25・騎士、ヤンデレます
真来はしばらく呆然としていたけど――納得がいかないみたいで、反論してくる。
「な、そ……そこまで言うことないだろぉ!? ちょっとの間違いは誰にだってあるだろ!」
「人にプロポーズまでしておいて、妹と浮気して私を捨てて、人が倒れても心配すらしなかったことは『ちょっとの間違い』なんかじゃないわよ」
「そ、そんな……」
真来はぶわっと泣き出す。いやいや、なんでそっちが泣くの? 泣きたいのはこっちなんだけど。
「お、俺……この世界に来てから、本当に大変だったんだぞ! マズボルとかいう村にいたんだけど、家はボロいし、風呂にも入れないし、毎日キツい肉体労働させられて、食事も一日二食で、しかも野菜の欠片とかで……。そんな俺を見捨てるのかよ!? 俺がかわいそうだと思わないのかよぉ!? お前、冷たいよ!」
(……自分のしてきたことを棚に上げて被害者面するのは、本当にアリサと同類ね)
「俺、行き場がないんだよぉ! 今お前に捨てられたら、死んじまうよぉっ! 頼むよ~~~助けてくれよぉぉぉぉぉぉぉ!」
真来は、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら土下座する。
(情けなさすぎる……。なんで私、これと付き合っていたんだろう……)
もはや、この男と婚約までしていたことが、黒歴史すぎる。
もっとも、別れようとしても泣きつかれて、断りきれずズルズル付き合い続けてきてしまったという面もあるけれど。
「……仕方ないから、あなたが以前いたという村にだけは、連れて行ってあげる。あとは知らない。金輪際二度と関わらないで」
「み、美亜ぁ……」
(ま、これからも村でそんなキツい生活を続けることになるなら、ある意味、真来にとっては罰みたいなものだし)
そんなこんなで、仕方なく真来を、マズボルという村まで送ることになった。
けれどヴォルドレッドの話によると、マズボルに行くには、ここから一日は歩かないと着かないらしい。現時点で既に夕方であり、今からマズボルへ出発すると、夜を明かすことになってしまうが――
それでも絶対、私が今暮らしているベリルラッドには、真来を連れて行きたくなかった。
(だってベリルラッドに連れて行ったら、『頼むよ、見捨てないでくれよ~!』とか土下座して、そのまま村に居座りそうだし。そんな面倒は絶対にごめんだわ)
仕方なく、本当に仕方なく、マズボルに向かって歩き、途中で森の中で野宿することになった。
ヴォルドレッドの固有スキルには「野営」というものもあり、魔力天幕を出して冷気を防ぐことができるそうなので、そのスキルを使ってもらった。
もっとも、ヴォルドレッドが天幕を出したのは私とヴォルドレッドの分の二つだけであり、真来の分はない。そこまでしてやる気は毛頭ない。
そうして、森で夜を明かすことになったのだけど――
◇ ◇ ◇
●真来side
(美亜の天幕は、あっちだよな。へへ……)
その夜、美亜とヴォルドレッドが寝静まった頃。真来は美亜の天幕に忍び込もうと狙っていた。
(美亜、さっきは怒ってたみたいだけど。でも俺ら、もともと恋人だったんだし。押し倒してキスしてそういう雰囲気になだれこんじまえば、仲直りできるだろ)
そうして、真来が美亜の天幕に近付き――
背後から、真来の首に、剣が突き付けられた。
「命の恩人であるミア様に夜這いをかけるとは……人間の屑め。いや、人間以下の、発情期の獣だな」
「ひ、ひいっ!?」
真来に剣を突き付けたのは、ヴォルドレッドである。真来は慌てて飛びのき、非難の目を向けた。
「何すんだよ! 美亜の騎士だかなんだか知らないが、人に剣を向けるなんて、殺す気か!?」
「はい。私は今から、あなたを殺します」
ヴォルドレッドははっきりとそう告げ、真来は目を丸くする。
「ミア様はお優しいので、人を殺すことに拒否感があるようですから。私がやります」
彼から発せられる、冗談とは思えぬ殺気に、真来は恐怖で硬直してしまい、ろくに声も出せなくなる。ヴォルドレッドは、そんな彼の首根っこを掴んで、美亜の天幕から離れた場所まで引きずってゆく。
「貴様の死は、ミア様には知らせない。……ミア様に知られぬまま、ひっそりと死んでいくがいい。貴様のような奴のために、ミア様がほんの僅かでも胸を痛めるところなど、断じて見たくないからな」
そうして、ヴォルドレッドは真来を斬った。致命傷にはならないような攻撃だった。――わざとである。
「ぎゃああああああああああああああっ!?」
「簡単に楽にはしない。貴様は身勝手な行いによってミア様を苦しめ、傷つけ、あまつさえ無体を働こうとしたのだから。……もがき苦しみ、地獄を味わって、凄絶な苦しみの中で息絶えるがいい」
そうしてまた、ヴォルドレッドが剣を掲げ――
「ひ、あ……助けて、助けてくれええええええええええええっ!」
鋭い剣が振り下ろされようとしたところで……彼を呼ぶ声がした。
「――ヴォルドレッド」
声の正体は、彼の最愛の主――ミアだ。
