30・王女には駒になっていただきます
●王女side
王宮にて――
「ちょっと、騎士ども! お兄様はどこですの? この前、真の聖女の力で治癒してやった貴族から、感謝の証として宝石を献上させたんですの! お兄様に自慢してやりますわ! きっと悔しがりますわよ!」
以前は兄である王子を慕っていた王女だが、彼がミアを「悪い女ではない」と言い出して以降、すっかり兄を毛嫌いするようになっていた。所詮王女にとっては、兄のことも、自分にとってのアクセサリーのようなものでしかなかったのだ。
「その……お気付きでなかったようですが、王子殿下でしたら、少し前から、王宮にはいらっしゃいません」
「は?」
「真の聖女はミアの方だから、困窮している民達を彼女のもとへ連れて行く、と……」
それを聞いたアリサも、王女も、ピシッと固まった。
だってそれは自分自身が、そして自分の召喚した聖女が、「偽物」だと思われているということである。二人にとっては我慢ならないことで――すぐに激昂した。
「なんなんですの、それぇぇぇぇぇぇぇ!! あの女、絶対許しません、処刑ですわ!」
「ええ、王女様! とっととお姉ちゃんを処刑しちゃいましょうよ! 処刑! 処刑!」
王女とアリサを中心に、処刑コールが巻き起こっていたところで――
その場にいた、王女以外の人間が、一瞬にして倒れた。
「――は」
王女は、ぽかんと口を開けた。何が起きたのかわからなかったのだ。
倒れた騎士達やアリサの身体は、傷だらけになっている。
呆然としている彼女の前に、現れたのは――
「ひさしぶりね、王女様。処刑したいと思っていた人間に追いつめられて、どんなご気分かしら」
●ミアside
私はベリルラッド村からまた、今度は単身で王都へ転移してきて、王宮の中で、王女と向き合う。
追放された私が本来王宮に入れるはずがない。だけど、聖女の力を使えば簡単なことだ。
私は広域治癒ができるように、広域攻撃もできる。
だから門番や騎士達に、一瞬で、死なない程度の、けれど気絶させるほどの怪我や呪いを与えて。それを後で治癒すれば、自由自在に「気を失わせる」ことができる。
「な……偽聖女、なんで、あなたが……」
「ねえ、王女様。私は追放されるときから、やろうと思えば、こうできたのよ。今まであなたを、『見逃してあげていた』だけ。……だって私はもともとこの世界の人間ではないし、この世界のことなんてどうだっていい。だから、過度に口出しもすべきではないかと思っていた。自分さえ自由に生きていけるなら、どうだってよかったし」
護衛騎士達もアリサも倒れていて、王女を守ってくれる人間は誰もいない。王女は屈辱そうに唇を噛みしめながらも、私に怯え、冷や汗を流していた。
「でもね、事情が変わったの。――私はフェンゼル国王を、王座から引きずり下ろしたい。あなたには、そのための駒になってもらう」
「な……!? 何、愚かなこと言ってますの! お父様は誇り高きフェンゼルの国王! あなたみたいな偽聖女に、そんなことできるわけありませんわ! 大体そんなこと、王女であるこの私が許しません! あなたなんか、今すぐ処刑――」
「黙りなさい」
「――!?」
王女は途端に静かになる。喋れなくなったのだ。私が「黙りなさい」と命令したから。
「ふふ。従属の呪いって、本当に強力よね」
フェンゼル国王のみが使える禁忌の技、従属の呪い。
それは「フェンゼルの王である」と闇の精霊に認められた者が、十年に一度だけ使える術。かなり使用が制限される術だが――逆に言えば、十年に一度であれば使えるのだ。
つまりヴォルドレッド以外にも、フェンゼル国王によって、従属の呪いの被害にあった人はいたのである。
