20・魔獣はサクッと倒します
今回はまたミアの話です。
私を歓迎してくれた村・ベリルラッドは、村の外にはノアウィールの森がひろがっていて、その森の奥に、この国最大の瘴気の根源である沼があり、瘴気の影響で魔獣が凶暴化しているらしい。
一応、もともとこの国の魔法官が村に結界を張っているものの、聖女の力と違ってその結界は完全ではなく、瘴気や魔獣の侵入を全て防ぐというのは困難なのだそうだ。
そんな場所で暮らすことになった私が、まずすべきことといえば――
「ようは瘴気を浄化すればいいのよね。サクッと終わらせちゃいましょう」
そういうわけで私は、ヴォルドレッドと共に森の奥まで行くことにした。
その際、「少しでもお力になりたい」と言って、この地に滞在している魔獣討伐騎士団や、村の自警団の人々も共に行くと名乗りを上げてくれた。
「お初にお目にかかります、ミア様。私はリースゼルグと申します」
そう言って恭しく挨拶してくれたのは、爽やかな好青年風の男性だ。年齢は二十代半ばくらいだろうか。
そのリースゼルグさんのことについて、別の騎士さんが紹介を付け足す。
「ミア様。リースゼルグ様は、元公爵なんです」
「え? 『元』公爵で、この地にいるということは……」
その先は、本人の口から語られた。
「かつて、王族や国の在り方について国王陛下に進言したところ、不敬だとして爵位を剥奪され、この地に追放されました」
「……あなたも、王族のやり方には疑問を抱いていたんですね」
「ええ。民から重税を搾り取っているにもかかわらず、民を顧みることなく、気に入らないことがあればすぐに処刑や追放を言い渡して……。一国の頂点に立つ者が、そんなふうでいいはずがありませんから」
リースゼルグさんは、国の未来を憂うように眉根を寄せていた。
「リースゼルグ様はもう公爵ではないですが、今では、この村のリーダーとして皆を率いてくださっているのです」
「武勇にも優れていらっしゃって、いつも村人達を守ってくださっています」
他の人達はとても彼のことを信頼しているようで、誇らしそうに微笑む。
「ちなみにリースゼルグさんは、国王にどんな進言をしたのですか?」
「はい。王族の暴虐的な態度を改めるということはもちろん、魔獣や瘴気の対策法、経済政策などについてこのように意見をまとめ、国王に提出したうえで、口頭でも説明しました!」
リースゼルグさんは、「このように」というところで、嬉々としてアイテムボックスから資料を取り出した。かなりの分厚さがあり、ちょっとした鈍器として使用できそうなくらいだ。
「す、すごい資料ですね」
「幼い頃から私なりに学んできたことを全て詰め込み、この国を豊かにする方法をまとめ上げましたから!」
そういうことを考えるのが好きなのだろうか、リースゼルグさんはいい笑顔だ。
(あ、でも確かに読みやすいし、よくまとまっているわ)
日本の現代知識を持つ私から見ても、的外れなものではない、優れた意見が綴られた資料だと思う。
「これを提出しただけで、王に追放されてしまったんですか?」
「はい。本来は処刑されるはずだったのですが、何とか説得し、爵位剥奪と追放、鞭打ちで妥協ということになりました」
(私、まだ国王とは会ったことがないけど。やっぱり最低な奴なんだ……)
すると騎士さん達が、リースゼルグさんに言う。
「そうです、リースゼルグ様。国王にやられた傷を、ミア様に癒していただいたらいかがですか」
「リースゼルグ様、皆がミア様の治癒を受けているときも、村の仕事をしていたでしょう」
「はは。先に癒されるべきは、他の皆だと思ったからな」
なるほど。先程の場にいなかったのは、先に他の人達に譲ってくれたからなのだろう。村のリーダーとして慕われている理由がわかる気がする。
「傷を見せていただけますか?」
私がそう言うと、リースゼルグさんは服を脱いで――
彼の身体には、全身にびっしりと、鞭打ちによる傷や、あと火傷のようなものもあった。
(っ、酷い……)
「これが……全て、王が行ったものなのですか?」
「はい。王は、自分にとって気に入らぬ意見をする者には、容赦しませんから」
(本当に、最低最悪の王……)
怒りを噛みしめながらも、聖女の力でその傷を取り去る。
「ありがとうございます、ミア様……! お恥ずかしながら、この傷を見るたびあのときのことを思い出してしまい、辛かったのです。一生傷を負ったままなのだと思っていましたが……まさかこんなに綺麗に治るなんて」
「少しでもお力になれたのなら、よかったです」
(……この国で、今後どうなれば罪のない人達が救われるのだろう、と考えてはいたけれど……)
リースゼルグさんが、元公爵として、この世界の政治や経済について知識があり、かつ誠実な心の持ち主であるというのであれば。
腐敗した王族達を退けて――彼を王位につけることはできないだろうか?
