31・国王は聖女の掌で踊らされます
今回はフェンゼル国王側から見た話です。
そして、当のフェンゼル国王はといえば――他国である、ヨルムゴートという国にいた。
そもそもフェンゼル国王と王妃は、「フェンゼルの魔獣被害について、他国に救助を求めるため」という名目で自国を離れていたわけだが――
そんなもの、建前にすぎない。国王と王妃は、自国のことをほったらかしにして、仕事は全部臣下に押し付け、自分達は他国で遊び歩いていたのだ。
(自国で王の仕事をするより、平和な他国で遊んでいた方がよほど楽しいからな)
民のために働くなど、やる気が出ない。難しいことなど全て忘れ去って、ただただ遊び惚けていたい。だけど、民から重税は搾り取るし、民が少しでも自分に意見しようものなら不敬だとして処罰する。それが、フェンゼルの国王である。
このヨルムゴートにおいても、フェンゼル国王はヨルムゴート国王に頼んで高級宿を貸し切り、朝から晩までカジノや酒場、高級娼館などで楽しんでいた。
フェンゼルは大陸全体で見れば弱小国だし、たいした権威もないのだが。仮にも他国の王を無下にもできず、ヨルムゴート王は彼を迷惑に思いながらも、自由にさせることにしていた。それをいいことに、フェンゼル国王は本当に好き勝手していた。
「そこの娘、いい身体をしているな。この私が遊んでやろう、ありがたく思うがいい」
「お、お許しを……!」
現在フェンゼル国王は、ただ夜道を歩いていただけの、何の罪もない一般平民の娘を、無理矢理自分の滞在している宿に連れ込もうとしている最中である。娼婦との遊びにも飽きてきてたまには平民を相手にしようと思ったのだが、当然ながら少女は抵抗する。
「歯向かうのか? 私はフェンゼルの国王だぞ! 私の厚意を拒絶するというのであれば命はないと思え!」
「そ、そんな……」
国王はその身分がゆえに、「護身用」ということで、ヨルムゴート国内でも帯剣を許されている。しかしその剣は、身を守るためなどではなく、もっぱら人を脅すために使用していた。
国王の暴虐ぶりに、さすがに護衛騎士達も口を挟んだのだが――
「へ、陛下。さすがに他国の人間を殺しては、国際問題になります」
「はい。そろそろ、フェンゼルにお戻りになった方が……」
「ふん、私に意見するなど生意気な! 他国の人間が駄目だと言うのであれば、代わりにお前達がストレス発散の道具になれ!」
王は躊躇なく、進言した騎士達に剣を振り下ろす。
「ひ……ぎゃあああああああああああ!」
「ははは、愉快な悲鳴だな! もっと鳴いてみるか!?」
「も、申し訳ございません! 陛下、どうかお許しを……!」
騎士達は自国の家族を人質にとられており、どんなに理不尽でも、反撃することなどできない。そのため怪我を負った騎士達が地に頭をつけて詫びると、王は剣を鞘におさめる。
「ふん。わかればいいのだ」
騎士を痛めつけたことで、多少は気が晴れたようだ。ヨルムゴートで連日豪遊三昧だったこともあり、今の王は機嫌がいい。機嫌が悪いときであれば、もっと酷いことをしていた。
「まあいい。お前達の言うことを聞くわけではないが、そろそろ国に戻るとするか。いいかげんヨルムゴートの高級料理も食べつくして、自国の味が恋しくなってきたところだったからな」
フェンゼルの救助を求めに自国を離れたはずなのに、結局何一つ問題を解決せず、解決しようともせず。国王と王妃は、転移魔法によってフェンゼルに戻ることにした。
そうして、王と王妃が帰還すると――
「な……これはどういうことだ!?」
転移魔法陣がある魔法施設を出て、久々に王都でも見て回るか、と思っていたら。王都の中央街から、明らかに人が減っていたのだ。料理店も酒場も休業中の札がかかっており、市場すらガラガラだ。
