26・騎士の想いが明かされます(ヴォルドレッド視点)
フェンゼルから離れた国、ルベルシア。私はそこで生まれた。
ルベルシアは武力を強化したいとのことで、平民であっても、子どもを未来の兵士として差し出せば、親に報奨金が渡されるという制度があった。そのため私は、八歳の時に、親に売られるような形で、国が運営する兵士養成所に入れられ、その寮で暮らすことになった。
幼い頃から畑仕事を手伝っていたこともあり体力はあったことと、鑑定の結果によれば、魔力や固有スキルが優れていたこともあり、私は最初から将来有望な子として重宝された。実際、毎日鍛錬に打ち込み、努力を重ねるうちに、私はすぐ頭角を現し、未来の英雄と呼ばれるようになった。
人生を捻じ曲げられたのは、十五歳の時だ。
既に他の者より剣技や魔法に数段秀でていた私は、ルベルシアの武術大会で優勝した。
それが、崩落の始まりだった。
その武術大会には、フェンゼルの国王が観覧に来ていたのだ。
フェンゼル国王は旅行好きであり、国交と称して他国に出向いては、その地の人間に自分をちやほやさせ、無駄に遊び歩くのが趣味だった。このときも、ルベルシアの国王に「武術大会が見たい、いい席を確保しておいてくれ」と言って、自国の仕事も放り出し遊びに来ていたのだ。
そうして私は――彼に、目をつけられてしまった。
後日、まだフェンゼル国王がルベルシアに滞在していた日……私はフェンゼル国王の護衛騎士に呼び出され、彼のもとへ行った。
「武術大会での活躍、見ていたぞ。お前は剣技も魔法も、類を見ないほど優れている。他国にいられたら脅威……お前はルベルシアなどではなく、フェンゼルにいるべき人間だ。私はお前を、我が国に迎えたい」
「光栄なお言葉、感謝申し上げます。ですが、私はルベルシアの民ですので……」
「『はい』以外の返事など、お前には許されていない」
「――!?」
その瞬間――明らかな異変を感じた。
目の前の男には、絶対に逆らえない……そんな、精神の拘束を覚えたのだ。
「いいことを教えてやろう。フェンゼルの王族にはな、特別な魔力が備わっている。そして王族の中でも、国王となり闇の精霊に認められた者は、こうして『従属の呪い』を使うことができるのだ」
「従属の、呪い……?」
呪いには二種類ある。人が人を呪うものと、瘴気によって呪われてしまうものだ。
人が人を呪うものとして、「従属」なんてものは、明らかに禁忌であった。少なくとも、ルベルシアの価値観では。なのに目の前の王は、さも当然であるかのように笑みを浮かべている。
「特別な呪いであるがゆえに、いつでも使えるわけではない。それでも私は――十年に一度であれば、この力を使える。力を使う相手に、お前を選んでやったのだ。感謝するがいい」
(馬鹿な……何を言っているんだ、この男は)
「理解したか? お前は今日から、私の命令には絶対に逆らえない、便利な操り人形だ」
そうして私は、呪われて王に抗うことができず、ルベルシアから秘密裡に国外へ連れ出された。
ルベルシアにその罪を隠すため、私は元は違う名だったのだが、フェンゼルで「ヴォルドレッド」と名を変えられた。もとは銀の髪を、魔法で黒く染められた。ルベルシアにおいては、「未来の英雄、武術大会優勝の後、謎の失踪!?」などと騒ぎになったようだが、私のもとに助けが来ることはなかった。
それからの日々は、地獄だった。
「お前はフェンゼルの民なのだ! フェンゼルのために尽くして当然だろう!」
私はフェンゼルの民ではない。ルベルシアの民なのに、無理矢理連れてこられ、フェンゼルの騎士にされただけだ。にもかかわらず己の意思を踏みにじられ、魔獣との戦闘道具として酷使される日々。自由などなく、王族に逆らうこともできず……国王にとって都合の悪い者の暗殺を命じられることもあった。
騎士は戦場に出るものだし、戦いの場において人の命を奪うことはある。だが……戦場以外の場でそれを行うのは、わけが違う。正々堂々と戦うのではなく、陰で討つように命じるなど、騎士道精神に反する卑劣な行為だ。
「ははは、愉快愉快! お前は本当に便利な駒だ! これからも、その命尽きるまで私に従属し、私のために剣を振るうのだ!」
次第に精神は擦り減り、淀み、歪んでいった。もはや人生を諦めていた。この呪いがあるかぎり、フェンゼルから逃れることはできない。あの腐敗した王族達が、この呪いを解くなど有り得ない。私は死ぬまで、戦闘道具として使い潰されるのだと思っていた。
そんな日々が九年ほど続き――騎士団長にされたが、倒しても倒しても、瘴気の影響によって魔獣は減らず、変わらず戦闘に出されていたある日のこと。イジャリーン王女が言った。
「騎士、命令ですわ! ノアウィールの森の奥に、魔獣の群れが出ているそうですの。そこに、あなた一人で行ってきなさい!」
私に従属の呪いをかけたのは国王だが、この呪いは、王家の血を引く人間でさえあれば誰でも自由に命令を下せる。同時に、王族であれば解呪も可能なのだが……王子も王女も、解呪などする気は皆無だ。
「一人で……? 何故ですか」
魔獣の群れを討伐するなら、通常は騎士団の者、集団で行くべきだ。一人で行けというのは、明らかに無茶な命令である。
「それが、お兄様が召喚した聖女が、クソ生意気な傲慢女なんですの! 聖女のくせに、ちっとも力を使おうとしない愚図なんですのよ。でも、騎士団長が瀕死の重傷を負ったとなれば、あの女でも力を使わざるをえないでしょう? いい考えですわよね、私って冴えてますわ!」
(そんなことのために……?)
