104・ハッピーエンドとなります
魔王がこの世界を征服する道は閉ざされた。
魔王城で石化されていた生贄達は、石像の姿のままフェンゼル王宮へ送ってこられた。過去のフェンゼルの王や、他国が魔王に捧げてきた生贄の人達だ。
私は、聖女の力でその石化を解いて――
「あ……れ? 私……魔王の生贄として捧げられたはずなのに……」
「死んだと思ったのに……生きてる……!? どうして……!?」
石化が解けたばかりで混乱していた人々に、リースゼルグが告げる。
「あなた方は魔王への生贄として差し出され、今まで石化されていたのです。ですがその石化を、こちらの聖女ミア様が解いてくださったのです」
「……! 私達、助かったということですか……!?」
「ええ。これからはもう、魔王に怯えることなく、自由に生きられますよ」
私がそう言うと、生贄だった人達は、あまりの感動で泣き出してしまった。
「聖女様……! 本当に本当に、ありがとうございます……!」
(本当に、よかった……)
魔王と生贄のことは、一件落着となり――
私は魔王を退けて生贄を解放した聖女として、ユーガルディアや他の国からも、謝礼品が次々と届いた。宝石や美術品など絢爛な品々ばかりで、あまりの眩さに気後れしてしまうほどだ。
「いいのかしら、こんなに贈ってもらって。返品すべき?」
「私としては、ミア様に他者からの贈り物など受け取ってほしくありませんが。ただ政治的な意見を申し上げるなら、正当な対価として受け取るべきかと思います。ミア様は、この国どころか、この世界を救ったのですから。無償でそんなことをする聖女など、それこそ他国が放っておきません」
「世界を救ったとか、私には荷が重い肩書きだけどね」
私はやりたいことをやっていただけだし、自分と大切な人が幸せなら、それでいい。
でも、魔王なんかに世界を征服されるのはムカつくので、阻止できてよかった。
そうして、魔王騒動の事後処理もだいぶ済んだある日のこと――
王国魔術師団に、新たな魔術師が入団することになったのだという。
リースゼルグからその話を聞き、「是非、ミア様にも新しい魔術師と会っていただきたい」と言われ、私はその魔術師と対面することになったのだが……。
「え……? あなたは……」
「ミア様。あらためまして、本日より王国魔術師団の一員となりました、フローザです。これから王国魔術師としてミア様のお力になれるよう、尽力いたします」
「やっぱり、フローザ……! あなた、随分雰囲気が変わったわね」
以前会ったときと格好が違いすぎて、一瞬誰かと思ったが、やはり彼女だ。
今の彼女は、前までは下ろしていた長い髪を後ろで一つに束ね、王国魔術師団の団員服に身を包んでいる。前はか弱い雰囲気だったけれど、今は、見違えるほど凛々しい。
「以前までは、仮にも男爵家の娘としての体裁などを考えて、おとなしめの格好をしていましたが。私、本当はかっこいい装いの方が好きなんです。物語を読んでいても、男装の麗人キャラとか憧れで……」
「そう。自分の好きな格好をできるようになったのなら、何よりだわ。……にしても、あなたが王国魔術師団って……どうして?」
「以前、やりたいことができたと言ったでしょう? 私のやりたいことは、私を救ってくださったミア様に、ご恩をお返しすること。ミア様のお傍で、少しでもミア様のお力になることです」
リースゼルグはフローザが王国魔術師団に入団するということを事前に知っていたからこそ、笑顔で説明を足してくれる。
「フローザは正式に王国魔術師団入団試験を受け、合格したのです。もともと、魔力には何の問題もありませんでしたから。これからミア様と、国の未来、そしてフローザ自身のために活躍してくれるでしょう」
「……『魔王の生贄』として生きてきた私が、未来のことを思って生きられるなんて、夢のようです。これも全て、ミア様のおかげです」
