38・思わぬ再会を果たします
戴冠式から数日が過ぎたけれど、私は忙しくも平穏に暮らしている。
最近の私は、転移魔法陣によってフェンゼルの各地に転移し、瘴気を浄化したり、人々の怪我や呪いを治癒したりしていた。
フェンゼル最大の瘴気の発生源であるノアウィールの森は浄化したけれど、まだ各地には瘴気の発生している場所がある。
そんなわけで私は、今日はリレートの森という場所まで、瘴気の浄化にやってきていた。ヴォルドレッドも一緒だ。他の人はいない。ノアウィールの森のときは、リースゼルグや、ベリルラッドの騎士さん達にも同行してもらったけれど、あのとき魔獣を倒しまくって、基本的に私一人で問題ないとわかったからだ。
(傷も呪いも、もう聖女領域にたっぷり溜まってるし。どんな魔獣も、ほぼ瞬殺なのよね)
魔獣に傷を移し、息絶えたら傷を回収し……そんなことを繰り返しながら、森の奥へと進んでゆく。
「さすがはミア様。お見事です」
「この力、本当にチートすぎよね……」
少しも苦戦することなく、サクサク森の中を歩いていると――
「いやああああああっ!」
突然、高い悲鳴が聞こえてきた。
(人が襲われてる……!?)
声が聞こえてきた方へ駆けつけると、少女がワイバーンのような魔獣に襲われている。
「魔獣め、人を襲うんじゃないわよ!」
「gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
バシュッと大量の傷を移してやると、魔獣は断末魔の叫びを上げて、地面に倒れた。
「あなた、大丈夫だった!?」
「え……」
魔獣に襲われていた少女に、声をかけると――
「……美亜、お姉ちゃん……?」
「――え?」
目の前にいるのは、私の知らない少女だ。
だけどどこかに……不思議と、懐かしい面影がある気がする。
というか、目や髪の色といい、顔立ちといい、明らかにこの国の人間ではなくて。服装は高校生っぽい制服だし、帰宅途中にスーパーにでも寄ったのか、エコバッグからは明らかに現代っぽい食品がはみ出しているし――どう見ても、日本人である。
「美亜お姉ちゃん、だよね……? 私……メイだよ。小さい頃、美亜お姉ちゃんに育ててもらってた……!」
「――っ」
メイ。それは、アリサの子ども……私にとって姪っ子の名前だ。
私の妹のアリサには三人の子どもがいて、一番上の女の子が、メイちゃんだった。
アリサのことは憎たらしいし、育児は大変なこともあったけれど。それでも、私にとっては可愛い姪だった。こちらの世界に召喚されてから、子ども達はどうしているのか、それだけが気がかりだったのだけど――
「えっと……待って。メイちゃんだとしたら嬉しいけど、年齢がおかしくない!? メイちゃんは四歳だったはずだけど!?」
「えっ? あ、そういえば……。美亜お姉ちゃん、うちにある写真と全然変わってない……」
私とメイちゃんがお互い混乱状態だったところで、ヴォルドレッドが状況を整理するように確認してくれる。
「ミア様。会話から察するに、ミア様のご親戚が、何故か本来の姿より成長してこの世界に転移してきた、ということでしょうか?」
「え……ええ。そうみたい。まあ、ここは異世界だし……元の世界と時間の流れにズレがあっても、不思議ではないけれど」
「あ、やっぱり、ここって異世界なの?」
メイちゃんがそう言った。普通もっと混乱するところだと思うんだけど、何故だか少し、目が輝いている。
「ていうか、さっきのって魔法!? お姉ちゃん、魔法使いなの!? すごい!」
「ああ、いえ。魔法使いじゃなくて、私は聖女で……」
「え!? ってことはお姉ちゃん、戦闘系聖女ってこと!? 何それ最高、推せる!!」
「ええと……楽しそうで何よりだけど、ちょっと落ち着きましょうか」
(まあでも、気持ちは少しわかる。異世界転移って、もはやオタクにとってはテンション上がるワードだよね……)
別世界で幸せに暮らしている人間を無断で召喚するのは、非道な行為だとは思う。でも私も、私を召喚したのが、当初の傲慢な王子や、あの王女ではなく優しくてまともな人だったら、ラッキーだと思っていたかもしれない。
