101・魔獣兵の大群? 一撃で倒します
私とヴォルドレッドが二人で暮らしていた館には、近くに転移魔法陣がなかった。そのため、能力向上によって身体能力を強化し、私達はまるで空を駆ける鷹のような速さで王都へと戻った。
すると――王都の上空に、妙なものがあることに気付く。
黒い穴というか、渦というか……ブラックホールみたいな感じだ。いや本物のブラックホールなんて見たことがないけど。
その周辺では、魔獣の大群が暴れ回っている。魔獣達はフェンゼルを襲おうとしているようだけど――王都には結界が張られており、その上空では、魔獣達に立ち向かうように戦闘するドラゴンの姿があった。あれは――
「リュー!? この前見たときは、ミニドラゴンの姿のままだったのに……!」
「……空にある黒い渦のようなものは、魔界の門ですね。そこから、魔獣兵どもが侵入してきたのでしょう。あの魔竜は、魔王軍と戦っているようです」
「どうして、リューが……」
「大方、自分が国を守れば、ミア様に見直してもらえると思ったのではありませんか。あの魔竜も、ミア様に心酔していますから。私ほどではありませんが」
「リュー……」
「……まあ、奴は大丈夫でしょう。今まで何度もユーガルディアを破壊しようとしてきた、戦闘好きの竜ですし」
「そう……だけど。今のリューは、万全の状態ではないし。急ぎましょう」
見ているかぎり、リューはだいぶ傷ついて、魔王軍に押されているようだ。それでも戦うことをやめず、血を流しながら魔獣兵達に抗っている。
(それにしても、この巨大な結界は、誰が張っているのかしら……? 必死に、街の人々を守ろうとしている感じがする……)
しかしそのために無理をして膨大な魔力を使っているようで、結界は限界が近いと感じた。私はその結界の上から、重ねがけするように聖女の結界を張る。
王都に入ると、人々は避難しているようで、ほとんど姿は見えなかった。だけど中央街の大広場に、騎士団や魔術師団の人々が集まっており、その中心には……。
「リースゼルグ!」
「……!」
彼は、王都を守る結界を保つため、魔法官に自分の魔力を貸しているようだった。それだけでなく、上空で戦うリューの援護をするように、魔術師団と共に攻撃魔法を使っている。
民を避難させ王が前線で戦うというのは本来ありえないことだと思うが、リースゼルグは当たり前のようにそうしていた。ここのところ、ずっと休めていなかったのではないだろうか。目の下には隈がある。
「……ミア様、ヴォルドレッド。ご無事だったようで何よりです」
「いえ、それより……リースゼルグは、随分お疲れのようですね」
治癒の力を使い、彼の疲労を取り除いた。リースゼルグの顔色はよくなるが、彼の眉間の皺は深いままだ。
「ありがとうございます……また、ミア様のお力を借りてしまいましたね」
「いえ、非常事態ですし……。それで、他に私にできることはありますか? 魔王軍を全員ぶちのめしてもいいのですが、まず現状を聞いておこうと思いまして」
(魔王軍なんて重要そうな相手、無断で攻撃していいのかわからなかったからな。他国のこととか、政治にも関わってきそうだし……)
「ありがとうございます。お申し出には感謝いたしますが、それには及びません。これ以上、ミア様のお力を借りるわけにはいきませんから」
リースゼルグの瞳には、王としての決意が宿っていた。
ヴォルドレッドが抱いていた危惧……このままでは私が「聖女」として使い潰されてしまうという懸念を、彼も抱いていたようだ。
私が魔王を倒したとして、人々の命は救われるだろう。だがそうすれば、「この先何かあっても、聖女様がなんとかしてくれる」と、民は堕落するだろう。
国として、たった一人の人間に頼らなければならない構造は、欠陥しているとしか言いようがない。フェンゼルには、「聖女」がいなくても人々が平和を保ってゆけるシステムが必要だ。
……リースゼルグは聡明だし、全部わかっているのだろう。
わかっているからこそ、私の力に縋らないようにしている。
「ですが……では、どうするつもりなのですか?」
「魔竜さんの力で、どれだけ魔王軍を削れるかと思い、彼を援護しながら魔法を放っていました。これで退いてくれるならよかったのですが、やはり魔王軍はそう甘くはありませんね。……交渉の方法も、考えてはいます」
「交渉?」
「魔王は本来、生贄を捧げれば退いてくれるものです。……しかし、フローザも我が国の大事な民。一国の王として、民に犠牲を出すわけにはいきません。生贄の代わりに、フェンゼルの国王として、私の寿命と魔力でなんとかできないか、魔王と交渉してみます」
