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102/104

102・魔王との戦いになります

「え……は……」


 魔獣将軍は、顔を真っ青にしてガタガタ震えている。これが本当に将軍なのだろうかと、哀れになるほどの困惑っぷりだった。


 しかし、そのとき――


「……へえ。人間にしてはなかなかやるじゃねえか、聖女。やはり貴様は面白い」


(あれは……)


 以前、図書室で出会った男子生徒だ。


「俺様が、魔王デルグリードだ。久しぶりだな、聖女。もっとも、その姿で会うのは初めてだが」

「……そっちこそ、以前は制服姿だったけど」


 今の彼は、学園の制服は着ておらず、いかにも王族という豪奢な服と、漆黒のマントを纏っている。そして何より違うのは、背中にある大きな翼と……魔力の気配。――今の彼からは、ぞっとするほどの力を感じる。以前会ったときは、この魔力は隠していたのだろう。


「あのときは貴様の様子を窺いに、生徒の姿で学園に侵入していた。普段は魔王城で暮らしている俺様が、人間ごときのためにわざわざ出向いてやったんだ、感謝してほしいくらいだぜ」


(相変わらず上から目線な俺様だな……)


「ふうん。やっぱり、あなたが魔王だったってわけね。意外性の欠片もないわ」

「……魔王だと正体がわかったっつーのに、俺様に頭を下げなくていいのか?」

「何故、私があなたに頭を下げるの? フェンゼルに勝手に攻め込んできて、頭を下げるべきは、あなたでしょう。……大体あなた、普段は魔界で暮らしているんでしょう? どうして人間の世界を支配しようとしたり、生贄を捧げさせたりするのよ」

「決まってる。魔王が人間界を狙い、生贄を要求するのは、魔族の絶対的強さを示すためだ。愚かな人間に、貴様らが弱者、俺様達が強者だと思い知らせてやるためだ。生贄とは魔族の栄光の証、勲章のようなもの。トロフィーは多い方がいいだろ?」

「トロフィー……?」

「ああ。生贄として捧げさせた人間は、魔力をいただいた上で、石化させ魔王城に飾ってある。ずらりと並んだそれを眺めて酒を飲むのは、なかなか悪くない」

「……っ」


(そんな……、そんな、理由で……?)


 あまりのくだらなさに、絶句してしまった。

 同時に、フローザのことを思い出す。

 まだ学校に通っているような年齢の少女を、生きた一人の人間を。こいつは、自分のトロフィーだなんて思っていたのか?


 魔王の生贄なんてものに選ばれてしまったせいで、あの子は人生を壊されたのだ。本当は楽しいはずの学生生活を破壊され、同い年の子達が未来への希望を抱いている中で、彼女の将来には絶望しかなかった。ルディーナ達を罰して、今は平穏な暮らしをしているだろうが……一度受けた心の傷は、簡単には消えるものではない。


 彼女の立場を経験した私は、彼女の苦悩と絶望が痛いほどわかった。

 だからこそ、あまりの絶望と憎悪で、拳を握りしめる。

 だけど目の前の魔王は、身勝手に人の人生を破壊しておきながら、嘲笑っている。


「この世界は全て、俺様のものだ。今まで、俺様の慈悲によって見逃してきてやっただけだ。人間なんて下等種の国、俺様が破壊しようが支配しようが、俺様の勝手だ」

「……俺様俺様うるさいわよ。勝手に世界を自分のもの扱いしないで。あなたがどれだけ偉い奴だろうが、破壊や支配が許されるわけないでしょ」

「はっ。この俺様にそんな口をきくとは、命知らずな女だ」

「こっちの台詞よ。……ここは、今私がいる世界。私の大切な人達もいる世界。あなたなんかに、支配させないわ」


 次の瞬間、聖女の力を使い、魔王に傷を移すが――


「はっ! そんな攻撃が、俺様に通用すると思ってんのか?」


 これでは、魔王には通じないようだ。別に驚かない。リューだって、最初はこうだった。


「なら、これはどう?」


 今度はリューを倒したときと同じように、身体の内側――内臓に傷を移してやる。

 それでもやはり、魔王は微動だにしなかった。


「無駄だ、無駄! 俺様の肉体は、内部まで全て魔力で強化されている。下等種の攻撃なんかきかねえよ」

「ふうん。リューよりも硬いってことね」

「魔竜より魔王が上なのは、当然だろ。さて、今度はこっちからいくぜ……闇の刃(ダークカッター)!」


 魔王の呪文とともに、無数の刃が飛んでくる。


「……!」


 自分の前に結界を張ったものの、魔王の攻撃を受け、一部にヒビが入った。

 街や人々を守る結界の方に力を使ってしまっているというのもあるが……何より、相手は魔王。これまで戦ってきた人々や魔獣とは格が違い、攻撃の一つ一つに凄まじい力が込められていて、鋭く重い。さすがに口先だけではないようだ。


