29・傷ついた人達に、真の癒しを与えます
●王子side
一方、混乱を極めている王都にて――
「アリサ様に毎日力を使ってもらっても、呪いが治らない……」
「我々はもう終わりだ……!」
民達は嘆き、自分達は助からないと思っていた。
そんな中に、一人の人間が姿を現して――
「終わりではない」
「――王子殿下!?」
人々の前に姿を見せたのは、ワンドレアだ。
「呪いや病に苦しんでいる者達よ、まだ救いはある。真の聖女は、もう一人の……ミアの方だ。彼女のもとへ行くんだ」
「しかし、ミア様はノアウィールの森に追放されてしまったのでしょう」
「もう、生きておられないのでは……」
「いいや。ベリルラッド村からの報告によると、彼女は生きているそうだ」
「なんと! ああ、ミア様がご無事でよかった……!」
「しかし王子殿下、怪我や呪いを抱えた者は、非常に大勢います。全員転移するのに、何日かかるか……」
「問題ない。調べたところ、あの聖女が転移する際、魔法陣を大幅に強化したようだ。ここにいる全員、すぐ転移できる」
「なんと!」
ようやく与えられた一筋の光に、民達は歓声を上げる。
そんな彼らに……王子は、続けて告げた。
「俺もお前らと一緒に、ベリルラッドに行く。……あの聖女に、話したいことがあるからな」
◇ ◇ ◇
●ミアside
「聖女様! よろしいですか」
ある日私のもとへ、ベリルラッド村の魔法官さんが呼びに来た。
「何かあったんですか?」
「それが……王都から、聖女様の救いを求めて、大勢の者達が転移してきたのです。いつもの比ではない、本当に多くの者が……」
これまでも何人かの人が、呪いを解いてもらうため私のもとにやってくることはあった。王都の、私を転移させた魔法官さんが送ってくれたのだ。とはいえ、追放された私の治癒を受けたことが王女にバレるとまずいからだろう、今までは本当に少人数ずつだったのだけど――
(そんなに大勢で来るなんて、何かあったのかしら)
「わかりました、すぐ行きます」
無償労働は反対な私だけど、人々の治癒をすることは「自分の攻撃力が上がる」ため、受け入れることにしていた。人々は治癒してもらう、私は強くなる。ウィンウィンな関係だ。
さて。私はてっきり、大勢の人達を転移させたのは、あのときの魔法官さんだと思っていたのだけど。魔法施設の前まで見に行ってみると、そこにいたのは――
「え? なんで、あなたが」
大勢の人々を率いて来ていたのは、王子ワンドレアだ。
「魔法官が勝手な行動をとって大勢の民を転移させれば、父上が帰ってきたとき処刑される可能性がある。だが、俺なら多分大丈夫だからな」
王子の話によると、あの魔法官さんはやはり王女に怪しまれないよう、今までは、本当に症状が酷い人を優先的に、少しずつ送ってくれていたらしい。
「多分大丈夫、って……国王は、あなたに対しても冷酷なの?」
「父上は、俺よりイジャリーンの方が好きだからな」
「え、そうなの?」
「俺もイジャリーンも美しいが、少し顔の系統が違うだろう? 俺は母上似で、イジャリーンは父上似だ。父上は、自分に似たイジャリーンの方をよく可愛がっていた」
(へえ……王子の方が王女より少しマシなのは、その経験の差のせいかしら?)