この世界には電話代わりに伝令魔石があるが、使用できる距離には限界があり、あまり離れた場所とは連絡ができない。王都とベリルラッドほどの距離で限界だ。また、そもそも王は、他国で遊んでいる最中に、自国の仕事の話をされることを好かない。そのため自国との連絡なんて断っており――王と王妃は、ミアが召喚されてからのフェンゼルのことを、本当に一切知らなかったのだ。
わけがわからないまま、王と王妃は王宮に戻った。
「ああ、やっと帰ってきてくださったんですのね、お父様! 大変なんですの!」
「一体何があったというのだ、イジャリーン!」
「これも生意気な偽聖女のせいですわ!」
「偽聖女?」
「とんでもない悪逆非道な偽聖女が召喚されたんですの! この国を乗っ取ろうとしているんですのよ! 最悪の反逆者ですわ!」
「何ぃ!?」
王女はとにかくひたすらミアのことを悪く言い、他の騎士達もそれに賛同する。
「偽聖女とやらめ……! 私がいない間に、私の国で好き勝手するなど……生かしておけんな。どこにいるんだ」
「ベリルラッドですわ」
「追放者どもの村か! ふん、あいつらはもともと気に入らなかったのだ」
王がベリルラッドに追放した者は大勢いるが、真っ先に思い浮かぶのは、元公爵であるリースゼルグだ。
(あいつは、本当に生意気だった。私はこの国の王。この国について好きなようにできる権利があるというのに。たかが公爵の分際で、私のやることに口出しをしてきて……。『こうすればもっと国はよくなります』など、今の私では駄目と言っているも同然。王であるこの私を馬鹿にしたのだ。わざわざぶ厚い資料まで作ってそんな嫌がらせをするなど、大変な不敬だ!)
当時のことを思い出すと、王の中に憤怒が込み上げてくる。
(あいつの口車に乗せられて、爵位剥奪と鞭打ち、追放ですませてやったが。ああ、今思い出しても、生意気すぎて腹が立つ。やはり殺しておくべきだった)
「お父様! 私達を裏切った追放者どもなんて、偽聖女と共に、全員まとめて殺してくださいませ!」
「ああ。もちろん、そのつもりだ。しかし一人一人殺していくのは、時間がかかって面倒だな」
すると王は、名案を思いついたというように口角を上げる。
「そうだ! ノアウィールの森は瘴気の発生源だし、ベリルラッドの村人達ごと、まとめて魔法で焼き払ってしまえばいい!」
魔法攻撃によって瘴気が消滅することはない。国王もそんなことはわかっており、これは自分の攻撃を正当化するための詭弁でしかない。彼の中では、「私は国のためにやった、ベリルラッドの村人達は、その犠牲になってしまっただけだ」というシナリオなのだ。
「なんていい案ですの、さすがはお父様ですわ! さっそく実行を急ぎましょう!」
もはや、国王を止められる者は誰もおらず――
◇ ◇ ◇
数日もしないうちに、王の軍勢はベリルラッドを攻めることになった。
ベリルラッドの魔法陣を使えば、すぐにバレてしまって奇襲にならない。そのため、わざわざ別の地の転移魔法陣を経由して、村の傍までやってきたのだ。
奇襲に最適な夜闇の中。ベリルラッドが、王国魔術師達の炎魔法の射程範囲に入ると――王が魔術師達に命じ、村に向かって炎の矢を放たせる。
「ははは! これで偽聖女も、生意気な追放者どもも、全員消し炭だ!」
王は、勝利を確信して笑った。しかし……
「な……!?」
魔術師達が放った魔法の炎は、全て、空中でふっと消えてしまった。
「馬鹿な! 何が起きたというのだ!」
「きっと、瘴気の影響ですわ! でもお父様、こんなことで挫けてはいけません! 必ずあの偽聖女を仕留めてくださいませ!」
「ふん、当然だ」
王はまだ、自分がベリルラッドを焼き払ってやると確信したまま、笑っていたが。
王達の、ここまでの行動は――
全て、ミアの掌の上だった。