16・元恋人は自ら破滅していきます
今回は元カレの現在の話です。
一方、その頃……一人の男が、呆然としていた。
「こ、ここはどこだ……?」
ミアの元彼である、上岸真来だ。
彼は、王女が「真の聖女を召喚してやる」と、禁断の魔石を使って無理矢理アリサを召喚した際、彼女の傍にいたため、いわゆる「巻き込まれ召喚」で異世界に転移してしまった。
ただ、アリサが一応聖女として王宮に召喚されたのと違い、何の能力もスキルも何もない真来は「余計なもの」として、別の地点に排出された。どこかの森の奥だ。周りに人の姿はなく、真来には何が起きたのかさっぱりわからない。
「なんで俺はこんなところに……? さっきまで、アリサの家にいたはずなのに」
わけがわからないが、風が冷たくて、寒い。とにかく誰か人に会えないかと、真来は歩き出す。
だが、歩いても歩いても同じような景色が続くだけで、人間には一人も会えなかった。それどころか――
「ぎゃあああああああああああああ!?」
人間を丸呑みできるほどの巨大な蛇――蛇型の魔獣に遭遇し、泣き叫びながら必死で逃げた。
どうにかこうにか、ヘトヘトになりながらも魔獣から逃げ切ったものの……。長時間歩いていたうえに必死で走って、喉はカラカラだし、腹はぐうぐうと音を立てて空腹を叫んでいる。
「は、腹が減った……」
(……美亜の手料理が食べたい)
美亜が作ってくれた、温かな味噌汁や煮物、炒め物。
SNSで見るようなキラキラしたものじゃない、素朴なものだからなんだかダサい気がして、本人の前で褒めたことはなかったが。今思い出せば妙に懐かしく、心に染みる感じがして、また食べたいと思う。
だがもう、二度と食べられることはないのだ。――アリサと浮気して美亜を捨てたのは、他でもない真来自身なのだから。
ぐったりと肩を落としながら、それでも足を止めるわけにはいかない。止まれば、またわけのわからない化け物に襲われそうで、真来は疲れた足に鞭打つようにして、なんとか森の中を歩き続ける。それでも、何時間も経つと、いいかげん限界が訪れて――
「も、もう駄目だ……休憩……」
真来は、倒れ込むようにして、大きな木の根元に寝転んだ。すると――
「ぎゃああああああああああああああああああ!?」
魔獣に、腕を咬みつかれた。
さっきのような巨大な魔獣ではない、手乗りサイズの小さな魔獣だ。それでも牙は鋭く……咬まれた箇所からは、強い痛みだけでなく、異様な違和感がある。
「ぎゃあああああああっ! ひぎゃあああああああああああああああっ!」
(な、なんなんだ。俺、死ぬのか……!?)
「い、嫌だぁ、なんで俺がこんな目に! 死にたくない~!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、そう叫んだ瞬間――
「おい、大丈夫か!?」
真来は悪運強く、この世界の、通りすがりの剣士に発見された。剣士は魔獣を退治してくれた。
「あ、ああ、助かった~~~!」
「まったく。森の中を、武器も持たずにうろつくなんて……。お前、見たことない顔だが、どこから来た?」
「に、日本から……」
「ニホン? どこだ、それは?」
召喚されたせいか、なんとか言葉だけは通じるようだったので、真来はその剣士と話し……。この世界に日本なんて国はない――どうやらここは、異世界であるとわかった。すると剣士は、こう言ってくれた。
「よくわからないが、お前、元の世界に帰れないんだな。だったら、この近くに俺も住んでる村……マズボルって村があるから、滞在していて構わないぞ。住処は、村外れの共同住居を使って構わない。だが、自分の食い扶持は自分で稼いでくれよ!」
真来はひとまず助かった、と思ったものの――その村に着いて、絶望する。
剣士の言っていた「村外れの共同住居」というのは、ボロボロの、狭い納屋のような場所だ。隙間風が酷く、エアコンなんて当然なくて、常に寒すぎる。ベッドもなく、固い床に薄い布だけで寝る。しかも、見知らぬ異世界人の男達と雑魚寝だ。ここには風呂なんて贅沢なものはないので、その男達からは常に異臭が漂っている。
とはいえ真来は助けてもらった身であり、ここを追い出されたら行き場がないので、文句を言うわけにもいかない。
本当に単なる巻き込まれ召喚であり、「実は特別なスキルがありました」なんてことは一切ないため、魔獣に咬まれた腕を治すこともできず、ズキズキと痛みっぱなしだ。しかもその箇所は、魔獣の牙の魔力によって「怪我がずっと治らない呪い」にもかかっているようである。
腕は痛いのだが、村全体が貧しいため労働せざるをえず、毎日畑を耕したり、重い荷物の運搬をすることになった。しかしそんな重労働をこなしても、食事は一日二食の粗食のみ。
嫌がらせをされているわけではなく、この村では、それが普通なのだ。村人達は皆似たような生活を送っている。村人達には当たり前の日常でしかないので、真来が嫌そうな顔をしても「何がそんなに嫌なんだ?」と首を傾げるばかりである。
(くそぉぉぉ……。何かちょっとくらい、いいことないのかよ!?)
むしゃくしゃした真来は、せめてもの気晴らしのため、村の女の子に声をかけることにした。少し前までは美亜のことを想っていたはずなのに、村での暮らしに鬱憤が溜まり、誰でもいいから発散したくなったのだ。
結局、真来はどこまでいっても浮気男である。「ごめん、もう二度としないって!」と泣きついて約束しても、平気で約束を破るタイプだ。一度は反省しているように見せても、その反省は一過性であり、ほとぼりが冷めればまた勝手なことをする。
「君、可愛いね。俺とデートしない?」
「え? いえ、私、恋人がいるので」
「そんなのどうでもいいじゃん! 俺は気にしないよ?」
私が気にするんだよ、と、相手の少女は内心でツッコミを入れた。
「ふざけないでください。あなたみたいな人、絶対に嫌ですから!」
「なっ!?」
少女の、大声での拒絶で、なんだなんだと村人達が集まってくる。村人達に白い目で見られ、真来は逆上した。
「もう嫌だ! 俺は異世界人なんだぞ! 特別な存在なんだ、もっとちやほやしろよ!」
「じゃあ異世界人って、何ができるんだ?」
「え? な、何って……」
「そうだ! 異世界の料理のレシピとか、知ってるんじゃないのか? 野菜や茸を、いつも焼くか煮るかで食べているから、他の調理法があるなら知りたいんだが」
「そ、そう言われても……」
真来は料理なんてずっと美亜か母親にやらせていたので、レシピなんてさっぱりわからないし、包丁を持ったところで上手く使えない。
(こ、こんなことなら、もっと料理とかやっておくんだった……!)
屈辱そうに真来が黙り込んでしまうと、村人達は苦笑して息を吐いた。
「なんだ、マクルは何もできないんだな」
「というか、恋人のいる女に手を出そうなんて最低だろ」
「女の子を口説く暇があるなら、もっと働けよ」
自分より文明の低い、格下だと思っていた村人達からそう言われ、真来は涙目で逆ギレする。
「ちくしょー! いい加減にしろ! もうこんな場所にいられるか!」
そうして真来は、自ら村を出て行って――当然ながらまた森の中を彷徨い、酷い目に遭うのだった。
読んでくださってありがとうございます!
ちなみに元カレの名前の由来は、上岸真来→うわきしまくる→浮気しまくる、です。