「まあ父上が俺を可愛がらなくとも、周りの女達が昔から俺をちやほやしてくれたがな」
「王女よりはマシだけど、やっぱりあなたもクソ野郎よね」
「うるさい! ともかく、今は民達のことだ」
王子の後ろで、大勢の……数百人はいるであろう人達が、私に救いを求める。
「聖女様! お願いいたします、私達をお救いくださいませ……!」
「ミア様……! どうか、子どもを助けてやってください……!」
王子は私を見つめ、少し気まずそうに言う。
「結局君の力を頼ることになって、その……情けないとは思うが」
そうして――彼は私に、頭を下げる。
「……君を召喚したときの無礼については、悪かった。許してくれとは言わん。だが、彼らは俺達王家に振り回された、罪のない民だ。助けてやってくれないだろうか」
その声から、私を陥れようとか、罠にはめようという悪意は感じなくて――
「わかりました」
「え! 自分で頼んでおいてなんだが……本当に、いいのか? 君は、聖女の力を使うのを嫌がっていたんじゃ……」
「それは、無理矢理命令された場合のことです。命令ではなくお願いされるのなら、別に無下にはしませんよ。……というか、召喚されたときからずっと、そう言っていたはずなんですけどね?」
「うぐ……っ。す、すまない」
「ま、あなたが言うように、この人達に罪はありません。今、力を使います」
これだけの人数を治癒するとなると、結構な魔力が必要となる。私は聖女の力を解放した。
広域治癒だ。大勢の人々から、一瞬にして全ての傷・呪い・病・毒が除去された。
「す、すごい……! 身体が、楽になった……!」
「アリサ様の治癒と全然違う……完全に呪いが消えたのだとわかる!」
「ああ、これで、この子は死なずにすむのね! ミア様、本当にありがとうございます……!」
今まで苦しみに耐え抜いてきたのだろう。喜びで涙を流す人も大勢いた。
(にしても、治癒した後の人々をどうするか、だけど……)
ノアウィールの森が浄化された今、広大な森からは、豊富に果実や茸が採れる。食料に困ることはないだろうし、ベリルラッドには、建築のスキルを始め、役立つスキルを持った人々がたくさんいる。
皆さんがしばらくここに滞在していても問題ないし、怪我や呪いが消えたのなら戻ってもらっても構わない。うん、大丈夫だろう。
その後――王子が私に話したいことがあるというので、大勢の人々のことは一旦リースゼルグに任せ、私は王子と自分の家に戻ることにした。
ヴォルドレッドもついてきて、部屋に、私・ヴォルドレッド・王子の三人だけになる。
椅子に腰かけた王子は、真面目な顔で語り出した。
「君がいなくなってから、王都は滅茶苦茶だった」
「ええ、そうでしょうね」
(あのアリサと王女が、ちゃんと人々を尊重するなんて思えなかったし。実際、さっきの皆さん、すごく困ってたみたいだったしな……)
「死の危険を抱えて聖女の力を求める民が、各地から押し寄せて……。君の妹が力を使っていたが、日に日に人々は弱っていって……。俺はずっと王宮にいたから知らなかったが、街に出てみたら、民はこれほど追いつめられていたのだと、実感したんだ。今まで俺達王族は、民を、税を納める道具としか思っていなかった。だから救済の制度なんて整っていないし……。それで、その……」
王子は、真剣な目で私を見つめ――
「……どうしたらいいと思う?」
思わずズッコケそうになってしまった。
「いや、それを考えるのが、本来王子であるあなたの仕事でしょう!?」
「そ、その通りだ。だが、その……。結局、俺は愚かなんだ。今まで、民のことなんて何も考えてこなかった……それを思い知った。異世界人である君に、この国のことで協力を求めるのは、虫がいいとわかっている。だが、俺にできることなら何でもする。頼む、知恵を貸してもらえないだろうか?」
いろいろ思うところはあるが、まあ、「俺にできることなら何でもする」と言うのだから、無償労働を強要する気はなくなったのだろう。それに、この国のことは私もなんとかしたいと思っていたので、話を進める。
「ねえ。あなた、王になりたいの?」
「いや。俺が王になるのは……違うと思う。俺もイジャリーンのように、今まで自分の我儘で民を振り回していた。今更、王として慕われようだなんて、それこそ虫がいい」
