんですのよ。まったく物分かりの悪い聖女ですこと。まあいいですわ、これからはちゃんと自分の立場を弁えて、私の言うことに従いなさい」
王女が金の縦ロールを掻き上げている間に、傷だらけだった騎士の身体からみるみるうちに傷が消え、彼の顔色がよくなっていく。
「さあ、傲慢聖女。あなたはこれからもっともっと、この国のために力を使うのよ! わかったら、私とお兄様への非礼を詫びて、床に頭を擦りつけなさい」
おーほほほ、と王女が高笑いを浮かべた、次の瞬間――
血が、飛び散った。
王女の身体に、さっきまで騎士が負っていた傷が移ったのだ。
「ひ……ぎゃあああああああああああああああああ!?」
――私の、聖女の力の仕組み。
まず、怪我人から怪我を取り除くことができる。ここまでは、ネット小説で読んできた聖女と同じだ。
だが、能力開示での説明を読んでみると、私の力はそれだけではない。
私の力は、取り除いた傷や病、毒、呪いを「聖女の領域」という独自の異空間に溜めておけるのだ。それらは私の意思で削除することもできるけれど、溜めておいたまま別の人間や魔獣に「移す」こともできるらしい。
だからこそ私は、騎士の痛みや傷を取り除いて、それらを王女に移したのだ。
聖女がそんなことをしていいのかよって自分で自分の能力にツッコミを入れたくもなるが、この力を人に使ってはいけないとか、罰みたいなものはどこにも書いていなかった。
なんなら取説には、「それもまた聖女の役目である」みたいに書いてあった。聖女は、傷ついた人々を癒すだけでなく、悪しき心に染まってしまった者に罰を下す役割も負っているのだとか。そんな責任の重い役割を勝手に一人の人間に負わせるな、とは思うけど。
聖女とは異世界からの救いの手であり、裁定者でもあるようだ。腐敗した世界に送られ、その世界を良き方向へ導くための使者。
(だからこんな腐敗しきった国に送られたってことね……いい迷惑だわ)
「い、痛い痛い、痛いぃぃ……っ! な、何、どういうことですの!?」
「……あなた、この騎士の痛みを『代わってあげたい』と言ったでしょう。私は聖女として、お望み通りにして差し上げただけです。ほら、こちらの騎士様はすっかり元気になりましたよ」
「な……っ。こ、この、極悪聖女……っ」
一応、死なない程度に、騎士の人よりは軽度の傷にしてやったんだけど。それでも激痛ではあるだろう。王女は苦しみもがいて床に這いつくばりながら、私を睨み上げる。
別に蹂躙したいわけじゃない――こんなことをしなきゃいけないことにすら、吐き気がするけど。
でも、私は私のために戦わなくちゃいけない。味方になってくれる人なんて誰一人いないのだから。屈すれば、どこまでもいいように扱われてしまう。……ただの便利な道具として、壊れるまで使われることになる。
戦わなければ、意思のある一人の人間としてすら、扱ってもらえないのだ。
「王女様。そのままなら、あなたは死にます。仕方がないので助けて差し上げます。ですが、これに懲りたら、二度と私を軽んじず、無理矢理従わせようとしないこと。便利な道具ではなく、『一人の人間として扱う』と誓いなさい」
「ち、誓う……! 誓いますわ! だから助けて、お願い……っ!」
(……口先だけなら、なんとでも言えるけどね)
多分この手の輩は、心を入れ替えるなんてしない。今だけこう言ったって、どうせすぐ約束を破るのだ。真来もそうだった。
とはいえさすがの私も、殺人者になるのはごめんだ。仕方なく聖女の力で、王女の傷を全て除去してやる。
「私の聖女の力は、除去した傷を異空間に保存しておいて、他者に移すことが可能です。ですから――またいつでも同じ目に遭わせてやれるということを、お忘れなく」
◇ ◇ ◇
騎士の傷を王女に移してやった日から、私の周囲は少し、穏やかになった。
まあそれは、単に恐怖で皆が私に近寄らなくなったせいかもしれないけれど。
ただ一つ――私にとって、完全に予想外なことがあった。
「ミア様」
あの日、私が(結果的に)助けることになった、騎士さん。
彼はヴォルドレッドさんといって、この国の騎士団長だそうだ。そしてあの日から、暇さえあれば私の傍に来て、何かと世話を焼いてくる。
意味がわからない。そりゃネット小説では、聖女に命を救われた男性は聖女に恋をする、みたいなのがお約束だけれども――
「ミア様、読書が好きだとおっしゃっていたでしょう。本日は、この国で人気の物語を何冊か持ってまいりました。気に入っていただけるといいのですが」
「ええと……ありがとうございます、ヴォルドレッドさん」
「ヴォルドレッド、とお呼びください」
「ヴォルドレッド、あの……」
「はい、なんでしょう?」
彼は私の顔を見つめ、秀麗な顔に幸せそうな笑みを浮かべている。――まるで、最愛の女性を見つめるかのように。
「……私、あなたの前で王女に、『死ね』と言いましたよね? あなたに良くしてもらえる理由がないと思うのですが」
「あれは、あなたが王女に屈しないための言葉であり、本心ではなかったでしょう。だからこそ、ミア様は私を癒してくださった」
私が王女に傷を移す前から彼を治癒していたということは、あのとき他の人間は気付いていなかっただろう。だけど、もちろんだが本人には気付かれていた。
「私はもともと、この国の王族の高圧的なやり方には嫌悪感を抱いていたのです。ですが私は従属の呪いをかけられており、今まで王家に従わざるをえませんでした。……しかしあなたに治癒していただいたとき、その呪いも、綺麗に消え去ったのです。私の命が救われたのも、私が自由になれたのも、全て、あなたのおかげ。私はあのとき……あなたに、心奪われました」
ヴォルドレッドは私の前に跪き、恍惚とした表情で見上げてくる。
「いや……感謝するだけならともかく、心奪われるのはおかしいでしょう。王女相手にあれだけ盾突いた女に。普通幻滅するのでは」
「あなたは終始、正しいことを言っていました。幻滅どころか、大変スカッとしましたが? あなたの毅然とした態度に、この胸は高鳴ったのです」
「単にやばい性癖の人では?」
「この命、ミア様に捧げます」
「いや命なんて捧げられても重いから! せっかく自由になったんだから、好きに生きればいいでしょ!」
強めに突っ込んでもなお、うっとりした目でこちらを見てくる騎士様に頭が痛くなる。
――私にとって最悪な世界から転移したものの、この異世界も、相当腐敗している。
だけどどうあがいても戻れはしないみたいだから、私はここで、生きていかなければならない。
だから今度こそ、決して理不尽に屈せず、嫌なものは嫌だと言って生きてゆくんだ――