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100/104

100・私は私のために、歩き出します

 夢を見ていた。

 昔の夢……元の世界にいた頃の夢だ。


『今日はなんだか、気分が優れなくて……。はあ、買い物に行く気が起きないわぁ』

『じゃあ、私が行ってくるよ。お母さんは休んでて』

『まあ、助かるわぁ。じゃあよろしくね、美亜』


 もとは、善意だった。よく「気分が悪い」と言う母親に、少しでも力になりたくて、買い物や家事をやるようになっていった。最初は母も父も、それで機嫌を良くしてくれていたのだけど――


 次第に、それが「当然」になっていった。


『今日もなんだか、体調が悪いのよねぇ……』

『洗濯、私がやっておくね。お母さんはゆっくりしてて』

『じゃあ、ついでにご飯も作ってくれる? 私は休んでるから。今日はコロッケが食べたいの、お願いね』

『う、うん……』


 私がまだ学生の頃から、家事はほぼ全て私の仕事になり、やらなかったり、失敗したりすれば怒られるようになっていった。


『おい美亜、飯はまだなのか? 早くしろよ』

『まったく、しっかりしてよね。要領が悪いんだから』

『それにお姉ちゃん、最近簡単な料理ばっかじゃない? 手抜きばっかしないで、ちゃんとしてよ~』

『ご……ごめん、なさい』


 今思えば、料理を作りもしない家族達に、料理を作っている私が責められて謝るなんて、明らかにおかしいのだけど。家の中で、自分以外全員から、私の方が悪いみたいな目で見られたら、「自分が駄目なんだな」と思うようになってしまったのだ。


 それでも、とても疲れていた日、思いきって本心を言ってみたら――


『ねえ……なんで、私ばっかり家事をやらなきゃいけないの? 私だって、たまには休みたいよ……』

『はあ!?』


 家族全員から、鬼のような形相で睨まれた。


『お前は長女なんだから、やるのが当然だろ。甘えるなよ』

『お母さんは体調が悪いのに、見捨てるっていうの? あんたは薄情な子ね』

『そうだよお姉ちゃん、お父さんとお母さんがかわいそうでしょ』

『ご……ごめん、なさい……』

 

 どうすればよかったんだろうな、と思う。

 もとは善意で手を差し伸べたのに、要求がエスカレートしてきたから疲れて途中でやめようとすれば、「薄情」と言われる。最初から何もしないのが正解だったの? 耐えられなかった私が悪いの?


(……いや)


 今ならわかる。私が悪いわけがない。

 こっちの負担も考えず、全部押し付けてきた方が悪いに決まっている。

 だけど、押し付ける側はそんなこと考えていない。私がやるのが当然だと思っているから、「やらない」という選択をした瞬間に牙を剥いてくる。


 やっても何も感謝されず、やればやるほど疲労が増して、要求もどんどん増していくんだ。


 ……私はもう二度と、そんなことにはなるまいと決意したんじゃないのか。

 このまま私が、この世界で「聖女」として進み続けていて。

 同じことにならないと、言い切れるのか?


(……この世界に来てからの私は、無償労働には反対だったし、自分のやりたいことをやって、進みたい道へ、全力で突っ走ってきた)


 ……今、私がするべきことは?

 今、私が「やりたい」ことは――?