常日頃から、フェンゼル王族の愚かさには呆れていたが、あらためて絶望感を味わう。
「あくまで聖女に力を使わせるのが目的なのですから、勝手に死ぬことは許しませんわ。でも、今にも死にそうなギリギリで帰ってくるのがいいですわね。うふふ、楽しみにしていますわ!」
王女は王都の魔法陣で、私と共にベリルラッドまで転移した。そして騎士団に、決して私に手を貸すなと脅し、私に監視用の魔石を持たせて、ノアウィールの森へ送り出した。私は、魔獣の群れとの死闘を繰り広げ――
その間、王女は魔法の鏡で私の様子を見ていて。魔石を通して、その声は私にもずっと届いていた。
「あははははは、無様ですわ! ほら、倒れてないで、まだまだ戦いなさいな! その命が尽きる寸前まで!」
王女にとっては、私が死と隣り合わせで戦うのも、娯楽を見るのと何ら変わらないのだ。闘技場見物のようなもの。
数多の攻撃を受けながらも、私は魔力が尽きるまで魔法を使い、なんとか魔獣の群れを殲滅した。しかしその直後、地面に倒れた。
「あら、終わりましたのね。騎士ども、あいつを回収してきなさい! 聖女のもとに持っていくのよ!」
私は騎士達に運ばれ、またベリルラッドから王都へ転移して、一人の女性の前に転がされた。
王女が「クソ生意気な聖女」と言っていた女性だ。大方、王女に正当な進言をしたら、生意気だなどと言われるようになってしまったのだろう。力を使わないと聞いていたが、当然だ。勝手に連れ去られ、無理矢理力を使わされるなど、嫌に決まっている。
(この女性も、この王族の犠牲になってしまうのか……)
死の淵を彷徨いながらも、そう思うと憂鬱だった。よりにもよって、自分が他者に、従属を強いる道具として使われるなど屈辱だ。どうか王女の命令などきかないでほしい。私はもうこんな人生など惜しくはないし、これ以上王族の暴虐を許したくないのだから。
それでもきっと、普通の人間であれば、目の前に瀕死の者を転がされれば、命令に従ってしまうのだろう――そう考え、絶望していたのだが。
『無能な聖女。あなたは、この哀れな騎士に死ねとおっしゃるのかしら?』
『はい。死ね』
――彼女はあまりにもはっきりと、王女の命令を撥ねのけた。
それは、私がそう在りたいという在り方そのものだった。私もずっと、従属の呪いさえなければ、王家に背いてやりたかったのだ。
『何度も言いますが、この世界でのことは、この世界の人々や事象のせいであって、私のせいではありません。無関係の私に力を使えと言うなら、相応の態度というものがあるでしょう、と。これまで何度も言ってきましたよね?』
まったくもってその通りだ。私も、この国のことなど無関係だというのに、この国の魔獣被害のために戦わされてきた。……王家に屈せず、はっきりと自分の意見を口にする彼女は、あまりにも清々しかった。
それだけでも、私にとっては光のようだったのに。彼女は、口では王女に逆らいつつも、密かに聖女の力を使って、私を癒してくださったのだ。
強く、優しく、眩しい。この時から既に、私は彼女に惹きつけられていた。
そうして彼女は更に、王女に私の傷を移し、私の痛みを思い知らせてくれた。
同時に、自分の身体から、今までずっと私を支配してきた、従属の呪いが消えたのがわかって――
(ああ……まるで、奇跡だ)
私はもう、彼女から目が離せなかった。凛と立つ彼女の姿を見つめ、この胸は熱く高鳴った。
(彼女の、傍にいたい。誰より傍にいさせてほしい――)
誰に命じられるわけでもなく、自分の意思で。
ミア様に救われたこの命、ミア様に捧げるのだと誓った――





