11・毒親は見放されます
今回は元の世界での話です。
一方、その頃――日本では。美亜がいなくなったことにより荒れた生活をしているアリサのもとに、一人の来客があった。
「アリサ!」
「げ……」
アリサの家にやってきたのは、彼女の元夫。三人の子ども達の父親でもある男性だ。
「なんだ、この家……まるでゴミ屋敷じゃないか。いくらなんでも酷すぎる。こんな家に子ども達をいさせてるなんて……」
現在、子ども達の世話はアリサの両親が行っていて、食事や入浴などはちゃんとやってもらっている。それでも、アリサの部屋や、アリサが普段ゴロゴロしている居間などは、ゴミが散乱して荒れ放題だった。
「うっさいわね、私はずっと体調が悪くて動けなかったの! 文句があるなら、あんたがこの家片付けなさいよ」
「断る。こんな家に……君のもとに、子ども達は置いておけない。子ども達はこれから、俺が育てる」
「はあ? 何勝手なこと言ってんのよ。……まあでも、あのガキども毎日うるさかったし。あんたが育てたいっていうなら、それでもいいけど」
アリサは唇の端を歪め、元夫を絶望の底に突き落とすような笑みを浮かべる。
「でも、産んだのは私なんだから。将来そいつらが大人になったら、私を養って、私の面倒を見るように言ってね」
「はあ……? 何言ってんだ! ろくに育てもしないで、子ども達に寄生するなんて、大人として恥ずかしくないのか?」
「私が産んでやったのよ!? 子どもは、親の面倒を見るもんでしょうが!」
「じゃあ君は、ご両親の世話をちゃんとやっているのか? お姉さんにやらせているんだろう」
「うっさいわね、それとこれとは別よ! お姉ちゃんは長女なんだから、お姉ちゃんが全部やればいいのよ!」
アリサと元夫は、しばらくの間口論になった。人を罵ることが得意なアリサが、最初は元夫を押していたが。元夫も、今回ばかりは子ども達のために、一歩も譲らなかった。するとアリサは、こんなことを言い出す。
「ふん。あんたは父親ヅラしてるけど、子ども達だって、母親の私の方がいいに決まってるわ!」
そう言ってアリサは、笑顔を浮かべて、子ども達のもとへ行く。
「ねえ! お母さんのこと、好きよね?」
「――きらい」
はっきりそう答えたのは、一番上の娘だ。
アリサは、「は?」と目を丸くして凍りつく。
「だってお母さんずっと、何もしてくれなかった」
その通りだ。アリサは少しも、まともな親ではなかった。育児を放棄し、私利私欲に溺れ、遊び惚けていた。そんなアリサの代わりに、子ども達に愛情を与えていたのは――
「いつも、一緒にいてくれたのは、美亜おねえちゃんだった」
美亜はアリサの代わりに、毎日食事を作って、絵本を読んだり、公園に連れていってくれたりした。
子育ては大変なことが多いから、睡眠不足により、美亜も疲れて逃避したくなることはあったけれど――それでも美亜は、異世界に召喚されるまで決して投げ出さなかった。子ども達のことを思いやっていたからだ。
子ども達にとって、嬉しいことを分け合う人も、寂しいときに傍にいてくれた人も、全部、美亜だった。
「わたし、見てた。お母さんと真来君がいじめたから、美亜おねえちゃん、消えちゃったんだ。美亜おねえちゃん、いなくなっちゃったの、お母さんのせいだよ」
「……! あのとき、見てたの……!?」
「わたしのこと、育ててくれたのは、美亜おねえちゃんだもん。お母さんなんか、お母さんじゃない!」
「――な」
子育てには一切関わっていなかったとはいえ、さすがのアリサも、実の娘からはっきりと言われ、唇を噛みしめる。
「もういいわよ! こんな子達、連れて行っちゃって!」
そうして元夫が子ども達を連れて行き、アリサは家に、一人取り残される。
(まあいいわ、あいつらはまだ小さいもの。でももっと大きくなって役に立つようになったら、絶対介護係にしてやる)
そんなことを考えながら、アリサはソファに寝っ転がる。
(さて。うるさいガキどもがいなくなって静かになったし、ドラマでも観よっかなー)
実の子が行ってしまったばかりだというのに、優雅にドラマを楽しんでいたところで――家のチャイムが鳴った。
(今度は何よ、まったく)
面倒だなと舌打ちをしつつ玄関を開けると。そこに立っていたのは――
「アリサ……」
「あれ? 真来じゃない」
(子ども達の世話が嫌で、離れてったと思ってたのに。やっぱり私のことが好きで、やり直したいってわけ? ま、私は魅力的だから、当然だろうけど!)