フローザは、幸福を噛みしめるように一度目を閉じた後、目を開いてキラキラと輝かせた。
「ミア様、お任せください、この先、ミア様のことを軽んじる人間がいれば、私が全員排除します!」
するとフローザの言葉に、ヴォルドレッドがピクリと反応する。
「それは、ミア様の恋人である私の役目だが?」
「はい、ヴォルドレッド様がミア様の平穏を守ってくださっていることは、わかっています。お二人の邪魔をする気はございません……が、それはそれとして、私もミア様をお慕いしております。少しでもミア様をお守りしたいのです。ミア様のことが、大好きなので……!」
(う、嬉しいけど、そんなにまっすぐ言われるとちょっと照れる)
「そうか。ミア様をお守りしたいという志は立派なものだが、誰よりミア様を愛しているのは私だということは、肝に銘じておくように」
「はい。では私は、ヴォルドレッド様の次に、ミア様を敬愛しております!」
「ちょっと! 私本人を差し置いて、二人で恥ずかしい話をしないでよ!」
こほんと咳払いをし、あらためてフローザに語りかける。
「ええと……動機はともかく、王国魔術師団入団、おめでとう。ただ、あなたは私の『友達』でもあるのだから。暇なときには、話し相手になってくれると嬉しいわ」
「そんなの……私の方が、嬉しいです……! ぜひ、たくさんお話しましょう!」
ヴォルドレッドやリースゼルグ、フローザ。かつて私が守ったり、癒してきた人々が、今は私を守ろうとしてくれる。彼らはこの先、私に何かあったときは寄り添い、力になってくれると信じられる。
それはこの世界で、私にちゃんと居場所があるのだということで――
自分のしてきたことは無駄じゃなかった、虚しいことなんかじゃなかったのだと。じんと、胸が温かくなる。
……この先も、人生にはいろいろなことがあるのかもしれない。
だけど、信じ合える人達は、ここにいる。
だから私は希望を絶やさす、この先も自分の道を進み続けるのだ。
◇ ◇ ◇
それからも、王宮で穏やかな日々を過ごして……。
今日は、祝祭の日だ。
何の祝祭かって? 一人も犠牲を出さず、無事に魔王を退けることができたというお祝いであり――フェンゼルの人々が、私に感謝の気持ちを伝えたいと催してくれたお祭り。
ずばり「聖女様への感謝祭」である。
……いや、恥ずかしい。
感謝してくれるというのなら、気持ちはありがたくいただくけど。なんかこう、こそばゆい感じがする。
私は祝祭の主役として、朝から使用人さんに着飾らせてもらって――
「わあ……」
華やかなドレスに、上品な装飾品の数々。まるで、幼い頃密かに憧れた童話のお姫様みたいだ。
このドレスは、王都の服飾師さんが作ってくれたもの。ネックレスやイヤリングなどの装飾品は、以前ヴォルドレッドとデートした際、ブレスレットを買ってもらった装飾品店の方が、私のために作ってくれたものだ。
「ミア様のためのドレスを作れるなんて、本当に光栄です。一生の誇りです……!」
「私も、ミア様が身に着ける装飾品をゼロから作れたなんて、本当に嬉しいです。これほどの喜びはありません」
「そんな……私こそ、こんな素敵なドレスやアクセサリーを作ってもらって、嬉しいわ。なんてお礼を言っていいのか……」
「お礼なんて……! ミア様は、この国を救ってくださったのですから。このドレスも、装飾品も、全てが私達からの感謝の気持ちなのです」
「ミア様が、毎日笑顔で暮らしてくださることこそが、私達にとって最大の喜びです」
彼女達の笑顔を見て、ふと思う。
――ヴォルドレッドは私を連れ去ったとき、「私が救った人々が、その救いに見合うものを返してくれたか」と私に尋ねた。
……でも、私だって。
たまたま聖女の力があったから、皆の力になれているだけで。
私が聖女ではなく普通の平民で、もし他に国を救ってくれた英雄がいたとしたら。私は、その人に何をできていただろうか?
