17・追放先で聖女の力を使います
私とヴォルドレッドは王都の魔法施設から、魔法陣によって転移してきた。ノアウィールの森に最も近い、ベリルラッドという村の魔法施設だ。建物内であるという点はさっきと同じだが、室内の造りが違うし、魔法官さんも別人である。
こちらには魔法官さんだけでなく――騎士のような人達もいて、魔法陣の周りを囲んでいた。
(何? 王女の命令? 私達はやっぱり、処刑ってわけ……?)
一瞬警戒したものの、十数人の騎士達は、その場に膝をついて――
「ヴォルドレッド様。ご無事で何よりです」
魔法官も騎士達も、深く、彼に頭を下げた。
「私達が最後に見たヴォルドレッド様は、王女殿下の無理なご命令により単身で魔獣の群れと戦い、ひどく傷ついたお姿でしたので……御身を案じておりました」
以前ヴォルドレッドは、王都から転移魔法でここへ送られ、呪いの効果でノアウィールの森へ行かされて、魔獣の群れとの激闘の末、勝利はしたが瀕死になって……。魔法の鏡でそれを見て笑っていた王女が、別の騎士に命じて彼を回収し、私の前に転がした。それが、私とヴォルドレッドが出会ったときの経緯だ。
ヴォルドレッドは頷いて、騎士達に語る。
「ああ。確かに私はあのとき、死の淵を彷徨っていた。だがこちらの聖女、ミア様が、私を癒してくださった。傷を癒すばかりか、呪いからも解放し……暴虐的な王女に、私の痛みを思い知らせてくださった。ミア様が、私を救ってくださったのだ」
(……そんな真顔で言われると、恥ずかしいのだけど)
「そうだったのですね。ヴォルドレッド様が救われて、本当によかった……。聖女ミア様、私達からも感謝申し上げます」
「いえ。私は、私のために力を使っただけですから。というか、その……」
「なんでしょう?」
「……私は王女に、偽の聖女であると追放されて、この地からノアウィールの森へ行くため、転移してきたのですが。皆さんは、私についての報告は聞いていないのですか?」
(傲慢な偽聖女として追放された、と聞いていたら、もっと敵意を向けてくるはずだと思うけど……)
すると、私の問いに答えたのは、この地の魔法官さんだ。
「王宮魔法官より、伝令魔石で、ミア様のことは報告されております。ですが……この地の者達には、大体の事情はわかりますから」
「え?」
「ここはこの国フェンゼルの最北の村、ベリルラッド。凶悪な魔獣の巣窟、ノアウィールの森に最も近い村でもあります。早い話が、この国で最も危険な村です。そんなこの地には、王家に疎まれたり、不興を買ったりして王都から追放された者が集まっています。
ですが、王家が王都追放を言い渡す理由はいつも理不尽なものであると、実際に追放された我々は知っています。王家の方々は……国益のためを考え、礼儀も備えた真っ当な進言をした者をいつも『不敬だ』と言って、この地に送ってきますから」
(そうか……私以外の人間にも、いつもそうだったんだ。……本当に腐敗した王家だな)
「それにヴォルドレッド様は、この国のために、この地でもずっと戦ってきてくださいました。そのヴォルドレッド様がミア様に救われたとおっしゃっているのですから、私達もミア様を信じます」
「はい。何せこの地は頻繁に魔獣の襲撃に遭いますから。この地にも魔獣討伐騎士団は滞在しておりますが、我々の手に負えない魔獣が出現した際、王都から転移魔法によって、ヴォルドレッド様はいつも駆けつけてくださいました」
「……別に私の意思で行ったことではないが」
ヴォルドレッドは、小さくそう呟いた。彼は呪いによって王家の命令に逆らえず、「戦わされていた」だけだ。それを感謝されるのは、彼にとっては複雑なのかもしれないが――
「まあ、それが巡り巡ってミア様の味方を増やすことに繋がったというのであれば……意味は、あったのだろう」
本人がそう納得したみたいなので、私も少し安堵する。
いや、呪いによって強制的に戦わされていたなんて、明らかに理不尽ではあるけど。それでも、何の意味もなかったと思うよりは……彼の中でほんの少しでも、意味のあることになったというのなら、よかった。
するとこの地の騎士さん達は、更に王族とヴォルドレッドについての話をしてくれる。
「あの日……王女殿下の脅迫めいた命令により、私達はヴォルドレッド様にご同行することが叶わなかった。ドラゴン級の魔獣の群れを一人で討伐するなど、いくらヴォルドレッド様でも厳しいと、王女殿下だってわかっていたはずなのに。結果、ヴォルドレッド様はなんとか魔獣を倒したものの、ご自身も重傷を負われてしまって……」
「殿下達は王宮で、護衛達に守られて暮らしているから、わかっていない。魔獣がどれだけ恐ろしいか、それに対抗する力を持つヴォルドレッド様が、どれだけ稀有な存在か。ヴォルドレッド様の価値をわかっていないから、死んだら代わりを用意すればいいと思っている。ヴォルドレッド様ほどの騎士など、この国のどこにもいないというのに」
(ヴォルドレッド、そんなに強かったんだ……)
そんな相手を軽んじるなんて、あの王女は本当に浅慮だ。従属の呪いがあるからといって、ヴォルドレッドを完全に舐めていたのだろう。
あの王女は、聖女である私に対してもそうだった。自分のプライドに固執して、目先の憂さ晴らしに夢中になり、国民の利益など考えてもいないのだ。
「……ともかく。ミア様、ヴォルドレッド様。この地は、あなた方を歓迎いたします」
この地の人達は私達に友好的で……しかも「あの王族達に追放された」人達だというのであれば、信頼できる。何せ、あの王女達に追放されたということは、まともな価値観を持っているということだろうし。
「あらためまして、私はミアです、よろしくお願いします。私は、私を道具のように利用しようとする者を嫌悪していますが……。道具でなく一人の人間として接してくださるなら、聖女の力を使います。怪我や病、呪いや毒に苦しんでいる人がいれば、言ってください。除去しますので」
そう告げると、皆さん達は心の底から救われたような笑顔を浮かべた。
「本当ですか! なんとありがたい!」
「この地には、魔獣や瘴気の被害で苦しんでいる者達が大勢いるのです! 聖女様にそう言っていただけるなんて、この上ない幸せです!」
「ただ、除去した傷や呪いは、私が聖女領域に保存して、有効活用させてもらいます」
「構いません。こちらとしては、怪我や呪いを取り除いていただけるなら、本当に助かるのですから」
そうして私は、この地でも王都と同じように、人々の傷や病を除去した。
「痛みがなくなりました! 聖女様、誠にありがとうございます!」
「ずっと苦しくて、もう回復することはないと思っていたのです。それが、こんな……ああ、生きていてよかった!」
「こんなに身体が楽になるなんて……聖女様のおかげです!」
皆、とても喜んでくれた。その笑顔につられて、私も笑顔になる。
煌びやかな調度品も、ふかふかのベッドもなくたって。王宮での暮らしより、ずっと満たされる気がした――
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