「どうだ、思い知ったか? これが魔族の力だ。俺様の、魔の王たる力、たっぷり味わうがいい。さあ、情けなく泣き叫んでみせろ!」


 魔王の魔法によって、結界の一部が硝子のように砕かれる。

 続けざまの攻撃で、闇の刃が私の眼前に迫り――


「ミア様!」

「ヴォルドレッド……!?」


 ヴォルドレッドが私を庇い、彼の肩から鮮血が舞った。


「ヴォルドレッド……!」

「……この程度、問題ありません。ミア様と出会ったときに比べたら、軽傷です」


 ――そうだ。初めて出会ったときも、ヴォルドレッドは瀕死だった。

 彼が王族の支配から解放され、この国が穏やかになって……もう彼が傷つくことなんて、ないと思っていたのに。


(それなのに、またこんな……っ)


「はっ! 女を守って怪我をするなんて、馬っ鹿じゃねえの? かっこいいとこ見せたかった、ってか? ま、その女は聖女だもんな。どうせすぐ治してもらえるんだろ、くだらねえ」


 魔王の言葉に、私はすっと身体が冷えていくのを感じた。

 それは、恐怖しているからではない。

 身体の底から、強烈な怒りが湧き出ているのだ。燃え盛るような怒りではなく……静かに、冷たくひろがってゆく憤怒。


「……くだらない、ですって……?」

「そりゃあ、くだらねえよ。どうせ、貴様は傷を治せるんだろ。治癒できるなら、どれだけ傷つけたって構わないだろう? なのにそんなふうにいちいち泣きそうな顔になって、この状況に酔ってんのか? おままごと気取りかっつーの」


 確かに、傷はすぐ治せる。

 だけど、そういう問題じゃない。

 人は身体にも心にも、痛みを感じるものだ。そして、大切な人を傷つけられたら、見ている方だって痛い。大事な人が苦しむ姿なんて、見たくない。


 治るのであれば、大切な人を傷つけられてもいいだなんて、そんなわけがない。


「…………魔王」


 視線を、魔王に向ける。

 おそらく今の私からは、凄絶な殺気が出ているだろう。

 ここまで激しく誰かを傷つけてやりたいと思ったのは、フェンゼルの前国王以来だ。


「あなた……私を本気で怒らせたわね」

「はっ、だからなんだっていうんだ?」

「……覚えておきなさい。『治癒できるなら、どれだけ傷つけたって構わない』と言った、自分の言葉を」

「ふん。貴様ごときの怒り、脅威でもなんでもないぜ」


 普通に傷を移しても駄目、中身も強化されているというのならば、どうすればいいか。

 ならこっちだって、自分自身を強化する。

 能力向上(ステータスアップ)の力を使い、自分の攻撃力を上げた。

 私の「傷を移す」という術は「攻撃」に含まれるため、実は攻撃力のステータスを上げれば、小さな傷でも致命傷を与えられるようになるのだ。今まで使う必要や機会がなかったから使ってこなかった技だが、何気にかなりのチートである。


 ……しかし、魔王は怯まない。


「貴様の考えていることはお見通しだ。攻撃力を上げて、俺様に傷を移そうってんだろ?」


 魔王は、自分より圧倒的に格下のものを見る瞳を私に向けている。

 ぞっとするほど威圧感がある視線。その目で睨まれているだけで、「やっぱり勝てるはずがない」と思い込まされそうになる。自尊心を削り、弱みへ追い込む――彼の眼力はまるで、そんな魔力でも持っているみたいだ。


「貴様がどれだけ自分を強化しようが、無意味だ。貴様程度の力など――」

「ミア様!」


 魔王が喋っている途中で、割り込んでくる声があった。

 ヴォルドレッドでも、リースゼルグでもない。その声の主は――


「ミア様、どうか、私の魔力も使ってください!」

「フローザ……!?」

「ミア様。私は、あなたに救われました。少しでも、あなたにご恩をお返ししたいのです。私はもう魔王から逃げません。魔力以外でも、剣としてでも盾としてでも、どうか私を使ってください。ミア様の進む道を、切り開くお手伝いがしたいのです!」