私はこれまで人を治癒しまくってきた甲斐があり、召喚された当初よりかなりレベルが上がっている。おかげで、できることも更に増えてきた。そのため聖女の力で、この国で「従属の呪いにかかっている人」の気配を探索して……特定まではできなくとも、大体の目星はつけられた。だからヴォルドレッドに頼んで、その人を探し出し、連れてきてもらったのだ。
そうして、その人から従属の呪いを回収すれば――呪いはまた、私が自由に使える、ということ。聖女である私の前には、「十年に一度」という制限も意味をなさない。
「従属の呪い……これは、フェンゼル王族の罪よ。あなただって、ヴォルドレッドを死に追い込むような命令をしてきたんだからね」
従属の呪いをかけられるのはフェンゼルの王だけ。解呪できるのは、王族だけだ。つまり、従属の呪いが放置されているということは、王族が呪われた民を救わなかった、ということ。
「――! ――!!」
「ああ、失礼。もう喋っていいわよ」
「偽聖女、あなた……! 最低ですわ! この私の自由を奪い、意に反することをさせる気!?」
「自由を奪い、意に反することをさせる。それはあなた達が今まで、ヴォルドレッドにしてきたことでしょう?」
今更王女が私に何を言ったところで、彼女は既に私の意のままだ。解呪ができるワンドレアも、もう彼女の味方にはなってくれない。
「さあ、王女様。他に言っておきたいことはあるかしら? 今なら、遺言代わりに聞いてあげるけれど」
「誇り高きフェンゼル王族である私に、こんな暴虐的な真似……っ! こんなの、民達だって許しませんわ! こんな行為を知ったら、皆、あなたを残虐女だと思いますわよ!」
「『暴虐的な真似』なんて、今までの自分の行いを棚に上げてよく言えるわね。というか、『皆が許さない』『皆がそう思ってる』じゃなくて、あなたが私を嫌いなだけでしょう。普段は民のことなんて気にもしていないくせに、こんなときだけ盾に使おうなんて本当に最悪だこと」
「私は王女なのよ! 私がこの国で一番高貴なの! 下々の者なんて、私の好きに使い捨てて当然でしょう! 異世界人のあなたなんかに指図される筋合いはありませんわ!」
「なら私だって、私からしたら異世界人であるあなたに、どうこう言われる筋合いはないわね。……あなたがゴミのように見下している『下々の者』だって、同じ人間なのよ。あなたは、王族であるというだけで、民が自分に味方してくれるなんて思っているみたいだけど。あなたが不機嫌を撒き散らすから、皆仕方なく従っているだけで、誰もあなたのことなんて慕っていないわよ」
「あーら偽聖女、あなたも私と同じことをしているじゃない! あなただって、自分の意見のために民を使っていますわ! 『皆』じゃなくて、あなたが私を嫌いなだけでしょう!」
「ええ、私、あなたのこと大嫌い。あなたを駒として使って、あなたの言う『誇り高きフェンゼル』を崩してやれるなんて最高だわ」
「な……っ」
「でも、そうね。フェンゼル国民の総意がどうなのかということは、後々きっちり白黒つけましょうか。ま、私の予想では、誰もあなたを救おうだなんて考えないと思うけど。……さて、言いたいことはそのくらいかしら? それじゃ……今度は、雑巾がけなんて可愛らしいものじゃない命令をさせてもらうから、覚悟しなさい」
「そ、そんな……。ま、待ちなさい、私は……っ」
「王女。あなたが私に呪われるのは、あなたの選択の結果よ。あなたが最初から、私を一人の人間として扱っていたら。私に命令するため、ヴォルドレッドを利用したりしなければ。私達を追放したりせず素直に謝っていれば。ワンドレアのように心を入れ替えようとしていれば。もしかしたら、違う結果もあったかもしれないのにね。――でも、もう何もかも遅いわ。自分の選択を後悔なさい」
いくら愚かな王女でも、悟ったようだ。もはや絶対に逃れられず、憎き私の駒になるしかないということを。
王女は屈辱に震え、目を剥いて――絶望の叫びを上げた。
「こ……こんなの、こんなの嫌ああああああああああああああああっ!」





