28・温かい料理を食べます
「……ふう」
リースゼルグに王位についての相談した、少し後のある日。
夜、私はベリルラッド村での自分の家にて、考えごとをしていた。
ちなみに私は王女から、正式には「ノアウィールの森」に追放されたのだけど。ベリルラッド村の人々が、村で暮らしてほしいと快く迎えてくれたため、住ませてもらっている。
王都からここへ追放されていた人の中に「建築」スキルを持っている人がいたので、私と、ヴォルドレッドのための、二軒分の家を建ててもらったのだ。小さいけれど防寒性もあって、住み心地がよく気に入っている。
(この村の人達って、本当に優秀な人ばかりよね……。さすが、『あの王族達に追放された』だけのことはあるわ)
ともかく、家の中で過ごしていると。コンコン、とノックの音がして――
扉を開けると、ヴォルドレッドが立っていた。
「ヴォルドレッド、どうしたの?」
「ミア様、ずっと大変なことばかりだったので、お疲れでしょう」
確かに、強制的に召喚されてから、毎日王女にうるさく言われ、果てには追放され、やっと平穏になってきたかと思ったら今度は真来と再会してしまったり。今後のことについていろいろ考えたりもして、疲れることの連続ではあった。
「まあ、大丈夫よ。疲労なら、聖女の力でなんとかできるし」
「そういう問題ではありません」
ヴォルドレッドは、じっと私を見つめて言う。確かに私も、聖女の力で治癒できるからといって、彼が怪我をしたり病にかかったりしたら嫌だと思うし、そういうものなのかもしれない。
「本日は私が、ミア様にレシピを教えていただいた、異世界の料理を作ります。ミア様はゆっくり休んでいてください」
「え? そんな、別にいいわよ。悪いし」
「遠慮なさらないでください。私が、私の手で作ったものを、ミア様の口に入れていただき、ミア様を構成する栄養素にしたいだけです」
「別の意味で辞退したくなってきたわ」
とはいえ、ヴォルドレッドのことだから本当にやりたいだけなのだろう。なるべく、私の傍にいたいと思ってくれているのかもしれない。……そう考えたら、好きにさせることにした。料理してもらえるのはありがたいしね。
「まあ、ヴォルドレッドが作った料理というのも食べてみたいし、そう言うならお願いしようかな」
「はい。ありがたき幸せ」
ヴォルドレッドに「ミア様は休んでいてください」と言われたので、彼が料理してくれる音を聞きながら、椅子に座って待つ。
すると、なんだか心地よくて、ウトウトしてきてしまって――
◇ ◇ ◇
『ねぇ、お姉ちゃぁん……。私、体調が悪いのぉ……。だから私の代わりに、お料理もお洗濯も子ども達の世話も、ぜーんぶやってくれるわよねぇ?』
『おい美亜、アリサはこんなに具合が悪そうなんだぞ! お前がちゃんと全部やってやれよ、かわいそうだろ!』
……ああ、これは夢だ。アリサと真来の夢。
せっかく心地よく眠りについたっていうのに、夢の中はこうだなんて。
――私は今でも、眠るとたまに、こうやって悪夢を見る。
こちらの世界に来てから、もう我慢することはやめて、アリサにも真来にも、だいぶ言い返したけど。
言い返したって、傷つけられた記憶が綺麗に全部消え去ってくれるわけじゃない。
聖女の力で身体の傷を消せても、心の傷まで癒せるわけじゃない。
(……アリサは昔から、いつだって、私の欲しいものを全部奪い取っていった)
幼い頃のことが、まるで走馬灯のように、次々と蘇ってくる。
『お姉ちゃん、私、そのお人形がほしい!』
『駄目だよ、これは私が、誕生日プレゼントに買ってもらったんだから……』
『ふぇ~ん、お姉ちゃんの意地悪~!』
『美亜。アリサ、こんなに泣いてるじゃない。かわいそうだと思わないの? 譲ってあげなさい、お姉ちゃんなんだから』
私はいつも我慢を強いられ、大切なものでもアリサに譲ることになった。
外見が可愛らしいアリサは、いつも両親からも他の皆からもちやほやされて……そんなアリサが涙目で「お姉ちゃんってば意地悪なのぉ、こわ~い」と言うものだから、私は「心の狭い姉」にされていた。