◇ ◇ ◇
●ミアside
天幕を出て少し離れたところで、私は、ヴォルドレッドが真来に剣を振るっているのを見つけた。
私が声をかけると、彼は剣を止める。
「ミア様。この男はミア様の寝込みを襲おうとしました。今、その罰を与えていたところです」
「……そう」
真来の方に目をやると、彼は縋るように私を見てきた。
「み、美亜ぁ……」
「真来。その怪我、なんとかしてほしい?」
そう尋ねると、真来はコクコクと何度も首を縦に振る。
私に真来を救ってやる理由はない。だからこそ私は、こんな提案をすることにした。
「治癒してあげてもいいわ。その代わり、あなたに一つ、呪いをかけさせて」
「の、呪い!?」
「さんざん屑なことをしてきたあなたを治癒してあげるんだから、そのくらい当然でしょう。まあ……安心しなさい。命には関わらないし、痛みもない呪いよ」
王都の人から回収した、とある呪い。まさか真来に使えるとは思わなかった。
「命には関わらないし、痛くないんだな!? だったら、呪われてもいいから! 傷、治してくれよぉ! 痛くて痛くて死んじまいそうだよぉ!」
本人の同意もとれたことなので、私は聖女の力で彼の傷を取り除き――代わりに、とある呪いを移した。
「あ、ああ、痛くなくなった! ありがとう、やっぱり美亜は優しいな!」
「ミア様に近寄るな。斬り捨てるぞ」
「ひ、ひぃぃっ!?」
ヴォルドレッドに剣を向けられ、真来は途端に逃げの体勢になる。
「ふ、ふざけんな! お前なんかと一緒にいられるか! もういい、俺は一人で村に帰るっ!」
真来は涙目で走って行った。マズボルまで、道がわからずまた迷子になるかもしれないが、そこまでは私の知ったことじゃない。
真来が去って、私とヴォルドレッドの二人きりになる。彼は、少々計算外だったとばかりに私を見る。
「……ミア様、起こしてしまいましたか。あなたに気付かれないよう、防音の魔法を使っていたのですが」
「私は、聖女よ? 周囲でどんな魔法が使われているかは、鑑定できるわ。不思議な気配を感じて、あなたが何かしているんじゃないかと思って様子を見に来たの」
「そうですね。私としたことが、ミア様の力を甘く見ていました」
「ねえ、ヴォルドレッド。私のためにしてくれたんだろうけど……ああいうことは、私に隠れてやらないでほしいわ。私の敵をいつどうやって罰するかは、私が決めることだから」
私は、妹と浮気して私を捨てた真来を、許すなんて言えない。許さないと決めた。「酷いことしちゃ駄目」なんて綺麗ごとを言うつもりはない。しかも人の寝込みを襲おうとしたなんて、罰されて当然だ。だからこそ、彼に呪いをかけたのだし。
ただ――元々日本で生きてきた人間の感覚として、殺人は最大の禁忌だ。ましてそれを生で見てしまうのは、トラウマになりそうである。
しかしヴォルドレッドは、美しい瞳をまっすぐ私に向けて、口を開いた。
もともと容姿の整っている彼が、夜闇の中で虚ろに佇む姿は、凄絶な迫力と妖艶さを纏っていて……思わず息を呑んでしまう。
「あなたのためではありません」
「え?」
「――私が。どうしても、我慢できませんでした。あんな男が、ミア様に愛され、そのくせミア様の想いを踏みにじったのかと思うと……」
私と真来のことについて、詳しい説明はしていないけれど。夕方の私達の会話で、元の世界で何があったかは大体わかっただろう。剣を握るヴォルドレッドの手は、微かに震えていた。
それは大切な相手を傷つけられた憤怒であり、憎悪であり、嫉妬心でもあるようだった。
「あのような男が! ミア様の優しさに甘え、あなたの心を蹂躙し、あなたを絶望させた! どれだけ憎んでも憎み足りません。ああ、もっと切り刻んでやればよかった。ああ……どうしてミア様があの男に虐げられた際、私がその場にいて、あなたをお守りできなかったのか……!」
ヴォルドレッドは激昂する。彼の、こんな様子は初めてだ。
「……見苦しいところをお見せして、申し訳ございません。ですが私は……あなたが蹂躙されることは、どうしても許せません。あなたは……私の救いだったのですから」
「ヴォルドレッド……」
「あなたを苦しめてきた者なんて、全員、この手で殺してやりたい」
「……気持ちは、ありがとう。でも、あんな屑のために、あなたが手を汚す必要はないわ」
月並みな、それこそ「復讐なんて残酷だわ!」系ヒロインのような台詞になってしまった。本当は、やられたらやり返した方がすっきりすると思うし、アニメとかでも、綺麗ごとで復讐を止める展開って好きではないけど。
でも、ヴォルドレッドが真来を殺すのは、何か嫌だと思ってしまったのだ。真来が大切だからじゃない。ただ、言った通り、彼の手をあんな奴の血で染めてほしくないから。
けれど、ヴォルドレッドは私を見つめて――
「手を汚す……? そのようなこと、今更です」
彼は薄く、自嘲のような笑みを、浮かべる。
「私は従属の呪いによって、国王から暗殺を命じられたことも、あります」