24・元サヤフラグなんてベキベキにへし折ります
◆真来side
その頃、上岸真来は――マズボル村を出て、森の中を彷徨っていた。
道なんてわからず、迷子になってボロボロだ。そもそも真来は、以前魔獣に咬まれている。そのときの傷は膿んでいるし、呪われたままである。そのせいか熱も出てきていた。更に、腹もかなり減っている。
(美亜のメシが食いたい。美亜に看病してほしい。美亜、美亜……)
真来は、美亜を捨ててアリサと結婚しようと思っていたくせに。
村では、美亜のことを忘れて少女を口説こうとしていたくせに。
弱りきった今、また、都合よく美亜のことを考えていた。
真来にいつも温かな食事を作ってくれたのも、風邪をひいたとき看病してくれたのも、全部、美亜だったから。
(美亜、どこ行っちゃったんだよ。なんで、俺がこんな大変なときに、傍にいないんだ!? 俺はこんなにお前のことを想ってるのに! そうだ……俺はずっと、いい彼氏だっただろうが!)
そうして真来は「自分がいかにいい恋人だったか」ということを考える。
(美亜はアリサの子育てで忙しいから、外へデートに連れ出すわけでもなく、よく美亜の家に行ってやってた。本当は俺だっておしゃれな外食とかしたいときもあったけど、いつも美亜の地味な手料理を味わってやってたんだ。まあたまに、気分じゃないものを出されたときや、おかずが少ないときは文句を言ったりもしたけど……。基本的にはいつも食べてたし、美亜だって嬉しかったはずだ!)
(そうそう、美亜はいつも子どもの面倒見てばっかだから、もっと友達作って交流した方がいいだろうと思って、サプライズで美亜の家に、俺の友人達を連れて行ってやったこともあったっけ。美亜が手料理を振舞うことになってバタバタしてたけど、皆喜んでどんどん食べてたし、美亜だって嬉しかったはずだ!)
(誕生日だって、たまにはプレゼントでもやろうかと思って、アリサを誘って買いに行ったし。アリサは美亜の妹だし、同じ女として、美亜の欲しいものが一番わかるだろうと思ってな。ああ、アリサと一緒にプレゼントを選ぶ時間は楽しかったなぁ……。アリサは俺に腕を絡めてくれたり、ボディータッチしてくれるしな!
そんで「お姉ちゃんはぁ、これがいいと思う」ってアリサが勧めてくれたものを買ったっけ。俺からしたら、「それは美亜の趣味じゃないんじゃないか?」と思ったけど、アリサが言うなら間違いないだろうし。アリサ自身は「私はこっちのアクセサリーがいいな~!」って言うから、プレゼント選びに付き合ってくれた礼として買ってやった。あのときのアリサの嬉しそうな顔、可愛かったな……。思わずいい雰囲気になって、帰りは二人でホテルに寄ったっけ。でも女と違って、男の浮気は仕方ないよな?)
(ともかく、俺はいい恋人だったんだ! だから、美亜に会いたい。会って、また料理してほしいし、辛いときは傍で支えてほしい。アリサほど豊満な身体じゃなくても我慢してやるから、また触らせてほしい。俺はこんなに、美亜のことを想ってるんだから――)
「……って、ぐ……駄目だ、マジ、疲れた……」
やがて疲労が限界に達し、真来は森の中に倒れた――
◇ ◇ ◇
●ミアside
ある日の夕方――私は、ヴォルドレッドと共に森の中を歩いていた。
ノアウィールの森ではなく、ベリルラッド村と、近くの川を挟んで反対側の森。かつてのノアウィールの森ほどではないけど、こちらでも魔獣は凶暴化しているようだし、ササッと浄化しておこうと思ったのだ。
「自分でやっておいてなんだけど……浄化の力ってすごいのね。浄化前と浄化後では、本当に別の森みたいだわ」
「はい。さすがはミア様のお力です」
浄化を終え、帰ろうと思ったところで――
「人が、倒れてる……!?」
地面に倒れた人を見つけ、反射的に、その人のもとへ駆けつける。
しかし傍に寄って、それが誰であるか気付き、驚いた。
「た……助け……」
あまりにもボロボロになりすぎていて、一瞬わからなかったけど――
「真来……?」
(なんで、真来がこの世界に……。いや、アリサもこの世界に来たんだし、同じように召喚されたってことなのかしら。……にしても、あまりにもボロボロすぎるけど)
「ミア様、お知り合いですか?」
「えーと、まあ、そうだけど……」
(ヴォルドレッドに『私を裏切った元彼』なんて言ったら、かなり面倒なことになりそうよね……)
「その男は、ミア様にとって敵ですか、味方ですか」
「敵よ」
「わかりました。ではとどめをさしましょう」
