18・真の聖女であるはずの妹は、もう疲れ果てています
今回はアリサと王女の話です。
一方――ミアを失った王都にて。
現在のフェンゼルは、魔獣や瘴気による被害が凄まじい。ゆえに、「王都に聖女が現れ、傷や病を全て癒してくれた」というミアの噂は、瞬く間にひろがった。
伝令魔石は希少なもので一般平民は持っていないが、貴族や、ある程度裕福な商人であれば所持している。そのため――王都の外にも、ミアの話が伝わったのだった。
そうして、転移魔法や馬車によって、王都のまだ治癒を受けていない者や、他領の者が、ミアを求めて押し寄せたのだった。
「僕は数年前に魔獣に遭遇してから、ずっと呪いにかかっていて……聖女様の噂を聞いて来たんだ」
「俺も、聖女様に怪我を治していただきたいんだ! 聖女様はどこにいらっしゃるんだ?」
「聖女様は、王宮で暮らしていらっしゃるらしいぞ」
「王宮に行けば、聖女様にお会いできるのか!?」
民達がそんな会話を交わしていた、そのとき。
豪奢な馬車が王都の中央街に停まった。
馬車から出てきたのは、王女イジャリーンだ。王都の見張りをしている騎士達から、他領からの来訪者が押し寄せて街が混乱していると王宮に連絡があり、直々にやってきたというわけである。
「なんなんですの。汚らしい平民どもが束になって、騒々しい」
平民達は皆、その場に跪いた。王女に敬意を表しているわけではなく、そうしないと追放や処刑を言い渡されかねないからである。
「王女殿下……! 魔獣と瘴気の被害により、我々はもう限界です。我々は、王都に聖女様が現れたとお聞きして参りました。どうか、我々に聖女ミア様の癒しをお与えください!」
懇願する平民達を前に、王女は平気で言い放つ。
「ミア? あの女は生意気な偽聖女だから、ノアウィールの森に追放しましたわ」
ザワリと、どよめきがひろがる。平民達は皆、顔を真っ青にしていた。
当然である。怪我や呪いに苦しむ彼らは、一縷の希望を求めてここまでやってきたのに、それを打ち砕かれたのだ。
それに、ミアによって癒しを受けた人々は、ミアが偽聖女などではないとわかっている。聖女でありながら、王女のように自分達を蔑むことなく、誠実に接してくれたミアに皆、胸を打たれていた。自分達を救ってくれた恩を返すため、一生彼女についていこう、という思いを胸に秘めた者も少なくなかった。……そんな彼女が、追放されたというのだ。
ミアのことを知る者も、これから知るはずだった者も。大衆は皆、悲鳴にも似た声を上げた。
「ミア様を追放など……! どうしてですか、王女殿下!」
「あの御方は、本物の聖女様でした! 我々を癒してくださったのです!」
「聖女様がいなければ、この国はもう終わりではないですか!」
悲嘆に暮れる平民達を、王女は鼻で笑い飛ばす。
「あなた達は、あの偽聖女に騙されたのですわ。あの偽聖女は、この私に無礼な口ばかりきき、あまつさえこの私に傷を負わせた欠陥品です。王家に盾突くような者は、聖女などではありませんわ!」
「そんな……! 聖女様がいないなら、我々の呪いや毒はどうしたらいいのですか!」
「痛みが持続する呪いによって苦しんでいる者が、大勢いるのです!」
大勢の人々が泣き崩れそうになっていた、そのとき――
「皆さん、安心してください」
馬車の中から、声がした。王女の他に、もう一人乗っていたのだ。
そこから降りてきたのは――華やかなドレスに身を包んだ、アリサだ。
「私はミアの妹、アリサです。姉は偽りの聖女でしたが、私はイジャリーン様に召喚していただいた、真の聖女です。これからは、私が皆さんを癒します」
再び、民達はどよめきに包まれる。
「何を言っている。俺達を救ってくださったのはミア様だ。ミア様を偽りの聖女呼ばわりするような人間には頼らない。俺達は、ミア様の味方だ!」
既にミアの力で健康体となった人々は、アリサを信じず、勇ましくそう言った。
しかし――怪我や呪いを抱えてここに押し寄せた人々は、そうはいかない。
「私達には、一刻も早く治癒が必要なのです! アリサ様、どうか私達を癒してくださいませ!」
「お願いいたします、王女殿下、アリサ様!」
(ふふ、救いを求めて頭を下げられるのって、快感! お姉ちゃんてば、王宮に住んで聖女として暮らせる生活を捨てて出て行くなんて、馬鹿よね~)
アリサはそんなことを考えながらも、上辺だけは可憐な笑みを浮かべてみせる。
「大丈夫ですよ。私に任せてくださいね」
そう言って彼女は、「痛みが持続する呪い」によって身体の各所が紫色になった平民の前に出るが――
「うわっ、何コレ気持ち悪……」
「――え?」
呪われた民の姿を見て、思わず、そんな暴言を呟いてしまった。
途端に、周囲で、アリサが本当に聖女なのか見極めようとしていた人々が眉を顰める。
「ミア様はそんなこと言わなかったのに……」
「呪いにかかった者の前で『気持ち悪い』と言うなんて……」
アリサよりミアの方が優しかった、と言う民達に、アリサは内心で舌打ちをしつつ、瞳を潤ませる。無論、嘘泣きだ。
「私、そんなこと言っていません! 皆さん、そんなに私を陥れたいのですね……」
「平民の分際で、私が召喚した聖女に文句があるんですの!? あなた達、不敬罪で処罰しますわよ!」
たちまち、民達は「申し訳ございません」と王女に頭を下げる。
アリサは心の中で舌を出しつつ、引き続き平民達の治癒をすることにしたが――
(えーと? 聖女の力って、どう使えばいーの?)