誰かの力になる、ということは難しい。自分にできることなんてないんじゃないかと思ってしまうし、力になりたくても空回ってしまうことだってある。
ただ、わかることは。
こうして皆に笑ってもらえるのは、やっぱり嬉しい、ということ。
だから――「どうせ何もできない」なんて、諦めてしまいたくはない。
綺麗ごとかもしれない。だけど、何もかも諦めて黙っているような、そんな自分は嫌なんだ。
私は、私が好きになれる自分でありたいから。
そうして祝祭開始の時間が近付き、部屋を出ると、いつもの皆が待っていてくれて――
「ミア様。……本日のお姿も、大変お美しいです」
「さすがは我が見込んだ聖女だ。まるで大輪の花のようだな」
ヴォルドレッドとリューの二人(一人と一匹?)だ。
二人の間に挟まれて次々と賛辞を送られ、なんだか取り合われるみたいな状況だ。
今や魔王クラスの力を持つ騎士と、魔竜。今この場にはいないけど、魔王にも気に入られてしまったみたいだし。……なんで私は、とんでもない奴ばっかりに好かれるんだろう。聖女って存在は、魔がつく奴に好かれやすいのだろうか。だとしたら厄介なものだと思うけど――
「ミア様、本当にお綺麗です……! そのお姿、目に焼き付けておきます!」
そう声を上げたのは、フローザ。そして、その後ろには……。
「ミア様。私はあなたに、どれだけ感謝を捧げても足りません。これからも王として、国のため、あなたのために尽力しましょう」
笑顔でそう言ってくれたのは、リースゼルグ。
「そうだな。俺もユーガルディアの王として、これからもフェンゼルと国交を深め、民や聖女殿のためにもより良い世界にしていきたい」
更にそう言ったのは、ユーガルディアの国王陛下だ。
「陛下。フェンゼルにいらしていたのですね」
「聖女殿に感謝を捧げる祝祭だろう? ユーガルディアの王として、参加するのは当然だ。魔王を退けたことにより、ユーガルディアだって救われたのだからな。我が国は、魔竜と魔王の脅威、二度も聖女殿に救ってもらったのだ。あなたはフェンゼルのみならず、我が国の英雄でもある」
……たくさん、本当にたくさんの人達が、私に感謝を告げてくれる。
やがて祝祭が始まり、青空の下に用意された――私がオーナーとなっている料理店の人達が作ってくれた、美味しい食事を皆で食べて。パレードのように、リューの背に乗って王都を巡った。本当に大勢の人々が、笑顔で手を振ってくれる。魔法官さん達が、魔法で色とりどりの花を降らせてくれる。
私にも、街にいる人々にも、花は降り注ぐ。そんな中で、私は口を開いた。
「皆さん」
拡声効果のある魔石を用いて、人々に声を伝える。
「私は断じて、人に上からものを言えるような人間ではないし、お説教くさいのも苦手です。なので、今からお話することは、単なる大きな独り言とでも思っていただけるとありがたいです」
伝えたいことはある。だけど、言葉は難しい。伝え方によっては誤解が発生してしまうことだってある。迷いながらも、私は喋りながら言葉を選んでいった。
「私は今、こうして皆さんに祝福していただいている。それは、私は運がよかったからだと思います。いえ、運がいいと言っても、私は元の世界では黙って我慢する日々を送ってきましたし、この世界でも、悪意には何度も遭遇してきました。……それでも……私には聖女の力があるし、優しい人々にも出会うことができた。だから、困窮している人がいるのなら、自分にできる範囲で手は差し伸べたい。……だけど、私は一人の人間です。何人もの人々を背負えるわけではない。私は決して、便利な道具ではないので」
自分が、努力してこなかったとは言わない。そこまで自分を貶めるつもりはない。だけど聖女の力を持っていることに関しては、運がよかったとしか言いようがない。他の人々は、どれだけ渇望したってこの力を持つことはできないのだから。大切な人を怪我や呪いから守りたい、と願う人は多くいるというのに。
私は大きな力を持っている。だから自分にできることはする。だけど、何もかもを解決できるわけではないし、「解決しろ」と全てを押し付けられるわけにはいかない。
「私の言葉……いいえ。私以外の人の言葉だって、耳に入る全てを鵜呑みにするべきではないのだと思います。多くの人の意見を聞いたうえで、自分で考えて……。誰かの力を借りることは悪いことじゃないけれど、最後は自分の足で立ち上がる。力を貸してくれた人には、いずれ自分も力を返す。単に私の好みの問題ではありますが、そういう関係を、素敵だと思うのです。私は、聖女として上からを施しを与えるより、あなた達と支え合える関係になりたい。対等であれたら嬉しいです。