 ◇ ◇ ◇



「……ミア様」


 ……夢から覚め、瞼を上げる。

 どうやら私は、椅子でうたた寝してしまっていたみたいだ。

 目の前には、ヴォルドレッドの顔があった。


「また、悪い夢を見ていましたか」

「……そうね。どうしてかしら。私は今幸せなのに、今でもたまに、昔の夢を見るなんて」

「それだけ、ミア様が元の世界で踏みにじられてきたということでしょう。……ですが、安心してください」


 手を握られる。温かくて、大きな手だ。触れられているだけで、さっきまでの悪夢が消えてゆくような……。


「もう、誰にもあなたを傷つけさせません。あなたを傷つけるものは、私が全て排除します」


 ――私にとっては、優しい手。だけど、私以外の全てを斬り捨てることのできる手だ。


 目覚めたばかりの、まだ少しぼんやりする意識のまま、ふと呟いた。


「……今、王都はどうなっているのかしら」

「ミア様が気になさることではありません。あなたはこれからずっと、私と二人だけの世界で暮らしてゆくのですから」

「王都の方で、不穏な気配を感じる気がするのだけど」

「ええ。外は、あなたを傷つけるもので溢れています。ですからこうして、閉じた世界で生きてゆきましょう。扉の外のことなど、些事にすぎません。……たとえ狭い世界だって、ここにはあなたを害するものはなく、あなたの好きなもので埋め尽くされています」


 紫の瞳が、私を見つめる。

 冗談を言っているのではない、切実な瞳だ。


「私は、ミア様には、ミア様の好きなように生きていただきたいのです。しかしこのままでは、人々はどんどん『聖女』に縋るようになります。あなたもおわかりになっているでしょう」

「……そうね」


 規模は違えども、それはまるで、元の世界でのことのようだ。


「確かにミア様なら、魔王を倒せるかもしれません。ですがそうすればまた、あなたはこの先何かあるたびに『聖女様がなんとかしてくれる』と言われるようになるでしょう。それが悪化すれば、『すごい力を持っているのに助けてくれないなんて、聖女様は酷い』と言われるようになるのです」

「……それも、わかるわ」


 やればできるのに、なんでやってくれないの? と。

 私は……自分と関わった人が幸せになってくれたら嬉しいし、困っている人がいるのなら、自分のできる範囲で協力したいとは思う。今の私には、それができるだけの力があるから。


 だからといって「助けてくれて当然でしょ」という態度で寄ってこられたり、私の力に依存されたりするのは、嫌だ。自分の意思でやるか、他者から押し付けられてやるかでは、雲泥の差がある。


「ミア様。これまであなたが救ってきた人間が、あなたの行いに見合うほど、何かを返してくれたことがありますか? あなたは、一方的な奉仕には反対だったはずです。……もう充分です。充分、あなたは人々を救いました。これ以上は、あなたがいいように利用され、摩耗してゆくだけです。……世界など捨てて、永遠に私と二人きりで暮らしましょう」


 好きな人との、二人での穏やかな暮らし。

 聖女として力を尽くしたり人々を助けたりしなくても、幸せな日々。

 役目や役割ではなく、私が「ミア」として愛され、生きてゆける世界。

 彼は私に、それを与えようとしてくれている。

 今の私は、囚われていたって、何かを奪われようとしているわけではない。


「ミア様。魔王のことなど、どうでもいいと思いませんか。私は魔王が世界を滅ぼしたって、あなたさえ無事ならそれでいいです。こんな世界、滅んでしまっても……」


 そうだ。私だって召喚された当初は、ワンドレアに言った。「無断で召喚した異世界人に救ってもらわなきゃ存続できないような世界なら、滅べばいい」と――


「……そうね」


 ヴォルドレッドの言葉に、私はゆっくり頷いた。


「世界は、綺麗なだけではない。嫌な奴も、悪い奴もたくさんいる」


 ルディーナやヤミルダのことを思い出し、この国にも性根の腐った人間はたくさんいるのだと、胸が締め付けられる。


 優しい人は利用され、損をしてしまう。世界は悪い奴がはびこるようになっているし、どれだけ真面目に生きたって、理不尽なことばかり起きる。今が幸せだって、いつそれが綻ぶかはわからない。日常という道のすぐ傍に、いつだって不幸に転落する真っ暗な穴が潜んでいるのだ。


 私の人生なんて、ヴォルドレッドと出会うまで、不幸続きで。

 ……世界なんて、終わってしまえ。元の世界でも、そう願ったことがある。


 希望は突然降ってこない。

 なのに絶望はどこからだって忍び寄ってくる。

 私も正直、そう思うことは多々あるけど――




「でも、魔王なんかに世界を滅ぼされるのって癪じゃない? 本当に皆が私を雑に扱うようになって、世界なんて終わってしまえって思ったら、そのときは自分で世界を滅ぼすわ」