城の騎士達から、真の聖女様だと持て囃されてすっかりその気になっていたアリサだが。今までその力を使ったことはないし、自分の力についても全く知らない。
(ま、適当でいっか!)
「私は真の聖女。私の力で、呪いが治りますよーに」
アリサがそう唱えると、目の前の男性から呪いが消えた。
(やった! やっぱり私って、真の聖女なのね~)
「聖女様、ありがとうございます」
その男性は頭を下げるが――アリサは眉間に皺を寄せた。
「お、王女様……」
「どうしたんですの、聖女」
「この人達、皆、酷い臭いで……私、こんなの耐えられません」
それもそのはずである。この国では、王族や貴族、騎士など身分の高い者は風呂に入ることもできるが、貧しい平民にとっては風呂など贅沢な行為だ。王族は贅沢三昧しているというのに、平民の衛生環境は劣悪そのものだった。
ミアも平民達の悪臭については気付いてはいたが、わざわざ口には出さず、浄化の力で彼らを清潔にし、臭いを消していたのだ。毎日必死に労働して、それでも風呂に入ることもできず、呪いに苦しんでいる人々に面と向かって臭いと言うなど、失礼であるとわかっていたから。
しかし王女は露骨に顔を顰め、鼻をつまんでみせる。
「まったくですわね。街には久々に来ましたが、平民は汚らしくてたまりませんわ。外に出るなら、香水くらいつけるのがマナーでしょう」
「王女殿下。我々平民には、そんな高価なもの、手が届きません」
「ふうん? 平民って本当に貧しいんですのね。ああ、嫌だ嫌だ。やっぱり平民達の街なんぞ、この私の来る場所ではありませんわね!」
王女は、平民達を見下しきって高笑いを浮かべる。普段、その平民達からの血税によって暮らしているにもかかわらず、だ。
「聖女、まだですの? まったくトロいですわね! こんな連中の治癒、とっとと終わらせなさい! 私、早く帰ってお茶にしたいですわ」
(――はあ? あんたが召喚して、この国のために働いてやってるのに、何その言いぐさ?)
アリサもムッとするものの、「清純な聖女」を演じるべく、笑顔で答えた。
「……はい、王女様。もう少し待っていてくださいね」
しかしアリサはミアのように広域治癒もできず、行列を作る民達を、一人一人治癒していくことしかできない。しかも、ミアのような膨大な魔力はないため、すぐに疲労困憊してしまった。
「あ、あの……王女様。私、もう限界です……休みたいのですが……」
「何言ってるんですの? まだまだ平民達が列になっているでしょう! 聖女に休みなんてありませんわ、キリキリ働きなさい!」
(は……はああ~~~? 何よそれ、聖女ってもっとちやほやされるものでしょ!?)
アリサは怒りの限界で、その場に倒れる演技をした。
「本当に、もうダメです……私、身体が弱くて……」
「はあ? まったく役立たずですわね。明日からは、もっと働くんですわよ! あなたは私が召喚した聖女、私の道具なのだから。このくらいで倒れるなんて、召喚者である私の恥になるでしょう! この愚図!」
「は……はぁい……」
アリサはひくひくと顔を引きつらせながらも、ここでキレたら「清純な聖女様」としての自分が台無しになってしまうと考え、我慢した。
(何なの、この女! これからこんな女と同じ王宮で暮らして、働かされなきゃいけないの!? 最っ悪……! もしかして、出て行ったお姉ちゃんの方が、正しかった……?)
アリサは絶望しながらも、王女とともに王宮に戻った。
だが、そもそもアリサは能力開示で自分の能力を確かめたわけではなく、適当に力を使っているだけにすぎない。――不当な方法で召喚されたアリサの力は、所詮偽物でしかなかった。
そのため、アリサが「真の聖女」だという噂は、あまりに短時間で、呆気なく砕け散ることになる――
読んでくださってありがとうございます!
最終的に悪役は破滅し、罪のない人々は救われますのでご安心ください!