103・誇り高き魔族の王? 構いません、ぶっ倒します
「ヴォルドレッド! 少しだけ、そのまま耐えていて」
「お任せください、ミア様」
私はまず、能力向上の力でヴォルドレッドを強化する。
そして、使い慣れた能力向上……その逆を行うように、意識を集中させる。
(……私の、聖女の力。傷を取り除くから、便宜上『治癒』と呼んではいるけど……)
私は、傷を治しているわけではない。だって聖女の力によって、傷は別に消えているわけではなく、聖女領域に「保存」されているだけなのだから。
この力の、より相応しい名称は「治癒」ではなく――「奪取」だ。
私は人の傷を奪い、自分の武器にしているのだ。
だったら。
魔王の「力」だって、奪ってやる。
悪しき者に制裁を与えるのが、この世界の「聖女」なのだから。
「は……っ!」
ヴォルドレッドの剣が、魔王の腹部を刺した。
(今だ……!)
その瞬間、私は力を最大に集中させ、イメージする。魔王の力を「奪う」ことを。
魔王の腹から溢れた血液――そこに含まれていた膨大な魔力が、突き刺さった剣を通して、ヴォルドレッドへと移ってゆく。
「馬鹿な……!? 俺様の力が……!」
魔王は「信じられない」とばかりに目を見開く。
私の力の影響で、魔王の魔力が、ヴォルドレッドの中へと流れ込んだのだ。いや、魔力だけではない。レベルや攻撃力などのパラメータも、全てが、だ。
全てを吸い取りきることはできなかったが、それでも元の力も併せ、ヴォルドレッドは完全に魔王を上回るステータスと化す。
・ヴォルドレッド
【レベル】∞
【HP】10億
【MP】10億
・魔王デルグリード
【レベル】80
【HP】5万
【MP】9万
「あ、ありえん! 違う、こんなの何かの間違いだっ!」
魔王は完全に狼狽しており――私は勝利を確信した。
「いくわよ、ヴォルドレッド」
「はい、ミア様」
私は聖女領域から傷と呪いを最大放出し、魔王に移す。
ヴォルドレッドは剣に魔力を纏わせ、魔王を斬り裂く。
二人の力を合わせ――魔王に、とどめをさした。
「ぐ……ぐあああああああああああああああああああああっ!!」
宙に浮いていた魔王は、たちまち真っ逆さまに落下し、結界に衝突した。
(終わった……?)
リューの背の上から魔王を見下ろすと、彼はゼイゼイと息を切らしている。
「はっ……やるじゃねえか、人間ども……」
魔王は、今までの戦いに酔うように、かっこつけた言い方でそう言った。
「わかったわかった。貴様らの戦いぶりに免じて、今回は見逃してやる。俺様は魔界に戻――」
「馬鹿じゃないの? 敗者であるあなたに、この後のことを決める権利なんてないわ」
「あ?」
私の言葉に、魔王は怪訝な顔をしていた。――今まで他者を蹂躙してきたくせに、自分が蹂躙されるとは思ってもいない、絶対強者だった者の顔だ。
そんな彼を前に、私は、あえてにっこりと笑う。
「今までずっとこの世界から生贄を奪っておいて、更にこの国を滅亡させようとしておいて、これで済むと思っているなんて、甘すぎるでしょう」
フローザのことも、国を滅ぼされようとしたことも、もちろん許せないけれど。
何より許せないのは、ヴォルドレッドを傷つけたことと、その後の発言だ。
私は、私の大切な人を傷つける者、軽んじる者には容赦しない。
「『治癒できるなら、どれだけ傷つけたって構わない』のでしょう? ……自分の言葉には責任を持ってもらうわ」
私は、もう鋼鉄の防御力も、再生能力もない魔王に、傷を移す。
「な……!? ぎゃああああああああああああああああああ!!」
そうして傷を癒し、すぐにまた傷を負わせる。
「や、やめろぉぉっ! 痛い、痛いっ!」
「そうよ。たとえ治癒できたって、傷つけられたら痛いのよ。それがわかる? 『どうせ治るんだから傷つけていい』なんて、まかり通るわけないでしょ」
「ふ、ふざけるな、この俺様にこんな真似をするなんて、暴虐聖女が……ぎゃあああああああ! ぎゃああああああああああああっ!!」
「暴虐? どの口が言っているのよ。生贄を要求したり、世界を支配しようとしてきた暴虐魔王が。自分を見つめ直してから発言してくれるかしら?」
自分で傷を移してはその傷を奪う。何度も何度も、それを繰り返した。これまで傷つけられてきた人間の痛みを教えるように。
「ぎゃああああああああああ! やめろ、やめろぉぉぉっ!」