私もそう思う。いくら王家の血を引いていて、今は心を入れ替えている最中だとはいえ、彼が過去に行った罪は消えない。罪があるからこそ民のために尽くすべきだとは思うが、それでも「王になる」のは違う。
「ちなみに、あなたと王女の他に、王の子どもっているの? 王族なら、もっと子どもがいてもおかしくなさそうなものだけど……」
「父上の子は、俺とイジャリーンの二人だけだ。父上は、子どもが大嫌いだからな。俺が幼い頃も『子どもは泣き声がうるさくて好かん! 世話は全部乳母が行い、私には一切近付けるな!』と言っていた。まあその乳母は若くて美人で俺をおおいに甘やかしてくれたから、それはそれでラッキーだったが」
「最後の一言がなければ同情できたのに」
「イジャリーンは父上似の女の子だったから、俺よりは対応がマシだったがな。それでも、父上は子ども嫌いで、最低限しか子を成さなかったんだ。子を成す行為自体は大好きなんだが、魔法でできないようにしていた。母上相手にも、大勢の愛妾達にも」
「屑の色欲王ね」
責任もとらないくせに子を成すよりはマシかもしれないが、そもそも国の仕事もろくにしないのに女遊びするな、と言ってやりたい。
ともかく、王の子は二人だけらしい。なら、王女さえなんとかすれば、王座を空けられるだろう。
「――ねえ、王子。この国を根本的に変えたいなら、今の王には、退いてもらう必要があるわ」
私にとっては最悪の敵でも、彼にとっては実の父だ。父を王座から退ける覚悟があるのか、という問いだったのだけど――
「……仕方のないことだ。俺達王族は今まで、多くの人間を処刑してきた。俺自身も、たとえ処刑されても文句は言えないのだろう」
彼は、神妙な顔でそう言った。
「どうしちゃったのよ。初対面ではあんな屑だったのに、ちょっと殊勝すぎない?」
「うるさい! 君のせいだろうが!」
「いやでも、殴られたくらいで心を入れ替えるなんておかしくない?」
「俺だって、こんな自分はおかしいと思っている! ――でも、あれからずっと君のことが頭から離れないんだ! 仕方ないだろう!?」
自棄になったようにそう言った彼は、顔が赤い。
(――え)
この王子が、こんなに変わった理由。
父親への不信感とか、本来の気質とかもあるのかもしれないけれど、まさか――
……恋の力は恐ろしい、ということだろうか。
(いやいや、そんなお花畑な。恋が人を変える、なんてそれこそ乙女ゲームかって)
私は断じて、可憐なヒロインじゃない。恋の力で人を変えるなんて全然ガラじゃないし、むずかゆい。
(ていうか、恋だのなんだの考えている場合でもないわ)
「は、話を元に戻すわ。ともかく、現国王を退けたとしても、あなたは構わないのね」
「――ああ。父上が今までやってきたことを考えれば、当然のことなのだろう」
(……王子がそう言ってくれるのは、都合がいいけれど)
私は、国王を――
殺そうと思えば、殺せる。私には、それだけの力がある。
聖女の領域には、もう信じられないほどの傷や呪いが溜まっている。それこそ、人一人葬るくらい、いとも簡単なほど。
だけど――もともと私は、普通の人間だ。日本で生き、日本の倫理観を持った、一人の人間。
人の命を奪う力があったって、それには凄まじい抵抗感がある。人を殺めるのは、人として最大の禁忌だ。いくら綺麗ごとが好きじゃない私だって、それだけは忘れたくない。
だからこそ、今まで王女に制裁を下したって、命までは奪わなかった。憎い真来のことだってそうだ。
人を殺したくはない。まして、人を殺してなお「私達を救ってくださった聖女様」だなんて崇められれば……正常でいられるわけがない。きっと心が壊れ、王や王女のように堕ちてしまう。
……だけど、あの王だけは、生かしてはおけない。
そのために、私は――
「ヴォルドレッド」
「はっ、ミア様」
傍に控えていた彼に声をかけると、彼は即座に私の前に跪く。
「あなたには、頼みたいことがあるの」
もちろん、ヴォルドレッドに王を殺させるわけでもない。彼にそんなこと、絶対させない。
だけど、現状をなんとかするため――布石を、用意するのだ。
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