15・助けようとしてくれた人は、救います
後悔しても知りませんよ、と最後通告をしたが、王女は「強がり言ってますわ」と愉快そうに笑うだけで、私を広間から追い出した。
(まあいいわ。私を追放したら、破滅に向かうのはあっちだもの)
あんな我の強いアリサと王女が、相容れるはずがないだろう。化物同士みたいなものだし、どっちが勝つのかはわからないが、どうせどこかでぶっ壊れると思う。正直、それはちょっと見てみたい。
そんなことを考えながら、ヴォルドレッドと、城の正面扉から外に一歩出たところで――
「待て、聖女!」
私を引きとめる声がした。声の主は、ワンドレア王子だ。傍に王女や他の人達の姿はなく、一人で私を追ってきたらしい。
「ほ、本当に城を出て行くのか? 大丈夫なのか?」
「はい。むしろ、大丈夫ではないのはそちらでは?」
「強がる必要はない。わざわざ危険なノアウィールの森になんか行かなくても、俺なら君が住む別邸くらい、用意できるが……?」
(……何? 初対面であれだけ失礼なことをしておいて、いまだに謝罪もしていないのに。今更心配しているとでもいうわけ?)
思惑が読めず、どう返答するべきか考えていると、ヴォルドレッドが私の前に出た。
「何が言いたいのです。あれだけの無礼を働いておきながら、まだ愛妾としてミア様を囲おうとでも?」
「い、いや、だから、その。聖女を召喚したのは、俺の責任だから……えっと、その……。お、俺の傍に置いてやってもいい、というだけだ!」
彼の言葉に、私ははっきり告げる。
「お断りします」
「は!? な、何故だ!?」
「だってあなたは、私のことを心配している素振りを見せながら、皆の前では、あの王女のことを止めなかったでしょう」
「そ、それは……だが、その……」
(歯切れが悪いわね。でも『俺の責任』とか言っているあたり、一応、少しくらいは反省しているのかしら?)
この王子は私をこの世界に引きずり込んだ張本人だし、こちらが気を使う理由はない。この男は断じて善人ではない。
だけど、もし。もしもこの王子に、ほんの僅かでも、今後の在り方について、迷いが生じているというのなら……。
「私は私の力で生きていきますから、あなたの力は必要ありません。私がいなくなった後のことも、知ったことではないです。――ただ。あなた達の愚かさに、罪のない国民が巻き込まれるのは、後味が悪いです。もしも本当に反省しているというのなら、少しは王子として、国民達を守ることを考えたらどうですか」
王子は、青い瞳を見開いて私を見つめる。
これ以上、言うことはない。私は彼に背を向けた。
「――それでは、さようなら」
◇ ◇ ◇
そして私とヴォルドレッドは、王宮近くの、転移魔法陣がある魔法施設へやってきた。
「この魔法陣を使えば、ここからノアウィールの森に近い村まで瞬間移動できるのね」
転移は高度魔法であるため、専用の魔法陣がある場所にしか移動できないらしい。そのため、直接ノアウィールの森に行くことはできず、まずはその傍の村に転移する必要があるのだとか。
「ええ。これでようやく邪魔者が消え、二人で静かに暮らせますね、ミア様」
「……別にあなたまでついてくる必要はなかったんだけど」
「何をおっしゃいます。このヴォルドレッド、どこへでもミア様にお供いたします。火の中であろうと水の中であろうと」
「そんなところに行く予定はないけど……まあ、気持ちはありがとう」
(ヴォルドレッドなら、本当に火の中でも水の中でもついてきそうだな……)
さすがに私も、誰一人会話相手がいない状態の森暮らしは閉塞感がありそうだし。話し相手として、一応味方の人が傍にいてくるのはいいかもしれない。
床に描かれた大きな魔法陣を眺めていると、魔法官の人がこちらに寄ってきた。王家に仕える者で、騎士と同じように戦闘を主とする人達を王国魔術師、その他の補助魔法を主とする人々を魔法官と呼ぶらしい。武官扱いか文官扱いか、のような違いなのだとか。転移魔法陣のある場所には、魔法官が常駐しているものなのだそうだ。理由は、単純に使用に魔力が必要なのと、あとは犯罪者が転移してくるのを防ぐためらしい。
魔法官さんはなぜか、私の前に膝をつく。
「ミア様。街の人々を救っていただき、誠にありがとうございました」
「え? いえ。私は、自分のためにやっただけですから」
