2・セクハラ王子はぶん殴ってやります
私の言葉に、周囲の武官や文官達が、ザワッとどよめいた。
「何と無礼な! この御方は、この国フェンゼルの王太子、ワンドレア殿下であらせられるぞ!」
「だから何? どんな地位であろうが、私を、元の世界から連れ去った極悪犯罪者でしょう?」
瞬間、「ワンドレア殿下」とやらの顔が、かっと怒りに染まった。
「貴様、この俺を犯罪者扱いする気か!?」
「扱い、ではなくて犯罪者です。私の同意もとらず、無理矢理異世界に引きずり込むなんて、横暴にもほどがあります。どうせこの後は、世界を救えだのなんだの、身勝手な王族のテンプレみたいなことを言うつもりなんでしょう? この世界と何の関係もない、一般人の女に世界の命運を任せるなんて、恥ずかしいと思わないんですか? この世界のことは、この世界の人々でなんとかするべきです。無関係な私を、勝手に巻き込まないで!」
堂々と、目を逸らさず言うと、今までふんぞり返っていた王子は、明らかにぎょっとしていた。
(多分、いつも皆に傅かれているから、こんな態度をとってくる女なんていなかったんだろうな。……王族だからって、どれだけ他人を舐めてるのよ)
この国の王族がどれだけ偉いのか知らないが、異世界人であり、許可もなく引き込まれた私には関係ない。
確かに元の世界も最悪ではあった。だからといって、こんな世界に来たかったわけではない。
(この世界、電化製品も娯楽もなさそうだし……何より、この王子達が最悪)
異世界転移でも、優しい人達に囲まれて、いい暮らしをさせてもらえるならともかく。上から目線で「お前は聖女なんだから俺達のために役に立って当然」みたいに言われて、嬉しいなんて思えるわけがない。
「だ、だからといって……別に、連れ去りなんてつもりは……」
「じゃあ、私が元の世界に帰る方法はあるのですか」
「そ、そんなもの、あるわけないだろう。聖女召喚の儀は存在するが、帰還の方法なんて聞いたこともない」
「ほら。最初から帰せないってわかっていてやったんだから、犯罪者じゃない」
「お……お前は聖女だろう! 聖女は見返りを求めず、この国のために尽くす存在だろう!?」
「見返りを求めず尽くせって何!? 勝手に召喚しておいて、無償労働を強要するな!」
「だ、だが……っ。この国の民は、魔獣の被害に苦しんでいるのだぞ! お前は、民を見殺しにするというのか!?」
「そうやって私が悪くないのに罪悪感を植えつけるな! そんなの、民を盾にした脅迫でしょ! あと、だからこの世界のことは私には関係ない!」
元の世界での生き方に後悔しているからこそ、絶対に、一歩も引いてやらない。
すると王子は、最初の不遜な感じはどこへやらという感じで、涙目になってぷるぷるし始めた。人のことは罵るくせに、自分が強く言われることには弱いんかい。
そんな王子を見かねてか、今度は王女っぽい人が口を出してきた。
「お兄様に対して、不敬にもほどがありますわ! お兄様は、次期国王陛下ですのよ!」
「だから何ですか? 私はこの国の民ではないどころか、この世界の人間でもありません」
「あなたが異世界人だろうが、ここはフェンゼル王国ですわ。あなたみたいな無礼者、不敬罪で処刑することだってできましてよ!」
「私を殺したら、困るのはあなた達でしょう」
そう言うと、王女っぽい人はぐっと言葉に詰まった。
「詳しい事情は私の知ったことではないですが、この国は、この国の人間では解決できない問題を抱えているから、私を召喚したのでしょう。私を殺したとして、他の聖女を召喚できるのですか?」
これは賭けだが、多分答えは「ノー」のはずだ。聖女召喚の儀なんて、いかにも重大事項っぽいし、そうポンポン召喚できるわけではないはず。
「で、ですが、あなたが聖女の力を使わないなら、魔獣によってこの国が滅ぶかもしれませんわよ! そうしたら、あなただって無事ではいられませんわ!」
「だからなんですか? 連れ去られ、脅されて、便利な道具みたいに使われるくらいなら、そっちのがマシです。――無断で召喚した異世界人に救ってもらわなきゃ存続できないような国なら、滅べばいい」
王子も、王女も、周りの人々は皆、あんぐりと口を開けていた。
どうやら、聖女は「召喚していただけて光栄です! 異世界人ですが、この国のため一生懸命労働します☆」なんて言うと信じて疑っていなかったらしい。なんでだよ。勝手に召喚されて働かされるのが、嬉しいわけないだろ。
「わ……わかった。元の世界に帰すことはできないが、別に無償で働けとは言わん。見返りを与えてやればいいんだろう?」
「ごくごく当たり前のことを言っているだけで、『慈悲深い俺』みたいな空気を出さないでください。そもそも人を断りもなく召喚して無理矢理力を使わせようってのがおかしいんですから」
とはいえ私だって、条件次第では譲歩してもいい。衣食住の保障は当然として、十分な睡眠時間や休日も確保してもらったうえで、給与を貰えるなら、聖女として働いても構わない。
(労働環境や報酬の確認、大事!)
