14・ゲス野郎は斬ります
「か、家事を全部姉に押し付けていた?」
「ゴミ屋敷? あの美しい方が……?」
周囲の人々はザワザワする。アリサは一瞬顔を真っ赤にしたが、すぐ被害者モードに入った。
「酷い、そんな嘘をつくなんて……! 私、そんなことしていません! 皆さん、信じてください!」
周囲の人達は顔を見合わせ――「生意気」な私よりも「可憐」なアリサを信じることにしたようだ。
「危うく騙されるところだった。皆、偽聖女の言葉なんて信じるな!」
「あんな嘘までつくなんて、やはり偽聖女は最低だ!」
「家族なんだろう!? どうして真の聖女様を思いやってやれないんだ!」
何も知らないくせに、無関係の外野が、上辺だけでわかったような気になって。「自分の目から見てかわいそうな方」に肩入れして、無責任に口を出すだけで正義ぶって。……本当に愚かだ。
「皆さん、私のことはいいんです。私、お姉ちゃんにこういう扱いをされるの、慣れていますから……。でもお姉ちゃん、私、王女様から聞いたの。この国の人達は、とても困っているのでしょう? なのにお姉ちゃんは、王女様の言葉を全然聞いていないのよね……? どうして皆さんの力になってあげないの……?」
「強制的に召喚されて無償労働しろなんて、理不尽でしょう。不当な命令に従う筋合いはないというだけ。最初から相応の条件を提示して、礼儀を持って対応してくれたら、聖女の力を使っていたわ」
「そんな……見返りを求めるなんて、卑しい行為だわ。困っている人を助けるのは、人として当然でしょう?」
「元の世界で、自分の子どもすら育てず、私に全部押し付けておきながら、よく私に向かって恥ずかしげもなくそんなことを語れるわね。あなたが、私が困ったときに私を助けてくれたことなんて一度もないでしょう」
「お姉ちゃん、またそんな嘘をついて、私を陥れようとするの? 酷いわ……」
「嘘なんてついてないわ。大体、あなたまでこの世界に来たなんて……子ども達は大丈夫なの?」
(こっちの世界に来てから、それだけは、本当に気がかりだったのよね……)
「うぅ……子ども達は、旦那さんが連れていっちゃったのぉ。酷いでしょう……?」
「え!? よかった……! じゃああの子達は、アリサの魔の手から逃れられたのね! アリサ、子ども達のこと、将来の世話係としか思っていなかったものね! 安心した~!」
心からほっとして胸を撫で下ろすと、アリサはピシッと固まる。周りの人達はまたザワザワする。
「子どもを連れ去られた母親の前で、あんなふうに喜ぶなんて!」
「偽聖女はやはり冷酷だ!」
いいかげんうるさいので、私は彼らに対しても口を開く。
「あなた達は私達の事情なんて何も知らないのに、そうやって断片で判断するのは軽率です。大体この王宮の人間は、元の世界の私の母から、私とアリサという子どもを連れ去った誘拐犯でしょう」
「な……」
全員、口をパクパクさせていた。アリサはわっと泣き崩れる。
「お姉ちゃん、どうしてそんなに酷いの……!? 私、とってもとっても悲しいのに……!」
いつもの調子で、また私が「最低ないじめっ子」みたいにされそうになった、そのとき――
鋭い殺意を宿した瞳が、アリサに向けられた。
「さっきから黙っていれば、ミア様を愚弄する発言の数々……聞くに堪えない」
低い声でそう言ったのは、ヴォルドレッドだ。
「なっ、なあに? あなたは、だあれ?」
「私はミア様に救っていただいた、ミア様の騎士、ヴォルドレッド。ミア様を侮辱する者は、何人たりとも許さない」
「そんな……あなたは、お姉ちゃんに騙されているんだわ!」
「騙されてなどいません。ミア様は最初から至極真っ当なことを言っています。そんなミア様を酷いと責めるなど……万死に値する」
ヴォルドレッドは今にもアリサに斬りかかりそうで、他の騎士達は、慌てて彼に向け剣を抜く。
「騎士団長! なぜ偽聖女なんかに味方するのですか!」
「あなたはこの国のために戦う、騎士の鑑だと思っていたのに! 見損ないました!」
騎士達がヴォルドレッドを罵っていると――その中から、一人の男が、はーっとため息を吐きながら前に出てきた。
「もういいだろう、そんな奴。今までは、ちょっとばかり活躍していたから騎士団長だったが、単なる呪われていた操り人形でしかなかったんだよ」
さっきから「貧相な偽聖女と比べて、真の聖女様は可愛いな」「偽聖女は最低だ」などと連呼していた騎士だ。
「そんなクソ生意気な女を庇うなんてどうかしている! どうせ嘘つき女と身体の関係でももって、誑かされたんじゃないのか? こんな貧相な身体つきの偽聖女なのに、アッチの方は随分イイみたいだなぁ。一回くらいなら俺も試してみたいが……。ともかく、王女殿下にはお前なんか用済みだ。お前を処分して、騎士団長の座は、俺がいただく!」