「あら、なんでまだ命令形なのかしら? 『やめてくださいお願いします』と言ってごらんなさい?」
「な、なんでこの俺様が、そんな……!」
「今まであなたは魔王という立場に驕って、偉そうに振舞って生贄を要求したりしてきたんでしょう? 自分がそれを『される側』になったら納得いかないの? 滑稽ね」
「ぐ……、ぐぅ……っ!」
傷を与える。傷を癒す。傷つける。治癒する。永遠にその繰り返し。
魔王は何度も、陸に上げられた魚みたいに身体を跳ねさせた。
「…………は」
魔王はてっきり、恐れおののいているかと思いきや――
やがて、腹を抱えて笑い出した。
「は……ははははっ、貴様はやはり面白い! この俺様にここまでするとは……気に入った、気に入ったぞ、聖女ミア!」
「――は?」
「俺様の完敗だ! この世界を征服するのはやめてやる! ……だが俺様は、お前が欲しい、聖女ミア! 魔王の花嫁となれ!」
魔王はキラキラと瞳を輝かせ、ぎゅっと私の手を握る。
「………………」
私は、一瞬開いた口が塞がらずに――
「馬っっっっっ鹿じゃないの?」
次の瞬間には、極寒の視線を魔王に向けた。
「今のやりとりで、私があなたを好きになる要素が、一ミリでもあると思ったわけぇ!? 『俺様が好きになってやったんだから嬉しいだろ?』とでも思ってるの? 出会ったばかりで、上から目線なことばっかり言ってきた俺様野郎に嫁だなんて言われたって、ぞっとするだけよ! 大体気に入っただのお前が欲しいだの、私の意思お構いなしにあんたの感情だけで話すんじゃないわよ。そういう台詞を言って許されるのは、乙女ゲームとかでの、本当に主人公と運命の恋をするキャラだけなのよ、この勘違い俺様野郎がっ!」
「ぐはああああああああああああああああああああああああああっ!?」
私は一際強烈な攻撃で魔王を傷つけ、彼は情けない声を上げる。殺さない程度に、だけど再起不能なレベルの傷と呪いを与えておいた。
こうして、魔王の侵略は幕を下ろしたのだった――
◇ ◇ ◇
魔王達は、ひとまず魔界に戻った。石化していた生贄の解放や、フェンゼルへの賠償については、また後日話し合いをすることになる。
今は、街で騎士団や魔術師団の人々が、魔獣兵の残りが潜んでいないか確認を行っている。そんな中、民間の人々が私のもとへ集まってきて――
「ミア様」
皆さんは、真剣な目をしていた。
「我々はミア様の奇跡を何度も目の当たりにし、いつしか『ミア様なら、私達を守ってくださる』と思うようになっておりました」
「ですが……フローザさんから説得されたのです。魔王との戦いを、ミア様だけに任せるわけにはいかない、と……」
「ミア様を聖女として崇めることは、一人の人間であるミア様に、重荷を押し付けることにもなっているのだと、思い知りました。これからは考えを改めてまいります」
「皆さん……」
「我々は今まで本当に、ミア様に救われてきたのです。ミア様が守ってくださったこの国で、ミア様が幸せになれるように……ミア様が我々にくださった幸福に見合う何かを、お返ししてゆきたいのです」
「……ありがとう。その気持ちが、嬉しいわ」
世の中には、こちらが何かを与えるほどつけ上がって、増長してゆく人は多い。
今ここに、私を助けようとしてくれた心優しい人達が集まっているだけで。他の人達は、ただ私が解決してくれるのを待ち、自分は安全な場所にいたのだ(自分や家族の身を守ることを最優先するのは当然なので、責められることではないけど)。
――この人達だって。私が聖女であり、まだこれからも国に利益をもたらす存在だから優しくしてくれるだけで、この先状況によっては私を裏切るのかもしれない。見捨てるのかもしれない。
私も他者も、結局は自分が一番可愛い。だから先のことも、裏のことも何もわからない。これで、「この先も絶対上手くいく!」なんて思ってしまうのは早計だし、危険だ。
――だけど。少なくともこの瞬間は。私とこの国の人々は、笑顔を交わせている。
今はそれが、嬉しかった。
目の前の人々は満面の笑みで、温かな言葉を向けてくれて――
「ミア様。また私達を助けてくださって、本当に、ありがとうございます!」
読んでくださってありがとうございます!
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ご購入してくださった方々、本当にありがとうございますー!!