「リースゼルグ、あなたは……民のために、自分を犠牲にするのですか」
「私はこの国の王です。私には、民を守る責任があります」
「……あなたをこの国の王にしたのは、私です。だとしたら、私にも責任があります」
「いいえ。私は、自ら望んでこの国の王になりました」
「私もよ」
「――え?」
予想外の返答に驚いたように、リースゼルグは目を見開く。
そんな彼に、私は言葉を続けた。
「確かに私は最初、望まずこの国に召喚された。でも今は、自分の意思で聖女をやっているの。私が、やりたくてやっていることよ」
「……ミア様」
「というかね、リースゼルグ」
私はすっと息を吸い込み――思いを、吐き出す。
「せっかく前王の時代から、治癒や浄化や、税率の見直しやら新事業の開始やら本当にいろいろやって、やっとここまでいい国にしたのに! いきなり魔王なんてわけのわからないものに来て征服されるとか、普通に腹が立つでしょ! 理不尽すぎる、納得いかないからぶちのめしてやりたいのよ! だから私にやらせて!」
ぐっと拳を握りしめて言うと、リースゼルグはぱちくりと目を見開いて――
まるで久しぶりに笑うかのように、顔をくしゃくしゃにした。
「……はははっ! ふふ、そうですね……あなたは、そういう御方でした」
お腹を抱えて笑うリースゼルグ。馬鹿にした笑いではなく、清々しさを感じてくれている笑いだ。
「……あなたらしくて、素晴らしいですね。ミア様、あなたはいつでも、強い光のように眩しいです」
リースゼルグがそう言うと、ヴォルドレッドが真顔で付け足す。
「確かにミア様は強い光のようだ。だが、私だけの光だがな」
「ええ、わかっていますよヴォルドレッド。愛し合うお二人を引き裂く気などありません。何よりミア様は、ヴォルドレッドのことを愛していますからね」
「ちょ、ちょっと何話してるのよ! ほら、とっととやるわよ! 今は、のんびり話してる場合じゃないし」
「わかりました。本当によろしいのですね、ミア様」
「もちろんよ。私が嫌いなものは、私が潰すわ!」
すうっと息を吸い込み、上空にいる魔竜を呼ぶ。
「リュー! 来なさい」
私の声に反応し、リューは地上へと舞い降りる。他の魔獣兵達は、結界に阻まれてこちらへ来ることができない。
間近で見たリューは、かなりの傷を負っていた。あちこちから血が流れ出し、緑の鱗が赤く染まっている。私はすぐに、リューの治癒をした。
「……皆を守ってくれて、ありがとう」
「礼には及ばん。我が、好きでやったことだ」
「後は、私に任せて」
「ああ、お前ならやれるさ。我が認めた、唯一の主……ミア」
私とヴォルドレッドはリューの背に乗り、空を上昇してゆく。
すると数多の魔獣兵の中に、一際巨大な翼を持つ奴がいて――
「なんだ、新手か? 俺は魔王様の臣下であり、この魔獣兵団を率いる、魔獣将軍である! 人間どもよ、選ばせてやろう。魔王様のために生贄を差し出すか、世界を破壊され支配されるか」
「どちらも選ばないわ。魔王をぶっ倒して、生贄も支配も回避する」
私の答えに、魔獣将軍とやらは声を上げて笑った。
「ははは、馬鹿め! この大群が見えないのか!? 相当物分かりの悪い小娘のようだな!」
「そんなふうに、私を馬鹿にしていいのかしら」
「兵ども、かかれ! この愚かな人間の女に、魔族の力を見せてやれ!」
魔獣兵達が、バサリと数多の翼の音を響かせ、こちらへ向かってきて――
私は力を最大解放――聖女領域に溜まっていた傷や呪いを放出した。
広域治癒ならぬ、広域攻撃だ。
「「「gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」」」
一瞬にして、魔獣の大群から血飛沫が上がった。
無力化された魔獣兵達が空から落下していくが、結界が張ってあるのでフェンゼルの建物や人々に被害はない。
「――――は?」
魔獣将軍は一瞬、何が起きたのかわからなかったみたいだ。零れ落ちそうなほど目を見開き、あんぐりと口を開けている。
「ば、馬鹿な! 何が起きた!? この大群が、一瞬で……!?」
「さて、次はあなたの番ね。他の魔獣達と同じように血に塗れるか、謝罪をしてこの場を退くか。どちらがいいか、選ばせてあげてもいいけど?」
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