27・王を王座から引きずり下ろすことにします
ヴォルドレッドは、私に出会うまでの過去について、全て話してくれた。
「……申し訳ありません。このような話を、ミア様に聞かせて……」
「いいえ。話してくれてありがとう」
「何故、あなたが礼を言うのですか」
「私が言いたいから、言ったのよ。私は、私のしたくないことなんてしないもの」
私らしくそう言ってやると、今までずっと虚ろな顔をしていたヴォルドレッドは、一瞬目を見開いて……それから、ふっと笑ってくれた。
「……そうですね。それが、あなたです。他の誰でもない、自分のために生きる。けれど、それが他の人々の救いになっている。そういった姿が、とても眩しくて……私は、そんなあなたに惹かれたのです」
彼の声が、言葉が、私だけを見つめる瞳が。
その全てが――私を愛していると、伝えているみたいだ。
ヴォルドレッドは私の前に跪き、問う。
「ミア様。私はどうしようもない人間です。それでも……どうか、この先も、お傍に置いていただけますか」
どんな宝石より美しく、普段は凛々しい切れ長の瞳が、今は救いの光を求めるように私を見つめている。
「……どうしようもない人間だとか言うけど、従属の呪いによってやったことは、あなたのせいではないでしょう」
むしろ彼は、やりたくないことを、強制的にやらされていた被害者だ。全ての元凶、真の加害者は――彼を操っていた人間。
「まあ、追放されるときに、ゲス騎士を斬ったこともあったけど……あいつは本当にゲスだったし。それに、私も王女にあなたの傷を移したりしてるから、お互い様よ」
「では……」
「私は、私の好きなように生きているわ。――だからあなたも、もう自由なんだから、自分の好きなように生きればいい。私の傍にいたいというのなら……傍にいて」
「ミア様……!」
彼は、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。
甘くて、蕩けてしまいそうな笑み。他の人には絶対に見せることのない……私にだけ見せてくれる顔。
「ありがたき幸せ。――私の魂も、心も、永遠にミア様だけのものです」
普段他の人には冷たい彼が、柔らかな笑みを浮かべて、そんなふうに言ってくれて。
どうしようもなく――胸が、熱くなってしまう。
「別に……お礼を言われることじゃないわ。ほら、もう真来もいなくなったんだし、ベリルラッドに帰りましょう」
「はい」
真来をマズボルまで送っていかなくていいなら、わざわざここで野営する必要もない。ヴォルドレッドのスキルで魔法天幕を消し、夜の森の中を、彼が出してくれた魔法の灯りで照らしながら、並んで歩き出す。
最初は無言で歩いていたが、ふと彼に尋ねられた。
「そういえば、ミア様。あの男に何の呪いをかけたのですか? 命に関わらず、痛みもない呪いだとおっしゃっていましたが……」
「ああ」
確かに、命に関わらず痛みもない呪いというと、生温く感じるかもしれない。でも、私が真来にかけたのは――
「一生、女の子と『そういうコト』できない呪い」
にっこり。いい笑顔を浮かべながら答えた。
早い話が、斬り落としていないだけの去勢のようなものだ。だって真来、婚約者の妹に手を出すような倫理観のない浮気男で、私を夜這いしようとしていたド屑で、このままじゃ性犯罪とかやりかねないし。あの男は許されなくて当然だ。ちゃんと本人に「呪いをかけるからね」って言って呪ったわけだし、後から何を言ってきてももう遅い。
「あいつはもう一生そういうコトせず、頼れる人もいないこの世界でチートスキルもなく毎日重労働して、ボロくて寒い家で風呂にも入れず毎日粗食でボロボロになって、自分のしたことを最後まで後悔しながら衰えていけばいいわ」
「さすがはミア様。お見事です」
傷を治癒して逃がしてやって、甘いと思いきや、きっちり罰を与えているのだ。悪人がのうのうと幸せに生きてゆくなんて許せないし。
(……そうよ。悪が笑って暮らして、嫌な目に遭わされた人間の方が泣き寝入りしなきゃならないなんて、理不尽だわ)
だから、私は――
ヴォルドレッドを苦しめてきた国王が、これからも王として幸せに生きてゆくなんて……許せない。
◇ ◇ ◇
「リースゼルグ」
ヴォルドレッドから過去の話を聞いた翌日。ベリルラッドにて、私はリースゼルグの家を訪れていた。
「少し話があるんだけど、いいでしょうか?」
「もちろんです、ミア様」
彼は私を家の中に入れ、お茶を出してくれた。
「単刀直入に言います。あなた、この国の王になる気はない?」
「はい!?」
さすがに単刀直入すぎただろうか。リースゼルグはお茶を噴き出しそうになっていた。
「リースゼルグは王に、王族や国の在り方について進言して、爵位剥奪されこの地に追放された、元公爵でしょう? あなたなら知識も統率力もあるし、何より、民のことをちゃんと考えています。王位につく人間として、相応しいんじゃないかと思って」
「突然すごいことをおっしゃいますね。確かに私は、今の王族達がフェンゼルを支配しているままでは、この国に未来はないと思っておりますし、自分ができることなら、何でも行う所存ですが」
「率直に言えば、私は今の国王を、王座から引きずり下ろしてやりたいの」
「本当に率直におっしゃいますね。清々しいです」
彼は苦笑ではなく、本当に清々しそうに笑ってくれる。その笑みを見て、少しほっとした。
「ミア様のお気持ちはわかりました。しかし、代わりに王になるのが、私でよろしいのですか」
「はい。さっきも言った通り、私はあなたの能力や人柄を信頼していますし……。それに身も蓋もないことを言えば、今の王族と比べたら、誰が王位についたってマシです」
「それは……確かに」
リースゼルグは、深く頷いた。今の王族達の悪徳っぷりを、身をもって知っている彼だ。思うところはいろいろあるのだろう。
「あ、でももちろん、リースゼルグが王になってくれたら、本当にこの国はよくなると思って提案しているんですよ?」
「ええ、ありがとうございます。ミア様にそう言っていただけるなど、光栄の極みです」
彼は、もう一度深く頷く。
そうして、顔を上げた彼は――覚悟を決めたように、まっすぐな瞳をしていた。
「わかりました、ミア様がそうおっしゃってくださるなら、私にできることは何でもいたしましょう。……しかし、どのように王を退位させますか。現国王は、おとなしく王座を譲るような人間ではありません」
「そうね」
私は小さく頷き――
「そのことなのだけど……少し、考えたいことがあります」
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