「そうね。って言いたいところだけど、一体何があったかもわからないし……とりあえず話だけは聞いてみましょう。後のことは、それから考えるわ」
「そうですね。すぐ殺してしまうより、いたぶってから殺すべきかもしれませんし」
「生かしておいたまま、じわじわと苦しんでもらうという手もあるわよ」
罪のない人が苦しむのは嫌だが、真来は別だ。容赦してやる気なんてない。
けど、ひとまず、聖女の力を使ってやる。
「な、なんだ……!? 身体の痛みが、一瞬で消えた……!」
元気になった真来は、がばっと上半身を起こす。
「真来。あなた、一体どうしてここにいるの?」
「え……美……美亜!? 美亜なのか!? 会いたかった……!」
「私は二度と会いたくなかった」
「やっぱり、俺にはお前しかいないんだ……!」
「聞けよ、人の話」
「お前にも、俺しかいないだろ! 美亜、俺達、やり直そう!」
そう言って、真来ががばっと私を抱きしめようとしたので――
私は、真来をぶん殴った。
「ごふぅ! な、何するんだ、美亜!?」
「こっちの台詞よ! 私とあなたはもう全然恋人じゃないんだから、抱きしめようとかしたらセクハラでしょ!」
「そ、そんな! 久々の再会なんだぞ!? お前、俺のこと好きじゃないのか!?」
「当たり前でしょ! あんな最悪な別れ方しといて、なんでまだ、私があなたのこと好きだとか思ってるのよ。もう一度言うけど、二度と顔も見たくなかったわ」
「な……っ」
真来は目を見開いて驚いていた。元の世界での私は、いつも黙って我慢してしまう性質だったから、こんなふうに言い返してくるなんて思っていなかったんだろう。だから浮気して私を捨てたくせに、「美亜ならまだ俺のこと好きなはず、許してくれる、やり直せる」なんて思っているんだ。――どんだけ舐めてんだよ!
(駄目だ。異世界転移のドタバタで少しは忘れかけていた怒りが、沸々と蘇ってきてしまう……)
「なんで、そんなに冷たいんだよ! 俺、いい彼氏だっただろ!? あんなに優しくしてやったのに、酷くね!?」
「――――は?」
(意味、わかんない。浮気して私を捨てて、いい彼氏だった? 優しくしてやった? どういう思考回路してるの??)
「だって、あんまり外食もせず、いつもお前のメシ、食ってやってたし。もっと友達ほしいだろうと思って、サプライズで俺の友達連れて行ってやったりしたし。それに、誕生日にプレゼントだってやっただろ?」
「………………」
……あ、もう、駄目。
久々に――完全に、ブッチギレます。
「メシ『食ってやってた』って何!? なんで私があんたのためにご飯作って当然って前提で話してるのよ! それなら自分のお金で外食してきてくれた方が楽だっての! ていうか自分で作ればいいでしょ!? 何食べたいか聞いたら『なんでもいい』って言うのに、その日の気分じゃない料理出すと、嫌そうな顔するし! おかずが少なくても不満そうだし! しかも、食べ終わったら『ごちそうさま』すら言わずにスマホいじって、洗い物もしないどころか、食器を台所に下げることすらしないし!」
「え……だ、だって、家事は女の仕事だし……」
「仕事だって言うならその対価は!? 別に真来が私のこと養ってくれてたわけでもないでしょ! 大体、『友達連れて行ってやった』ってのもねえ、事前に連絡もなしで突然連れてこられるなんて迷惑よ! 疲れててゆっくり寝たいって日に、急に押しかけられて、知らない人のためにご飯作らされる身にもなりなさいよ! 私には私の都合があるの! あなたにとっては友達でも、私にとっては他人なんだから、めちゃくちゃ気を遣うんだからね!?」
「お、俺はお前のためを思って……!」
「極めつけはプレゼントよ! 私にくれたプレゼント、アリサと選んだものだったじゃない! 渡されたときは、まだあんたらの関係を知らなかったけど……今思えば、あのときには既に浮気してたのよね。浮気相手と買いに行ったものをプレゼントってどういう神経してるの!? しかも全然私の趣味のものでもなかったし! ていうか、どうせ私のよりいいもの、アリサに買ってやってたんでしょ!?」
連続でまくし立ててやると、真来は口をパクパクさせていた。
私がここまで言うなんて完全に想定外だったみたいで、「お前本当に美亜?」みたいな目で私を見てくる。だから私は――はっきりと、言ってやる。
「私はもう、前までの、黙って我慢してるだけの私じゃないから。あなたとやり直すなんて、絶対、ありえない」