……まあ、そもそもまだ、私が本当に聖女なのか、どんな力が使えるのかさえ、わかってないけど。でも、勝手に召喚したのはそっちなのだから。最低限の保障はして然るべきだろう。
「聖女の力を使ってくれるなら、この俺の愛妾にしてやろう!」
「…………」
(……何言ってんだ、こいつ?)
本当に「いいこと思いついた! これで解決だ」みたいな顔してるから、頭が痛い。
「光栄だろう? お前は俺の好みではないが、これも国のためだからな。可愛がってやるぞ、聖女」
馬鹿王子が私の顎を持ち上げ、唇を奪おうとしてきたので――
王子を、ぶん殴った。
彼は「ごふぅ」と情けない声を上げて後ろに吹っ飛ぶ。
「同意なく召喚した次は、同意なく猥褻行為するつもり!? どこまでもクソ王子ですね!」
「な、何故怒っているんだ!? 女というのは、俺がこうすれば皆喜ぶものだろう!」
「ああ、あなたはこの国では王子だから、身分につられて受け入れてしまう女性も多いのでしょうね。でも、恋人でもない相手に無断でキスしようなんて、それこそ犯罪です!」
どうせもう帰れないし、帰ったところでろくな未来が待っていないんだ。
だったらもう、どうにでもなれ。舐められてたまるか。
「な……!?」
馬鹿王子は、本当に私が喜ぶと思ってやったみたいだ。ガーンとショックを受け、打ちひしがれている。
「そう……か。俺は、王子という立場に、甘んじすぎていたのかもしれないな。周りは俺の行動に、肯定しかしてくれないから……」
(あれ。逆ギレするのかと思いきや、結構しゅんとしてる)
これはちょっと意外だった。正直また、処刑するぞとか言われるかと思ったのに(そう言われたところで、そうしたらこの世界は聖女を失うわけだから、ざまぁなんだけど)。
王子は、じっと私を見つめて――
「……お前のように、俺を恐れず物を言う女は初めてだ」
「あ、だからって私に惚れたとか言わないでくださいね。あなたみたいな犯罪者、絶対嫌なので」
「な……!?」
王子は更にショックを受けたようで、泣きそうな顔でぷるぷる震えている。え、もしかして図星? 半分は冗談だったんだけど。
「お兄様に、こんな恥をかかせて……! 許せませんわ!」
王女の方は、わなわなと震えてお怒りのようだ。というか、よくこんな男を「お兄様」なんて呼んで尊敬できるな。今の一連のやりとりを見ただけでも、幻滅してもおかしくなさそうなものなのに。
「許せないなんて、勝手に召喚されたこっちの台詞です。……とにかく、あなた達のせいで疲れたのでそろそろ休みたいです。清潔な部屋と衣服を用意してください。これからは一日三食と、一日八時間以上の睡眠は必ずとらせてもらいますから」
王女や他の人々は、明らかに眉を顰めながらも、何も言えないようだった。それだけ「聖女」という存在が特別なのだろう。
(今の私は聖女どころか、とんでもない悪女に見えているのかもしれないけど)
どう見られようが、どうだっていい。私は元の世界で、黙って我慢して、周りの言うことを聞いていても、いいことなんてないって思い知ったんだ。もう自分を抑えてなんてやるもんか。
「言っておきますが、私に手荒な真似をすれば、絶対に聖女の力は使いません。そうなれば、困るのはあなた方だということを、肝に銘じておいてください」