32・立ち向かう理由があります
私は、王女を操り人形にしている。
従属の呪いは、呪いの紋様が身体に浮かぶものの、それは腹の部分だ。普通に服を着ていれば、外見ではわからない。王は聖女ではないから、呪いをかけることはできても、見破ることはできないのだ。
そして、王女が従属の呪いで手中にある以上、伝令魔石で王の行動を逐一報告させれば、全て筒抜けだ。しかも、王はまだ少しも気付いていないが、王子さえこちらの味方なのである。もはや国王のことなど、玩具のようなものだ。
王女に私のことを悪く言わせ、わざと、王の怒りが私に向かうように仕向けた。そして、王女と王子からの連絡によって、ベリルラッドへの襲撃が事前にわかった。
だから、結界で守った。結界を透明化していたので、王達には、なぜか魔法がふっと消えたようにしか見えなかっただろう。王はノアウィールの森が浄化されたことすら知らないので、王女の口で「瘴気のせい」なんて言わせても、気付かない。昼間ならあまりの様子の違いで気付いたかもしれないが、夜なので、森の変化がわからないのだ。
「くっ、魔法が通じないなら、剣で斬り刻んでやれ! 騎士ども、行くのだ!」
王が命令し、騎士団が村に突撃してくるけれど――
「だ、誰もいません!」
私は、村人達全員に、直前で王都に転移するよう言っていたのだ。
ヴォルドレッドには、万が一のために、王都で皆を守るように言ってある。
彼は私の傍にいたがったけれど、「これはあなたにしかできないことだから」と言って、なんとか納得してもらった。
今、この地にいるのは王の軍勢と、私のみ。
「探せ、探すのだぁ! 草の根を分けてでも、私の敵どもを捕まえて殺せ!」
王はそう命じるが――騎士や魔術師達が、次々とその場に倒れる。
「な、なんだ!? 何が起きている!?」
「これも瘴気の影響ですわ! 私とお父様は高貴な血を引いているから大丈夫ですけど、雑魚騎士どもは瘴気に耐えられなかったんですわ!」
「チッ、軟弱な奴らめ!」
瘴気の影響のはずがない。ノアウィールの森はもう浄化されているのだから。今のは私が、騎士達に呪いを移して気絶させたのだが――
さあ、舞台は整った。
木陰に結界を張って身を潜めていた私は、国王の前に姿を現す。
「なんだ。国王っていうからどんな特別な人間かと思いきや、案外平凡なのね」
「……!?」
王は突然現れた私に一瞬驚いていたが、すぐに「ふん」と鼻で笑った。
「貴様が偽聖女か。ずいぶん貧相な娘だな」
「こっちの台詞よ。あなたの言動聞いてると、心が貧しいってことが伝わってくるわ。どれだけ衣服や装飾品にお金をかけていても、精神が貧乏くさい。本当に王族? ただの成金じゃなくて? ああ、こんな言い方は成金の人に失礼ね」
「なんだと……!? 貴様、誰に向かって口をきいている!」
「国を放り出してずっと遊び歩いてた、無責任クソ野郎でしょ。しかも、自国の民を自分の我儘で焼き払おうなんて最低ね、馬鹿すぎて呆れるわ」
「貴様……!」
「何よ、私に何かするつもり? 騎士も魔術師も、瘴気のせいで倒れちゃったじゃない。あなたなんかに何ができるの?」
そうやって、存分に挑発してやると。
王は――私を、殴った。
事前に能力向上で自分の防御力を上げていたこともあり、私は、歯を食いしばって耐える。すると王は調子に乗って、サンドバッグでも殴るかのように、何度も私に暴力をふるった。
「ふん、貴様を痛めつけてやることなど、私一人で充分だ! はは、所詮、貴様は女! 抵抗などできまい!」
「本当に屑ね。これで一国の王だなんて笑わせるわ。王である前に人として有り得ない。自分で自分を恥ずかしいと思わないの?」
「黙れ! この世界の人間でもないくせに! 貴様が私に口出しできることなど何もないわ!」
「そうね、私はこの世界の人間じゃない。はっきり言って、本当はこの国のことも、どうでもいいんだけど」
「ふざけたことを! なら何故、異世界人の小娘の分際で、この私に歯向かう!?」
……何故、なんて。そんなの――
「あなたが、私の騎士を苦しめてきたからよ」