しかし真来は、アリサの予想とは全く異なる言葉を口にする。
「なあ……美亜は、まだ帰ってこないのか?」
その名を聞き、アリサはピシッと固まる。
(は……? 私じゃなく、お姉ちゃんを心配して来たっていうの?)
「最初は、何かの嫌がらせかと思ってたけど……あれから美亜、本当に俺達の前に姿を現さないじゃないか。今、どこでどうしてるんだろう。何かあったんじゃ……」
真来が美亜のことを話せば話すほど、アリサのプライドが音を立てて崩れてゆく。
(お姉ちゃんなんて、私の雑用係で、引き立て役でしかないのに。お姉ちゃんが私より好かれるなんて……絶対許さない)
アリサは真来に愛情があるわけではないが、自分以外の人間、特に姉がちやほやされることに関しては我慢ならないのだ。
「お姉ちゃんは、帰ってこないよ。家事や育児が嫌になって投げ出したんでしょ。本当に、酷いよね……」
姉が悪者で、自分がその被害者というポジションを保つために、声を荒げることはなく瞳を潤ませるアリサだが。内心では地団駄を踏み、怒りを爆発させていた。
(何なの、ムカつくことばっかり! ああもう、どっか異世界とかゲームの世界にでも行って、ちやほやされて生きたーい!)
――その、瞬間。
「え……!?」
「な、なんだ……!?」
アリサと真来の身に、異変が起きる。
二人の身体から力が抜け、その場に倒れた。
まるで、以前美亜がそうなったときと同じように……。
(な、何なの……!?)
そうして、アリサと真来の意識は薄れていった――
◇ ◇ ◇
一方――自分の実家に子ども達を連れてきた父親は、あらためて子ども達を抱きしめた。
「皆、今まで助けてやれなくて、本当にごめん……! これからはお父さんが、絶対に皆のこと、幸せにするから……!」
父親は泣きそうな顔で、子ども達を見つめる。
「なあ皆、今まで大丈夫だったか? 辛くなかったか?」
「うん、美亜おねえちゃんがいてくれたから。消えちゃったけど……」
「消えちゃったって、どういうことなんだ?」
そう尋ねられ、娘は興奮した様子で語る。
「あのね、美亜おねえちゃん、きっと、異世界に行ったんだよ!」
「い、異世界?」
「あのね、アニメなのー! 知らないの? いなくなっちゃった人はね、異世界で暮らすんだよ。おねえちゃんだったら、ぜーったい、大活躍だよ!」
父親はもちろん、異世界転移など信じない。なんなら、消えたというのが本当なら後で警察に連絡しよう、とも考えていたが。ひとまず、娘が美亜のことを大切に思いながらも、過度に気を落としていないことに安堵する。
「……そうか。美亜さん、異世界で幸せに暮らしてるといいな」
「うん! 会えなくてね、寂しいけど……でもよかったの。おねえちゃん、ずっとお母さんにいじめられてて、かわいそうだったから……」
娘は一瞬しゅんとしたものの、笑顔を浮かべる。
「わたしも大人になったら、ぜったい異世界、行くんだ! それでおねえちゃんに、ありがとうって言うの!」
「はは。そうだな。大きくなったら、異世界、行けるといいな」
そうして子ども達は、今まで愛情を与えてくれた美亜に感謝しながら……もうアリサの手の及ばない、平穏の中で幸せに生きてゆくのだった――