 かつてはずっと俯いていたフローザが、まっすぐに私を見つめ、自分の魔力を送ってくれる。

 それだけではない。避難していたはずの人々が、いつの間にか広場に集まっていた。

 フローザの声に呼応するように、次々に人々が声を上げる。


「私も助太刀いたします!」

「俺も! 以前、聖女様に呪いを治していただいたので!」

「私も、聖女様に命を救われました! 聖女様のためなら、なんでもいたします!」


 人々の声は、勇気溢れるものばかりではなく、中には震えている者もいた。

 魔王に立ち向かうなんて、皆本当は怖くて……それでもなお、私を一人で戦わせないように、皆が声を上げてくれている。


(フローザ、皆……)


「皆! ミア様をお守りしますよ!」

「ああ!」


 地上から、魔法攻撃や弓など、私を援護するように、次々と魔王に攻撃が放たれる。

 そして、少しでも魔力を持つ人々は、私に魔力を貸してくれる。身体中に、力が集まってくるのを感じるのだ。

 一つ一つは微力であっても、大勢の人達の力が積み重なり、身体が熱くなる。


(……力が、湧いてくる)


 魔力を貸してもらっているから、というだけではない。

 私は、人々は私に戦いを任せるだけなのだと思っていた。もちろん、聖女の力がなければ魔王との戦闘は過酷すぎるし、安全な場所に避難することは決して悪いことではないけれど。


 こんなふうに……力を貸して、一緒に戦ってくれるなんて。


(皆が、来てくれた。……だからこそ絶対に、負けたくない)

 

 私の中の熱い気持ちに、聖女の力が呼応するようだった。今なら、なんだってできる気がする。


「……魔王。あなたはずっと私達を舐めて、見下していたんでしょう? ……人間の力を思い知らせてあげるわ。くらいなさい!」

「な……!?」


 自分の魔力と、皆さんから貰った魔力を使い、攻撃力を極限まで増幅して――

 魔王に、傷を負わせることができた。彼の全身から、鮮やかな赤が飛び散る。


「……はっ、やるじゃねえか。だが俺様には、自己修復能力がある。この程度の傷、すぐに再生――」

「させません」


 ヴォルドレッドが魔王の、塞がれようとしていた傷に剣を突き立てた。

 そしてすぐに剣を抜き、今度は凄まじい速さで魔王を斬りつける。まるで刃の嵐のような攻撃だ。


「再生する前に、何度でも斬り裂きます」

「馬鹿なことを……!」


 私とヴォルドレッドで傷を与え、しかし魔王は自己治癒を続ける。膠着状態だ。魔王は血を流しながら、痺れを切らしたように叫びを上げた。


「しぶといんだよ、人間なんていう下等種、弱者の分際で! 弱者はおとなしく強者に蹂躙されていればいいんだ!」


(私は絶対に、こんな奴に負けない。あと一歩、決定的な何かがあれば……)


「ミア様」


 そこでヴォルドレッドが、魔王への攻撃を続けながら、私を見た。

 私に、何かのヒントを与えるように。


「あなたは、フローザがルディーナ達に対し、どのように幕を下ろしたか。それを、間近でご覧になっていたでしょう? ……あなたなら、できます」

「――!」


 ヴォルドレッドの言葉で、はっと閃く。


(そうだ。フローザはルディーナに、『儀式』を行っていた……)


 私は、にっと口角を上げた。

 聖女というより、目の前の魔王なんかよりも、魔王らしく。


「……魔王。あなたはそんなに、自分の強さに誇りを持っているのね。なら……その誇りを奪って、あなたが見下す『弱者』とやらにしてあげるわ」

読んでくださってありがとうございます!

また、書籍を購入してくださった方々、本当にありがとうございます……!!

皆様のおかげで、いつも本当に励まされています、感謝の気持ちでいっぱいです!

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― 新着の感想 ―
思った以上に魔王がゲスだった。 こんなのが為政者やってる魔界ってろくなものじゃなさそう。
結局大事なのは倒すまでの屁理屈過程や主人公の思考じゃなくて、誰が倒したか(民衆に語り継がれるか)なんだよなぁ、そのへんどうするんだろ 個人的には主人公が補助側に回って国をバックアップ、力底上げして軍や…
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