19・妹は偽聖女だとバレてきます
引き続きアリサと王女の話です。
アリサが街の人々を治癒した、翌日。王宮にて――
「王女殿下、大変です!」
王女が優雅にお茶をしていたところに、騎士がやってくる。
「なんですの、騒々しい」
「それが……昨日アリサ様に治癒していただいたという平民達が、王宮の周りに押し寄せているのですが」
「まあ、聖女の召喚者であるこの私に、礼がしたいというわけですの? 昨日の平民どもなんて汚らしい奴らばかりだったけど、金品は持ってきているのかしら」
「いえ、それが……。何やら全員、『治癒が完全じゃなかった』『こんなのおかしい』などと話しているのですが……」
「はあ?」
王女は眉を顰めつつ、アリサを連れ、護衛騎士を伴って外に出る。
すると、王宮の前には多くの民が集っていて、アリサを見るなり悲痛な表情を浮かべた。
「聖女様! 一体どういうことなのですか!」
「皆さん、落ち着いてください。一体何があったというのですか?」
アリサは「清純な聖女」として民達の前に出て行くが、人々はもう、ただ聖女を崇める視線では彼女のことを見なかった。
「アリサ様に治してもらったはずの場所に、また傷が浮かんできたのですが!」
「私も、呪いがぶり返して……」
「全然、回復なんてしていないじゃないですか!」
「アリサ様の前の聖女様……ミア様に癒してもらったという人々は、こんなこと起きていないと言っているのに!」
(はあ? 何か面倒くさいこと言い出したわね)
しかし民達の主張通り、アリサが昨日治癒したはずの傷や呪いは、彼らの身体にすっかり元通りになっていた。
「こんなの、おかしい……。アリサ様は、真の聖女ではないのでは?」
「ああ。ミア様は我々を蔑んだ目で見たりなどしなかったし、傷も呪いも完全に癒してくれたのにな……」
民達がひそひそとそう話しているのを、アリサは聞き逃さなかった。途端に目に涙を浮かべ、わっと泣き崩れる。
「酷いわ! あなた達は、お姉ちゃんの味方だったのですね!」
元凶は、自分の能力について理解もしていないのに、杜撰な治癒を行ったアリサだ。
能力について理解していなかったのだとしても、この時点で自分の力に疑いを持って、苦しむ民達に、別の医師や回復士を紹介するなりすれば、混乱は広がらずにすんだというのに。
アリサは「人々を救うこと」ではなく「自分が悪役にならないこと」を選び――そのために、罪のない人々を悪役に仕立て上げる。
「うぅ、皆さん、酷い……っ。私の治癒を受けながらも、本当は偽の聖女であるお姉ちゃんに肩入れしていたのではありませんか? 真の聖女を信じる、清い心がなければ、傷や呪いが完全に癒えることはありません。傷や呪いがぶり返したというのであれば、それは私ではなく、皆様の心に問題があるのです!」
(よくわかんないけど、こう言っておかないと、私が悪いことにされちゃうものねー)
「そ、そうなのか……?」
「私達が原因、なのか……?」
泣きながら言われてしまうと、民達も「もしかして自分達がおかしいのだろうか」と思わされ始めてしまう。アリサは、皆から見えない角度でにやりと口角を上げた。
ちなみに、当然だが真の聖女なのは、正当な方法で召喚されたミアである。
王女はアリサを召喚する際、宝物庫に封印されていた、禁断の魔石を使った。
禁断の魔石は、膨大な魔力を与える代わりに、世に混迷をもたらすものである。
ゆえにアリサは、世を混乱させる「偽聖女」として召喚された。
偽聖女であるから、怪我や呪いを完全に治癒することができない。少しの間だけ消すことはできても、時間が経過すれば元に戻ってしまうのだ。
だがアリサも王女も、そんなことを認めるはずがなかった。
「そうですわ、この私のやることに間違いはありませんもの。あなた達の心が醜いのが原因ですわ! 心を入れ替えて出直してらっしゃい!」
そうして二人は、民達を門前払いにした。
「まったく。税を納めるしか能がない愚民どもは、高貴な者のやることには逆らわずおとなしくしていればいいというのに」