 ――私の言葉に、ヴォルドレッドは目を見開いていた。



「だけど、今の私はそこまで思ってないし。確かに嫌いな奴も多いけど……リースゼルグやお城の皆、街の人達、それからフローザや、ユーガルディアの陛下や……大切な人がまだ、たくさんいるから。今はまだ、この世界に滅んでほしくない。もし滅ぼしたくなったら、魔王なんかに委ねず自分でやる。やりたいことは自分でやるのが、私だもの。他人任せになんかしないわ」



「ミア様……」

「……ヴォルドレッド。あなたと二人きりの時間、楽しかったわ。なんだかまるで、新婚みたいで」


 一つ屋根の下で暮らして、美味しいご飯を作ってもらって、とりとめのないことを話して毎日笑い合って。


 ……この世界で「聖女」じゃない日々を送ったのは、初めてだった。


「でも私、王都であなたと過ごす時間も好きよ。屋台で買い食いしたり、綺麗なアクセサリーを見たり、公園を散歩したり……。あなたとデートした思い出の場所だってたくさんあるのに、魔王なんかに破壊されるのは、腹が立つの」


 彼は、私の言葉に真摯に耳を傾けて……やがて、小さく呟いた。


「そう……ですね」


 気付けば、彼の瞳は優しい色を取り戻していた。ヴォルドレッドは、そのまま続けて話す。


「私にとっては、長い間従属の呪いによって支配されていた国なのに。あなたと共に歩いた場所は、どこも美しく思えるのです。……私は、この国もあなた以外の人間も、どうでもいいですが。……あなたと共に過ごした場所を、他者に破壊されるのは……確かに、癪ですね」

「でしょう? ……この国は、悪い奴もいるけれど、悪い国じゃないわ。私は、あなたと出会って、あなたと過ごした、この国が好き」


 私は、立ち上がる。

 そして、今まで繋ぎとめるように握られていた手を、彼の手を引くように握り返す。



「だから……一緒に、ここから出ましょう」



 私は彼の手を引いたまま、閉ざされていた扉を開ける。


 扉の外に出ると見えるのは、晴れ渡った青い空。

 柔らかな風に乗って、草木の匂いが鼻をくすぐる。


 目を閉じれば、フェンゼル王都のことが、まるで生まれ故郷のように思い出せる。

 あらゆる職業の人々が行き交う、活気のある市場。

 大勢の子どもたちが笑顔で遊ぶ、大広場。

 いい人ばかりではない。それでも、優しい人達はいる。毎日一生懸命生きている人はたくさんいる。


 嫌な奴がいたって、そんな奴らのせいで、何故私が世界を嫌わなくてはいけないのか。

 だから私達は、歩き出すのだ。

 誰かに縋られたからじゃない。私が聖女だからじゃない。



 ただ、青羽美亜として、自分の選んだ道を突き進むだめに。

読んでくださってありがとうございます!

書籍1巻が本日発売です!

皆様のおかげでここまで辿り着けました、本当にありがとうございます!!

書き下ろしもたっぷりで、イラストも綺麗なので、ご購入いただけますとめちゃくちゃ嬉しいです!!

よろしくお願いいたしますー!!

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― 新着の感想 ―
まあそうなるよね そうでなきゃミアじゃないわw
100エピソード達成おめでとうございます! ミアさまのイケメンエスコートで、ヴォルドレッドさまがヤンデレヒロインに!? ヤンデレヒロインは、すぐこうやってヒーローに丸め込まれてしまうんだなと‥。
自分が思うように、やりたいようにやるやっぱりミアちゃんよきです。 過去なんかぶっとばして、生きていってほしいです。だけど、ミアだけを大事にするヴォルさんがいるから心の傷も癒えてきてるんでしょうね。
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