昔からそんなだったから……誰かに、好かれたかった。私は別に美人じゃないし、異性に好かれたことなんてない。だから高校生になって真来から告白されたとき、嬉しかった。こんな私を好きになってくれる人なんて二度と現れないかもしれないと思ったら、料理でも掃除でも、なんでも尽くすようになってしまった。今思えば、それは私にも非はあったのだろうけど……
――嫌われるのが、怖かったんだ。いつだって黙って我慢してしまうのは、私が臆病だったから。「拒絶されたらどうしよう」「私さえ我慢していれば、丸くおさまるんだから」と思っていた。
それでも、いつも私よりアリサを優先する真来の態度に傷ついて、捨てられるくらいならいっそこちらから別れを告げようと思い、「私よりアリサのことが好きなら、別れましょう」と言ってみたこともある。
でも真来は「悪かったって! 俺はただ、大変そうなアリサと子ども達を助けたいだけなんだよ……」と泣きついてきたのだ。それを責めるのは、なんだかこっちが心が狭いみたいで、結局また私が我慢することになった。
だけど、そんなふうに黙って我慢していたら、周りはどんどん調子に乗るようになってきて、しまいには――
『俺達結婚することになったから、お前との婚約は破棄させてくれ』
『ごめんねぇ……。お姉ちゃん、そういうことなの……』
……結局私は、愛されなかった。
愛される子っていうのは、アリサみたいに、可愛くて人に甘えっぱなしな子のことなのだろうか。だったら私には無理だ。アリサみたいな、人を悪者扱いして悲劇のヒロインぶる人間には、なりたくないから。
だから、ありのままの私を好きになってくれる人なんて、いない。
そう、思っていた――
◇ ◇ ◇
「ミア様」
「――え」
目を覚ますと、ヴォルドレッドの顔が目に入った。
「失礼。うなされているようでしたので」
「あ……ごめんなさい、私、寝ちゃってたのね」
「謝らないでください。それより、大丈夫ですか」
「大丈夫よ。もし何か変な寝言とか言っちゃっていたなら、ごめんなさい」
「変な寝言なんて言っていませんので、安心してください。もっとも、ミア様の寝言なら、私にとってはどんな偉人の格言より尊いですが」
「あなたは今日も通常運転ね」
「ミア様」
彼は、真剣な瞳で私を見つめる。
「何か、してほしいことはありますか?」
――変な寝言なんて言っていない、と彼は言ってくれたけど。やっぱり私はかなり、うなされていたんだと思う。ヴォルドレッドは大きく表情が変わるタイプではないけれど、私を心配してくれているのが伝わってくる。
「別に……何もいらないわ。ただ――」
彼の服の裾を、小さく掴んだ。
多分、彼なら私を拒絶しないと……そう、思えたから。
「……少しだけ、傍にいてほしいわ」
ヴォルドレッドは、微かに驚いたように目を見開いた後、優しい笑みを浮かべてくれた。
「ミア様がそう言ってくださるなら……いえ。言われなかったとしても、いつまでも、喜んでお傍におります」
彼は本当に、ずっと傍にいてくれた。何をするわけでもないけれど、静かに私に寄り添ってくれた。――それだけで、充分だった。
しばらくして、落ち着いたら、ヴォルドレッドが作ってくれた料理を食べた。
メニューはクリームシチューだ。市販のルーがなくても、小麦粉や牛乳を使えば、この世界でも作れる。木の匙で掬って口に含むと――
「……おいしい」
温かくて、心に沁みるような、優しい味。彼が作ってくれたから、いっそうそんなふうに感じるのかもしれない。
「ありがとうございます、ミア様」
「どうしてあなたがお礼を言うのよ。作ってもらった私の台詞でしょう」
「あなたが笑ってくださると、私は嬉しくてどうしようもなくなるのです。――私にこのような幸せをくれて、ありがとうございます」
(……馬鹿。どうして、あんな夢を見た後に、そんなこと言ってくれるのよ……)
おいしいクリームシチューは、少しだけ涙の味がした。
悲しみじゃなく、やけに胸が熱い、温かい涙だけど。それでも、涙なんて見られたくなくて。
そんな私の内心を見透かしてか、ヴォルドレッドは私の涙に気付かないふりをして、シチューを食べていた――