(な、なんてゲス騎士……)
ゲス騎士は、ヴォルドレッドに向け剣を振るう。威嚇などではなく、本当に彼の命を狙った攻撃のようだった。しかし、ヴォルドレッドはいとも簡単に避ける。そうして、彼も剣を抜こうとしたところで――
「やめて、争わないで!」
無駄に高い声でそう言ったのは、アリサだ。
「ヴォルドレッドさん、剣なんか抜いちゃ駄目。暴力なんてよくない、話し合えばわかるわ」
(いや、なんでヴォルドレッドの方に言うの。先に彼を殺そうとしたのはあっちでしょう)
しかしアリサは目をうるうるさせ、可憐な演技で語る。
「大丈夫、私にはわかるわ。あなたの心は傷ついているのね。本当は皆と仲良くしたいんでしょう? 寂しい心を抱えていたら、お姉ちゃんにつけ込まれてしまっただけで……あなたは優しい人よ。本当は私達を攻撃したりできないって、私は信じてる」
アリサのヒロインムーヴに流されるように、周りの人達もハッとしていた。
「そ、そうだ。真の聖女様が言うなら、そうに違いない」
「ああ、何せ真の聖女様のお言葉だからな!」
「そうですわ、ヴォルドレッド! あなたはずっと私の忠実な騎士だったんですもの。仲間を傷つけるなんて、できるわけないですわよね!」
室内にお花畑のような空気がひろがっていく。ゲス騎士も、ドヤ顔で言った。
「ああ、騎士団長。真の聖女様のお言葉で、偽聖女の洗脳から解けただろう! 俺を傷つけるなんてできないよなぁ? やれるもんならやってみろよ!」
「はい、では遠慮なく」
ズバッ。ヴォルドレッドの攻撃で、ゲス騎士が倒れた。
「「「ええええええええええええええええええええええ」」」
全員、目玉が飛び出そうだった。
「何してるんですのー!!」
「やれと言われたのでやったまでです」
「今のは、普通やらない場面でしょう! 本当にやる馬鹿がどこにいますの!」
ヴォルドレッドは眉一つ動かさず、淡々と語る。
「最初に私を殺そうとしたのはそちらです。まして彼は、戦いの世界に身を置く騎士……それも、自分が騎士団長になろうとしていた人間。自分から斬りかかったなら、斬られて当然。それを防げなかったということは、そこまでの男だったというだけです」
それはそうだが容赦がなさすぎる。斬られた騎士は、無惨に床に転がっていた。
「し、真の聖女様! 彼を助けてやってください!」
「う、うげぇ……キモ……」
アリサはどん引きしていて使い物にならなさそうだ。仕方がないので、私がゲス騎士の傷を除去してやった。癪だけど、このまま私達が殺人犯みたいになるのも嫌だし。
まあヴォルドレッドも、私がいれば傷を除去できるからやったのであって、殺すつもりはなかったのだろう。皆の前で聖女の力を使えば、私が本物だって証明にもなるし、あと私の攻撃力も上がるし。
うん、聖女である私がいるからやったんだよね? 本当に殺す気はなかったよね? ――それ以上は怖いから考えるのやめよう。
とにかく、ゲス騎士は無事だ。起き上がり、涙目でヴォルドレッドを見る。
「し、信じられない。悪魔、鬼畜……!」
「ミア様は何もしていなくても追放されるんですよ? それは理不尽です。だったらいっそちゃんと反撃してから追放された方が、気が晴れるでしょう。私の」
「お前のかよ!」
「貴様の先程の暴言は卑劣極まりなかった。殺されても文句は言えないはずだが?」
(まあ確かに、身体がどうのとかいう発言は、あまりにも最低だったわね)
なんだかもう収拾がつかなくなっていたところで、とうとう王女が切れた。
「あああああ、もういいですわ! これ以上あなた達の相手をしているとおかしくなります! とっとと出て行きなさい! ふん、最後に悪あがきしましたが、あなた達はこれから魔獣の巣窟で、飢えと恐怖に苦しみながら無残に死んでいくんですからね!」
王女は「おーほほほ」と笑い声を上げる。だから私は、言った。
「言われなくとも、こんなところ出て行きますが。最後に一つだけ」
私には、聖女の力がある。私の意思で、いつでも自由に力を行使できる。
そんな人間を野放しにするなんて、つくづくこの王女は愚かだと思う。
だけど、私に出て行けと言ったのはそちらなのだ。――今なら、謝罪くらい聞いてやってもよかったのに。でも、この王女にはそんなつもり毛頭ないのだろう。なら後はもう、私は好き勝手生きて、幸せになってやる。この女の望み通りになんて、ならない。
「私を追放した後、後悔しても――知りませんよ」