さっきの資料を見たところ、彼になら国政を任せられそうだし、村のリーダーとして皆から慕われ、人を先導する力もありそうだ。暴虐の王に処刑されそうになったのに、説得によって追放ですませてもらったというのであれば、交渉力もあるだろう。
今の王族達が国を支配しているままでは、いずれこの国は破滅する。それは構わないけど、被害を受けることになるのは国民達だ。
私は所詮、元はこの世界の人間ではない。現代知識はあっても、この世界の知識や国政については専門外だ。王位につくべき人間ではない。
(というか、そもそも私、王になりたいわけでもないしな……)
聖女としてなら、強制無償労働でなければ力を使ってもいいけれど――適材適所というものがある。王座につくべきなのは、それに相応しい人間だろう。
(現国王は今、他国に行っている最中だそうだけれど……帰ってきたらまた更に、民達を虐げるのかしら。……王族達の暴虐をこのまま許しておくのは、癪ね)
そんなことを考えながらも、まず今やるべきことは、瘴気の浄化だ。
私達は、ノアウィールの森の奥へ進むこととなり――
◇ ◇ ◇
「それにしても、広大な森ですね」
私がそう言うと、同行してくれている騎士さん達が頷く。
「はい。瘴気が充満してしまう前は、果実や薬草なども豊富に採れたのですが……。今では瘴気のせいで、ほとんど毒と化してしまいました」
確かに、広いだけじゃなく、正直だいぶおどろおどろしい。暗くて鬱蒼としていて、まるでファンタジー作品の魔女の森みたいだ。
「それにしても普段は、森に足を踏み入れると、防御魔石を持っていても、瘴気の影響で倦怠感があるのですが……。今日はなんともありませんね。これもミア様のお力ですか?」
「ああ、はい。私達の周りに、結界を張って瘴気を防いでいるんです」
視界の邪魔にならないよう透明化していた結界を、一瞬可視化させてみる。キラキラと淡い光を放つ膜のようなものが、ドーム状に私達の周りを覆っていた。それを見て、騎士さん達が「おお!」と声を上げる。
「さすがは聖女様! 本当に心強いです」
「瘴気をこんなふうに防げるなんて、すごいですね……!」
「いえ。私も、この森のことに詳しい人達がいてくれて、よかったですから」
そうして、暗い森の中を歩いて十数分したところで――
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
地を揺らすような、今まで聞いたこともない声が轟いた。
声の方へと視線をやれば、鳥のような何かが、勢いよくこちらに飛んでくるのが見える。
鳥のような、といっても、その大きさは明らかに異常だ。巨大で、人間の軽く三倍はある。翼があるので鳥に見えるが、蛇のような尻尾も生えていて、その尻尾を鞭のようにぶんぶん振っている。
「出ました! 魔獣です!」
「あれが、魔獣……」
「危険です。お下がりください、聖女様!」
「いえ、大丈夫です」
リースゼルグさんが私を守ろうとしてくれたが、私はあえて前に出る。
ヴォルドレッドは、私なら絶対に大丈夫だと信じてくれているのだろう、黙って見守ってくれていた。
「私は王都でも、そしてベリルラッド村でも、皆さんの怪我を取り除いてきましたから」
(――聖女の領域にはもう、とんでもない量の傷が溜まっている)
今こそそれを、解放するときだ。
私は、襲いかかってくる巨大魔獣へと、手をかざし――
(さあ。今まで魔獣に苦しめられてきた人達の痛みを、味わいなさい)
「gy……gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
魔獣が、天を貫くような断末魔を上げた。
聖女の領域に保存していた、おびただしい量の傷を転移させたのだ。魔獣の肉体に、一瞬にして数え切れぬほどの傷が刻まれ、血を噴き出して地面に倒れた。
「す……すげええええええええええええええええええ!」
「あの巨大な魔獣を、一撃で!?」
「あんな技、初めて見ました……まさに奇跡だ!」
私の力を初めて見る騎士さん達は、驚きで大きく目を見開き、喝采を送ってくれた――
週間ランキング1位、誠にありがとうございます……!
これも皆様のおかげです!!
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