「本当ですよね。きっと街の人達は、お姉ちゃんに上手いこと言われて、騙されているんです。お姉ちゃん、元の世界にいた頃から、酷いことばっかりだったので……」
「ええ、あの偽聖女は本当に最低な女でしたもの! でも恐ろしいことに、あの女は、怪我人から取り除いた怪我を異空間に保存しておいて、別の人間や魔獣に移せると言っていましたわ。いつ、また以前のように私を攻撃してくるか……」
王女は傷を移されたときのことを思い出し、ぞっと身体を震わせる。
しかし、何かに気付いたように目を輝かせた。
「そうですわ! あなたもあの偽聖女と同じように、傷を他人に移せるのではありませんの? それができるなら、あの偽聖女を簡単に殺してやれますわよ!」
王女はさっそく、何の罪もない騎士を呼んで、他の騎士に命じて縛り付け、実験台にすることにした。
「お、王女殿下、聖女様、お許しを……!」
「なんですの、その態度! 私達の実験台になれるのだから、感謝するべきでしょう!」
王宮の騎士達は、王女がミアに力を使われたときの、重症を負った姿を知っている。自分もあんなふうになるのかと考えると、恐怖に震えていた。けれど王女もアリサもそんなこと気にしない。
「さあ聖女、力を使いなさい。昨日平民どもから除去した傷を、この騎士に移すんですわ!」
「ええ! それじゃ……」
アリサは傷を移すよう念じるが、何も起こらない。
「何してるんですの! とっととやりなさい」
「やっているんです。なのに、何も起きなくて……」
アリサは所詮、偽聖女だ。ミアと同じ力を使うことはできない。二人はつまらなさそうな顔をし、実験台にされそうになった騎士だけが、ほーっと安堵の息を吐き出していた。
「あの偽聖女にすらできたことが、あなたにはできないなんて。本当に役立たずですわね!」
「な……っ。そ、そんなぁ。王女様、酷いですぅ~」
(よりにもよって、お姉ちゃんと比べられて、役立たずって言われるなんて! お姉ちゃんなんか、ずっと私の引き立て役だったのに……!)
アリサは内心で地団駄を踏みながらも、うるうると嘘泣きするが――
「まあ、この私に酷いなんて抜かしますの!? あなたも所詮あの偽聖女と同類ということ!? この私にそんな態度、許しませんわ! 次言ったら処刑ですわよ!」
「んな……っ」
ミアと違って傷を移すことのできないアリサは、王女に対抗する力がない。そのため、屈辱に震えながらも、謝るしかなかった。
「もっ……申し訳ございません、王女様……」
(こ、こんなはずじゃなかった! 私はもっと、聖女としてちやほやされるはずだったのに! も、もう嫌ぁ~~~~~!)
◇ ◇ ◇
同じ頃……王女達の様子を、陰から見ている者がいた。
(……イジャリーンが召喚した聖女というのがどんな者なのか、見極めようと思ったが。あの女はやはり、『真の聖女』などではないようだ)
ワンドレア王子である。彼は、アリサが真の聖女として広間に現れた際は、彼女がどんな能力を持っているかわからなかったので、どう行動すべきか迷っていたのだ。
しかし、昨日と今日とで様子を見ていただけでも、「やはりミアが真の聖女だった」と確信するには充分だった。ワンドレアの脳裏に、別れ際のミアの言葉が蘇る。
――『あなた達の愚かさに、罪のない国民が巻き込まれるのは、後味が悪いです。もしも本当に反省しているというのなら、少しは王子として、国民達を守るために行動したらいかがですか』
ミアのおかげで今までの自分の行いに疑問を抱けるようになったものの、ワンドレアはもともと傲慢な王子だった。「民のために」などと考えることは非常に苦手だが――それでもミアのことを思い出し、必死になって考える。
「俺は……民達のために一体、何ができる……?」
読んでくださってありがとうございます!
明日からはまたミアの話です!
悪役達の破滅が楽しみだと思っていただけたら、★★★★★をいただけますと嬉しいです!
既にくださった方は、本当にありがとうございますー!!