36・売られた喧嘩は買います
黙って我慢していてもいいことなんてなかったのでブチギレた結果、なんだか国王を倒して、新しい王が造っていく国で聖女になりました。
……これが、私がこの異世界に召喚されてからの、ここまでの流れだ。
なんだそれって自分でも思うけど、それが事実なのだから仕方がない。
今私がいる国、フェンゼルは、以前までは腐敗した王族達が支配していて、民は困窮していた。けれど王達は処刑され、この国は元公爵リースゼルグを王とし、新しいフェンゼルに生まれ変わろうとしているのだ。
今日はそのリースゼルグの、戴冠式である。
リースゼルグは、実質的には既に王として働いている。だが、何せ前国王を捕えてからバタバタしていたし、戴冠式なら他国の要人達も招待する必要があるしで、式を開くのが遅れてしまったのだ。だけどようやく、これで名実共にリースゼルグがフェンゼルの王になる。
通常であれば、フェンゼルの戴冠式では、前王から次の王へと冠が渡されるものらしい。
けれど前王は処刑されたし、王族の生き残りであるワンドレアも囚人となっている。
そのため、リースゼルグに冠を渡す役は、聖女である私が務めることになった。
正直なことを言えばめちゃくちゃ緊張するので辞退したいところだったが、そもそも前王を王座から引きずり下ろし、リースゼルグを新たな王に推薦したのは私だ。そこまでしておいて「私は無関係だから、後はよろしく!」はさすがに無責任すぎる。なので、役割はちゃんと果たすことにした。
フェンゼル王宮の、式典の間にて。フェンゼルの貴族達や、他国からの賓客が大勢見守る中、私はリースゼルグの頭上に王冠を捧げた。その瞬間――貴族達から、大きな拍手が起こる。
私はまだ、この世界に来てから日が浅い。だけどフェンゼルの人達にとっては、長く続いた支配の時代の終わりだ。送られる拍手には、万感の思いが込められているようだった。
私も、もうヴォルドレッドが呪いによって自由を奪われることは永遠になく、同じ目に遭う人は生まれなくなるのだと思うと、心が晴れやかだったが――
(……ん?)
拍手が鳴りやんだ頃……本来静粛であるべきなのに、後ろの方で、誰かがひそひそと会話していることに気付く。
(小声だけど、何か話している人がいるわね)
国外からの賓客だ。得られる情報は得ておきたくて、私は無詠唱で聖女の力「能力向上」を自分に使い、聴力を上げてその会話を聞き取る。すると……。
「あの男は、一度は追放された身なんだろう。そんな人間が王になるなど、フェンゼルは低俗な国だな」
「ていうかぁ、前の王様、処刑されちゃったなんて、かわいそうだよねえ……。皆で仲良くできなかったのかな?」
(――は?)
聞こえてきたのは、そんな会話だった。
小声だから、私達や警備の騎士達には聞こえないと思って油断しているようだ。実際、他の人達は誰も気付いていないし。……だが私は、ばっちり聞いてしまった。
国外からの賓客なら、以前のフェンゼルの状況を知らないのかもしれないし、そういう考えを持ってしまうこと自体は、仕方ない面もあるのかもしれないけれど。
よりにもよってこの戴冠式の場で、声に出して言うことか?
(……とはいえ、今この場で怒鳴りつけるわけにもいかないしね)
私は、表情を崩さない。あくまで「フェンゼルの聖女」としての穏やかな顔を保った。
そうして、戴冠式は滞りなく終了し――
◇ ◇ ◇
式の後は、パーティーだ。戴冠式に参加していた人々が大広間に集まり、立食形式で、酒杯や料理を片手に、それぞれ歓談する。
私は聖女として、しばらく貴族の人々に囲まれて、今までの治癒や解呪のことについて感謝を述べられたりしていた。
皆さんいい人達だったけれど、初対面の、身分の高い人達とのやりとりは、やはり緊張する。そのため、一通り挨拶を終えると、人の中心から離れた壁際で休憩することにした。
(一番大変なのは、リースゼルグだろうけど……さすが元公爵。社交には慣れた雰囲気ね)
今日の主役である彼は、貴族達に囲まれながらも、落ち着いた笑みを浮かべていた。元公爵だからこそ、こういう場には慣れているし知人も多いのだろう。
「ミア様、お飲み物をどうぞ」
「ありがとう」
ヴォルドレッドが、私好みの果実水を持ってきてくれて、一息吐く。
何はともあれ、一番緊張する戴冠式も無事終わったし、後はもうパーティー終了の時間まで、平穏に過ごせるはず――
「あっ! いたぁ、ミアちゃんっ!」
――ん?
パタパタと、見知らぬ人がこちらに近付いてきた。
ふわふわした、長いピンク色のウェーブヘアの女性だ。
「あのね、ずっとお話ししたかったんだけど、ミアちゃん他の偉い人達に囲まれてたから、なかなか近付けなくてぇ。でも、こうしてちゃんと会えてよかったぁ!」
(……えーと?)