「あ、ごめんなさい。ネット小説とか大好きだから、ついテンション上がっちゃって」
「謝る必要はないわ。にしても……私、さっき目の前で魔獣を倒しちゃったけど、大丈夫だった?」
(魔獣に襲われたのも怖かっただろうけど、傷を移すって私の攻撃方法、結構グロいし。生で見ちゃって平気かな……)
「大丈夫! 私結構激しめのバトルがあるアニメとかゲームも好きで、耐性あるから」
「そう、ならよかった。……ところで、いくつか質問してもいい?」
「うん、もちろん」
「メイちゃんは、いつからこの世界に来たの? 最初はどこにいたの?」
「ついさっきだよ。学校帰りに買い物してたら、家の前で急に倒れちゃって。気がついたらこの森の中にいたから、驚いた。よくわからなかったからとりあえず歩いてたんだ。でも道は全然わからないし、そうこうしてるうちに、モンスターみたいなのに襲われて……。怖かったけど、お姉ちゃんが来てくれて、安心した。私を助けてくれたときのお姉ちゃん、すごく素敵だった……!」
「メイちゃんが無事で、本当によかった。この世界に来たのがついさっきってことは、他に辛い目には遭っていないのよね?」
「うん、大丈夫」
「よかった……」
ほっと胸を撫で下ろす。だけどまだ、疑問は山積みだ。
「ねえ、ヴォルドレッド。メイちゃんは、誰かに召喚されたとか、そういうわけではないのかしら?」
私やアリサは意図的にこの世界に召喚されたけれど、真来みたいな巻き込まれ召喚で、誰もいない場所に来てしまうというパターンが存在することも判明している。
「召喚魔法陣のある場に現れたのではないというのは、そういうことかもしれませんが……念のため、能力鑑定してみてはいかがでしょうか」
「そうね。メイちゃん、ちょっといい?」
「能力鑑定!? 私、何かチートスキルとか持っているかな」
ネット小説大好きと言っていただけあり、メイちゃんはめちゃくちゃこの異世界に対する順応力があると思う。話が早くて助かる。
そうして、鑑定を行ってみると――
・アクイ メイ
・聖女の姪 Lv1
・HP:1,500
・MP:1,766
・聖女の姪として、レベルを上げることにより、回復士としての治癒魔法をある程度覚えることは可能。ただし聖女のような傷を移す能力は持たない。
「うーん……これといって特別な力はないみたいだけど」
ということはやっぱり、何らかの役割があって召喚されたのではないということなのだろうか? 正直、まだ謎だらけだ。
「ともかく、一度王宮に戻りましょうか。メイちゃんの今後のことについて、落ち着いた場所でちゃんと話したいしね。……ただ、その前に。この森の瘴気の浄化だけしてしまわないと」
私達は森の更に奥、瘴気の発生源となっている場所まで向かった。ノアウィールの森の場合は沼だったけど、今度の森で瘴気の発生源となっていたのは、禍々しい紫色に染まった大樹だ。
ノアウィールの森でそうしたように、聖女の力を全開放して、瘴気を浄化する。紫に染まっていた大樹は鮮やかな緑になり、周囲の森の景色も、暗く淀んだ空気が払拭され、明るく晴れやかになった。
聖女の力の名残で、まだキラキラと輝いている周囲を見て、メイちゃんは目を見開く。
「何これ、綺麗……! お姉ちゃん、すごい……!」
「ありがとう。そんなふうに言ってもらえて、嬉しいわ」
「……なんだか本当に、夢みたい。異世界転移なんて、びっくりしたけど。……もしかしたら、私がよく異世界のことを考えてたから、ここに来たのかな」
「異世界のことを、考えていた?」
「うん」
柔らかな木漏れ日が差し込む中で、彼女は私に、曇りのない笑顔を向けてくれる。
「私にとっては十三年前、お姉ちゃんは、消えちゃった。本当にすーって消えちゃったから、私……お姉ちゃんは異世界に行ったんだって、信じることにしたの。それで……もしもまたお姉ちゃんに会えたら、言おうと思っていたことがあるんだ」
メイちゃんは、幼い日の面影を残した笑顔で、彼女が生きてきた月日を感じさせる声色で……まっすぐに、言葉を贈ってくれた。
「私のこと、育ててくれて、ありがとう。お姉ちゃん、大好き」