35・これにて大団円となります
それからのフェンゼルは――平和になった。ただし、やることは山積みだ。
何せ新生フェンゼルとして、従来の体制を変えていくこととなり、今まで放置されていた問題も片っ端から片付けないといけない。これまで前王に代わって仕事をしていた(押し付けられていた)臣下や、前王に仕えていても悪事を働いていない者、情状酌量の余地がある者には、引き続き仕事を与えることになった。同時に、悪事を働いていた者にはきっちり罰を与えることになった。
新たな王となるリースゼルグは、毎日仕事に追われている。
「リースゼルグ、大丈夫?」
「えっ、何がでしょうか?」
心配して声をかけてみたら、激務のはずなのに、何故か顔がキラッキラしてる。
「いえ、王として忙しいだろうし、大丈夫なのかなと思ったんですが……」
「そんな! 人々のために力を尽くせるんですよ! こんなに嬉しいことはありません! ああ、アレもやりたいしコレもやりたいし、どんどん国を良くしていけるんだ! 幸せだなあ、ふふふ……!」
わあ、めちゃくちゃ楽しそう。この人、本当に王に向いてるな。
激務なのは心配だけど、私が聖女として疲労を取り除いているから、まあ、倒れる心配はないだろう。
私は王ではないけれど、日本の現代知識を持つ者として、リースゼルグにいろいろ案を出している。
今まで呪いのため働くことが難しかった、職を求めていた人達には、まずは文字の読み書きと算術などを教えたうえで、現代日本での便利な道具についての知識を与え、掃除機や洗濯機など電化製品っぽい魔道具を製作してもらい、他国に輸出することで経済を回す。電力は魔力によって代用。浄化されたノアウィールの森からは豊富に魔石が採れるため、魔石が枯渇する心配もない。
あと、平民の人達もお風呂に入れるようになったらいいなと思うので、魔石でお湯を沸かす簡単なお風呂も開発予定だ。衛生環境を整えれば病なども流行しづらくなるし、今後石鹸やシャンプーなどももっと流通させていきたい。
それから、学校や病院の数を今より増やす。教育や医療の充実は大事だ。医療に関しては、聖女の私がいればなんでも治癒できるとはいえ、私だって休日はたくさんあった方が嬉しいし、私一人だけに頼るようなやり方は良くない。私に何かあったとき、全てが崩れてしまうことになるのだから。
それから農業の発展と、税率の見直しと……いやもう本当に、やることは無限にある。
(でも……どんどん国が良くなっていくっていうのは、なんだか嬉しいわね)
この国はこれから、もっともっと豊かになってゆくんだ――
◇ ◇ ◇
「ふう」
私は今、聖女として王宮に住んでいる。
今日も、今後のフェンゼルについてリースゼルグと話し合いをし、心地いい疲労感を覚えたところで、自分の部屋に戻ってきた。
「お疲れでしょう、ミア様。お茶をお淹れします」
「ありがとう、ヴォルドレッド。でもあなたは執事じゃないし、そんなことしなくていいのよ?」
「私がしたいのです。ミア様のお世話は、誰にも譲りません」
「そ、そう」
なんだかくすぐったいけど、本人がやりたいのなら、好きにさせる。
ヴォルドレッドが淹れてくれた、温かくて美味しいお茶を飲みながら、ふと笑みが零れた。
「最近忙しいけど……充実していて、楽しいわ」
「それは何よりです。民も、ミア様のおかげで生活が桁違いに改善されたと、皆感謝しております」
「ふふ。あなた最初は、私のいいところは自分だけが知っていればいいとか、閉じ込めておきたいなんて言っていたくせに」
「もちろん今でもそう思っておりますよ?」
にっこり。お、おう。本当に本気で言ってるな、この男。
「……ですが、ミア様が幸せそうなのが一番です。私は、『自分のやりたいことをやる』あなたに、惹かれたのですから」
「ヴォルドレッド……」
名前を呼んで、ふと、気付く。
「そういえば、少し前から思っていたんだけど」
「なんでしょう?」
「あなたって、本当の名前があるんでしょう? そっちの名前で呼んだ方がいい?」
以前彼の話を聞いたところによると、彼はルベルシアにいた頃は、別の名前だったらしい。そっちが本当の彼の名、ということだろう。
だけどヴォルドレッドは、少しだけ何か考えるようにした後、じっと私を見つめて――
「……いえ。ミア様と出会った私は、ヴォルドレッドですから」
その言葉には、いろいろな想いが込められているみたいだった。
(……皮肉なことだけど、王がヴォルドレッドをフェンゼルに連れてこなければ、きっと私達は、出会うことはなかった)
今の彼は、元の名で、元の国で、元の暮らしを取り戻すことができる。
だけど彼はそれを全て捨て、私の傍にいると――
過去のあらゆる呪縛から解き放たれ、自由になって、自分の意思で。彼は、私の騎士ヴォルドレッドであることを、選んでくれたのだ。
胸の奥が熱くなり、目を細める。
「……そう。じゃあ、これからもよろしくね。ヴォルドレッド」
「――はい、ミア様」
彼はまた、まっすぐに私を見つめてくれる。
……不思議なものだと思う。広場での投票の際に、フェンゼル側の布を紫にしたように。この国を表す色は、紫だ。けれど、彼の瞳の色も、紫なのだ。同じ色なのに、彼の瞳は、とても綺麗だと思える。
この世界は当初、私に優しくなく、性根の腐った人間ばかりだった。
そんな世界でも、彼といるうちに、悪いものばかりではない気がしてきた。
同じ色でも、物によって見え方が変わるように。
同じ世界でも、大切な人がいることで、こんなにも違う。
そんなことを考えていると……ヴォルドレッドが、私の前に跪く。
「……ミア様。あなたにとって、自分と無関係なこの世界に来ることになったのは、本来は不本意なことだったのでしょうが」
彼の瞳が、私を映している。紫水晶のような美しい瞳の中に、私がいる。
「……それでも。私と出会ってくださって……ありがとうございます」
私は――
人から舐められるのも、軽んじられるのも、腹が立つ。
だけど、優しい言葉をかけてもらうと、無性に泣きそうになる。
自分に、優しくしてもらえるような価値があるのか、わからなくて。
だって私は、元の世界では、親からも恋人からも、愛されなかったから。
「ミア様」
泣きそうになっている私の前で、彼は微笑む。
甘く柔らかな笑みで、ただ私だけを見つめて――
「愛しています」
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!
これにて第一部完結ですので、よろしければブクマや★★★★★をいただけますと、めちゃくちゃ嬉しいです! 既にくださった方は本当に本当にありがとうございます!
少し間が空いてしまいますが、第二部も構想中です! 第二部でもスカッと楽しんでいただけるよう、バリバリ執筆していきます!
また、こちらの作品は書籍化も決定しています。皆様のおかげです!!
詳細をご報告できる時期になりましたら、いろいろ情報公開していきますので、今後ともよろしくお願いいたしますー!