こんな人に見覚えはない。間違いなく初対面のはずだ。……初めて会う相手に、戴冠式後のパーティーの場でこの態度は、さすがに軽すぎやしないだろうか。
そう考えていると、ヴォルドレッドが、私とその女性の間に入るように、前に出てくれた。
「初対面で、聖女ミア様に対し、その態度は無礼です。まず名を名乗るべきでは?」
すると相手の女性は、悪びれる様子もなく、舌をペロッと出して自分の頭を小突く。
「あっ、ごめんなさぁい。ピピはぁ、ピピフィーナっていいます! ユーガルディアから来ましたぁ、よろしくお願いします!」
(隣国ユーガルディアの、ピピフィーナ……『勇者の婚約者』ね)
聖女としてパーティーに参加する以上、賓客についてはできるだけ覚えておこうと思って、事前にリースゼルグから資料を貰い、記憶しておいたのだ。
隣国には、ファンタジーな異世界らしく「勇者」という存在がいて、彼女はその婚約者として共にこの場にも招かれたらしい。
……にしても、十歳くらいの子とかならまだしも。ピピフィーナさんは、童顔なため幼く見えるけれど、資料によると二十歳くらいだったはず。
彼女は十代の頃に「勇者」に気に入られて婚約者になっただけで、もともと平民だとも書いてあった。とはいえ、こういう場に来るなら、最低限のマナーくらいは身に付けてきたほうがいいのではないだろうか。
「ピピのことは、ピピって呼んでね! ピピはミアちゃんのこと、ミアちゃんって呼ぶから!」
(え? 決定事項?)
「それでね、ミアちゃぁん。ピピ、ずっと思ってたことがあるんだけどぉ」
「なんでしょう?」
「フェンゼルの、前の王様、処刑されちゃったなんてかわいそう……みんなで仲良くできなかったの?」
(……戴冠式の最中にひそひそと話していた一人は、この子だったのね)
「できませんでした。前国王は、それだけのことをしてきましたから。前国王の処刑は、これまでの行いへの正当な報いであり、国民の総意です」
穏便に解決できるなら、もちろんそれが一番良い。だけど、長年残酷なやり方で民を支配し、呪いでヴォルドレッドの人生を踏みにじり、国民達から満場一致で処刑を望まれるようなことをしてきたのは前国王だ。しかもその国王は、自国の村を焼き払おうとした挙句、ちょっと挑発した程度で躊躇なく刺してくる人間。そんな相手と、どう「仲良く」しろというのか。それとも、フェンゼルの人々が支配を受け入れていればよかったとでも言う気なのか。
「でも……そんな残酷な方法じゃなくてぇ、もっと皆が幸せになれる方法があったはずだよ」
「そうですか。では後学のためお聞きしたいのですが、他にどんな解決方法があったとおっしゃるのでしょうか」
「それは……わからないけど。でもね、皆で探せば、きっと他の道は見つかるはずよ!」
わからないなら言うなよ。
というか、フェンゼルが大変だったときに何もしなかったくせに、なんで後から「別の方法の方があった」とか「もっと上手くやれたはず」とか言ってくるんだ。綺麗ごとを言ったって、重要なときに何もやらなかったのが現実だろう。
どう説明するべきなのだろうか。どう説明しても理解してもらえない気がする。彼女にとって、自分の思い描く理想論以外の話は「そんなの残酷!」なのだろう。
そんなふうに考えていた、そのとき――
「ピピフィーナ、何してるんだ」
「あっ、ブレードル!」
そこで、ピピフィーナさんのもとに、男性がやって来た。
茶に近い金髪に、緑の瞳の男性だ。この世界にはカメラがないので資料に写真はなかったけれど……ブレードルというその名は、隣国ユーガルディアの「勇者」だ。
もっとも、勇者と呼ばれていても、彼はまだ何も成し遂げてはいないらしい。ただ、彼の家は勇者の一族で、このブレードルという男も勇者の血を引いている。そのため、いずれユーガルディアの「魔竜」を倒す存在だとして崇められているのだとか。「勇者」は貴族の一つとして、ユーガルディア唯一の「勇者爵」という爵位を持ち、特別なものとして扱われているそうだ。フェンゼルの象徴が「聖女」だとすれば、隣国の象徴は「勇者」なのである。
ブレードルは、品定めをするように私を見て、にこりともせずに呟いた。
「お前が聖女だな」
「はじめまして。私は異世界から召喚されました、聖女のミアと申します」
「ね、ブレードル。ミアちゃん、かわいーよねっ!」
「ピピフィーナの方が可愛いさ」
「ふふ、やだもう、ブレードルったら! でもありがと!」
……今、さらっと私を、自分達がイチャつくための踏み台にしたな?