「謙遜なさらないでください。街に住んでいる私の友人も、ミア様のお力で救われたそうで……。私はミア様が偽聖女などではないと、わかっています。なのに、追放されてしまうなど……」
話を聞くと、この魔法官さんは、王宮魔法官から伝令魔石で「偽聖女を追放せよ」とついさっき命令を受けたそうだ。私を、別の場所でなく、間違いなくノアウィールの森の傍に転移させるために。
「よりにもよって、ノアウィールの森など……危険すぎます。ミア様。王宮には内密にしますので、どうか……どうか別の場所へ転移してくださいませ……!」
魔法官さんはぐっと拳を握りしめ、微かに身体を震わせていた。
「……大丈夫です。私は聖女の力があれば、どこでもやっていけますから。ただ……ちょっといいですか?」
「はい……?」
私は足元の魔法陣を、聖女の力で鑑定した。
現在この魔法陣では、一度につき一人しか使えず、消費魔力も高いみたいだ。何十、何百という人を一度に転移することはできない仕様だった。
なので魔法陣に対して、聖女の力の一つ「能力向上」を使った。聖女の加護で、魔法陣の効力を増幅させたのだ。
「聖女の力で、魔法陣の強化をしました。これで、一度に百人程度の人まで、王都から転移できるようになりましたので」
「え!? ほ、本当だ……明らかに強力になっている! す、すごい……!」
「もし王族の暴虐さによって、王都の人達が被害にあってしまったら、私のもとへ来るように言ってください。罪のない人々が苦しむ羽目になるのは、気分が悪いですし」
(一応、王子にもああ言っておいたものの……。多分だけど、あの王子では、王女とアリサの暴走を止めきれないだろうし。救いの道は、多い方がいいでしょう)
「どこまでもお優しい……! ミア様、本当にありがとうございます……!」
「いえ。……それから、足を見せてください」
「え?」
「あなたも、瘴気の呪いを受けているのでしょう? 除去します」
街で人々を癒したこともあり、なんとなく呪いの気配がわかるようになってきた。魔法官さんのズボンで隠れている部分だけど、きっと呪いがあるはずだ。
「そ、それは……。しかし、そんなことをしていただくわけにはいきません」
「どうしてですか?」
「どうしても何も、私は、今から転移魔法でミア様を追放する身。なのに、ミア様に救っていただこうなど……あまりにも、おこがましいです」
確かに、私は今から追放先へ転移するわけで、そのために魔力を使うのはこの人だ。だけど……
「……あなたは私を、別の場所に逃がそうとしてくれましたから」
そう告げると、魔法官さんは大きく目を見開いて、私を見る。
「そんなことがバレたら、あなたが王女に処刑されてしまうだろうに。だから、震えていたんですよね? それでもあなたは、私を危険な森ではなく、別の場所に転移するよう提案してくれました」
私は聖女だから今まで無事だっただけで、普通の人が王女に逆らえば、とても酷い目に遭わされてしまうのだろう。この人には、王族を止めることなんてできない。それでも、せいいっぱい、私を守ろうとしてくれた。
(この国には、王宮の奴らみたいなゲスだけじゃなく、ちゃんと優しい人もいる。……そう思わせてくれただけでも、充分だわ)
「私は、私を支配しようとする人間には徹底的に抗います。だけど……誠意をもって接してくれる人には、誠意で返します。誠実さを平気で踏みにじるような人間には、なりたくないから」
無償労働には反対だけど、アリサや王女のような自分勝手な人間にはなりたくない。
誰のためでもなく、自分を誇れる自分であるために、私は私の力を使う。
「ミア様……」
「さ、足を出してください。力を使います」
魔法官さんがズボンを捲り上げると、右足が紫色に染まっていた。じくじくと痛み続ける呪いのようだ。今までずっと辛かっただろう。私は力を使い、呪いを除去する。
「ああ、痛みが消えた……! 呪いがないと、こんなに楽だなんて。ミア様、本当にありがとうございます! この御恩は、一生忘れません……!」
魔法官さんは、目に涙を浮かべて何度もお礼を言ってくれた。
そうして私達は、王都を去ることになったけれど。
魔法官さんは私達が転移する最後の瞬間まで、深く、私に頭を下げていた――
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