私はあなた方の、万能のヒーローではありません。だって、自分の人生のヒーローは、自分自身でしょう? 私は、私のやりたいように生きています。だから皆さんも、自分の考えと、自分の人生を大切にしてください」
私を救ってくれる聖女様! だとか、「聖女様が全部解決してくれる」「聖女様の言うことは全て正しい」なんでも寄りかかられるのは、私だって困る。なんでも一人で解決できると思うのも問題だし、誰かに縋ることだってあるけれど、結局最後に自分を救うのは、自分自身なのだと思う。そんな想いを込めての言葉だった。
言いたいことを言って最後に一礼すると、人々から、ワアアアアアアアアアアアアアアア、と声が上がった。
……今の言葉が、どれだけ伝わったのかはわからない。きっとこれからも私は、この世界で迷ったり、悩んだりするだろう。それでも、自分の道を突き進んでいきたい。
だってここが、私が生きると決めた世界だから。
私が、愛する世界だから――
◇ ◇ ◇
……そうして瞬く間に時間は過ぎ、夜。
感謝祭が終わり、自分の部屋に戻ろうとしたところで――
「ミア様」
「え……、きゃっ」
ぐいっと腰を抱き寄せられ、ヴォルドレッドの部屋へと引き込まれた。
「本日のあなたは、皆に囲まれ、素敵な笑顔を振りまいていましたが……。私にも、構っていただけませんか」
「…………もう」
恋人との甘いやりとりに、口元が綻んでしまう。
「こんなふうに強引にしなくても、言ってくれればちゃんとあなたのところに行くのに」
「失礼。あなたを閉じ込めるのが、癖になってしまったかもしれませんね」
「そんなことを癖にしないでよ」
「ミア様を小さくする魔法などはないのでしょうか。鳥籠にでも入れてしまいたい」
「私はあなたに飼われる動物じゃないわよ」
「私は、ミア様にでしたら、喜んで飼われますが」
「反応に困るわ!」
「あなたに忠実な、犬のようなものでしょう? 可愛がってください」
「あなたは、犬なんて可愛らしいものじゃないわよ……」
いつもの調子に笑いながらも、ふっと息を吐く。
「私はあなたと、ご主人様とペットみたいな関係なんて、望んでいないわ」
「……そうですね。私はそれでも構いませんが、叶うなら、もっと別の関係性を望みます」
「ん……?」
「ああ……もう時間ですね。ミア様、行きましょう」
彼に手を引かれ、私達は、部屋からバルコニーに出る。
(時間って、なんのこと?)
不思議に思いながら夜空を見上げていると――パン、と。闇の中に、光の花が咲く。打ち上げ花火だ。
「……!」
「ミア様のような聖女の力ではなく、火魔法によって作ったものですが。……以前私達は、一緒に『線香花火』というのはやりましたが。この『打ち上げ花火』をミア様と見る栄誉は、フローザにとられてしまいましたから。……私も、あなたとこの花火を見たかったのです」
「わあ……綺麗ね」
「率直に言えば、私には、単なる火魔法としか思えないのですが」
「そんなムードの欠片もないことを」
「……ですが、あなたと一緒に観ると、美しく思えるのです」
「ヴォルドレッド……」
美しい花火よりも、彼の眼差しに、甘く酔ってしまう。胸が高鳴るのを感じていると、そっと、手をとられた。
そして――左手の薬指に、指輪を通される。
「え……?」
「ミア様の生まれた国では、求婚の際、指輪を贈るのでしょう?」
「そ……それって……」
「ミア様。あなたを愛しています。一生、離すつもりはありません。……この先も、永遠に私と共にいてくださいますか?」
真剣な瞳の中に、ほんの僅かに、不安が見える。
私がどんな返事をするのか。手を握りながら、彼はただ静かに待っていれくれた。
(……不安なんて、少しも感じる必要ないのに)
抱えきれないほどの幸福が込み上げ、泣いてしまいそうになった。
私は、まっすぐに彼の瞳を見つめ――告げる。
「……ええ。もちろんよ」
そうして、彼の腕の中に、飛び込んだ。
彼は驚きながらも、しっかりと私を抱きとめてくれる。
私はこれからもきっと、聖女として悩んだり迷ったりする。だけど私を「ミア」として愛してくれる彼がいるかぎり。ずっと、私として幸せでいられる。――そう、確かに感じられた。
「私も、あなたを離さないわ。私の騎士……いいえ。私の愛する人……ヴォルドレッド」
読んでくださってありがとうございます!
第三部はこちらで完結です!
皆様に応援していただいたおかげで100話も突破し、書籍も発売されました。
本当に本当にありがとうございます!
現在書籍1巻が発売中、2巻は2026年発売予定です!
2巻の書き下ろしなども頑張っていますので、これからも何卒よろしくお願いいたします!