仲睦まじいことは結構だけど、仮にも私本人の目の前で「ピピフィーナの方が可愛いさ」という言葉は、普通に失礼だと思うのだけど――
「あなた方の、先程からのミア様への態度は、非常に失礼です。謝罪しようとは思わないのですか」
そこで、ヴォルドレッドが二人を威圧する。
うん、私も確かにこの二人は失礼だとは思っているけど……念のため、彼にだけ聞こえるよう、小声で言った。
「……攻撃しちゃ駄目よ?」
「ご安心ください、ミア様」
まあ、そりゃそうか。これはリースゼルグのためであり、新しいフェンゼルのための大事なパーティー。そんな場で戦闘なんてしたら国の信用にも傷がつくと、ヴォルドレッドだって理解しているはずで――
「この場で騒動を大きくするような真似はしません。後で闇討ちします」
「いやそういう問題でもなくて」
ヴォルドレッドの場合、冗談なのか本気なのかよくわからないから怖い。多分冗談……だと思うけど。
「ともかく、自分でなんとかするから、あなたは手を出さないでね」
「かしこまりました」
自分達にだけ聞こえる小声での会話を終え、あらためて目の前の二人への対応を考える。
この世界に召喚されたばかりのときと違い、今の私には、「フェンゼルの聖女」という立場がある。だから、召喚された当初、王子をぶん殴ったように自由な行動をとるわけにはいかない。
――けれど。「フェンゼルの聖女」だからこそ、舐められるわけにはいかないのだ。
私が舐められたら、リースゼルグまで舐められることになりかねない。フェンゼルはこれから新しい国としてスタートを切っていくのに、その最初で蹴躓いてたまるか。
「ふぇ? ピピ、何か失礼なこと言っちゃったかなぁ? ミアちゃん、誤解だよぉ。そんなつもりはなかったの!」
「ピピフィーナが何を言ったかは知らないが……。確かにこいつは少し馬鹿なところはあるが、悪気はない。だから許せ。お前は聖女なのだから、寛容さを持つべきだろう」
(そっちが失礼だったのに、謝罪もせず寛容さを持てって、すごい言いぐさだな)
「それで? 聖女。お前は、俺に言うべきことがあるだろう? 本来ならお前の方から最初に俺のもとへ来るべきだったはずだが。俺はお前と違って寛容だから、許してやろう」
「おっしゃりたいことがわからないのですが。私は、ブレードル様に特に言うことはございません」
こちらが表面上は笑顔で対応してやったというのに、ブレードルはあからさまに不機嫌な顔をした。私は聖女であって、エスパーではないんですけど。初対面なのにあなたの考えていることなんてわかるわけないでしょう。してほしいことがあるなら、せめて口に出して言え。
「わからないなら、まず考えるべきだろう。思考力というものがないのか、お前の頭は何のためにあるんだ?」
「わかってほしいのであれば、まず話すべきではないでしょうか。ブレードル様のお口は何のためにあるのでしょうか」
私があくまで表面上は笑顔を崩さずにいると、ブレードルはだんだんイライラしてきたようで、タンタンと足を踏み鳴らす。
「俺は勇者だぞ。お前は聖女なのだから、『勇者様の仲間にしてください』と頭を下げて頼むべきだろう!」
「……………………」
何言ってんだ、こいつ???
意味がわからない。別に文化の違いとかじゃないよね? 他のユーガルディアの人達は普通だったし、こいつがおかしいんだよね? いや本当に何言ってんだ???
「あの。おっしゃっていることが、わからないのですが」
「まったく、これだから無知な異世界人は。いいか、勇者とは魔竜を倒す正義であり、聖女であるなら、勇者に付き従うものなんだ。お前に、『勇者の仲間』という最高の栄誉を与えてやろうと言っている。こういうときは、頭を下げて『不束者ですが、よろしくお願いいたします』と言うものだぞ」
この男、あの前王女の親戚とかかな? いくら勇者だからって驕りすぎだろう。しかも、まだ何も成し遂げていない「肩書だけ勇者」なのに。
「ブレードル様。私があなたに従うことを当然であるように言われても困ります。私には私の意思があるのですから。どんな身分の御方であろうと、無条件に従う理由などありません」
「ユーガルディアの平和のために、力を貸せないというのか? 自分さえよければいい、他の人々のことなど知ったことじゃないということか? なんて自分本位なんだ」
勇者は眉間に皺を寄せた。いや、その表情したいのはこっちなんですけどね。
腹立たしい男だ。だけど、こんな奴につられて、感情的になってはいけない。相手は貴族達が揃っているこの場で、私に恥をかかせたいだけかもしれないし。……だから私は一歩も引くことなく、あえてにっこりと笑った。
「ブレードル様。あなたはフェンゼルで魔獣が人々を襲い、呪いで苦しんでいても、何も手を貸してくださらなかったのでしょう?」
「俺はユーガルディアの勇者だぞ? フェンゼルのことを解決するのは、俺の役目じゃない」
「そうですか」
私はやはり、笑顔は崩さない。笑顔だからこそ、少しも隙を見せず、相手を圧倒するように――きっぱりと言ってやった。
「フェンゼルのことを助けなかったのであれば、ユーガルディアのことで私の力を借りようとしないでください。人を助けない人間は、人から助けてもらうこともできませんから。ブレードル様はどうぞ、これからも異世界人の愚かな聖女なんかに頼らず、ご自分でユーガルディアを守っていてくださいませ」
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今日から、二日に一話くらいのペースで更新してゆく予定です。
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