10・「真の聖女を召喚する」とかほざいています
今回は、王子と王女の話です。
「ぜ、ぜぇ……っ、はぁ……っ」
「お、王女殿下、どうなさったのですか!」
ぐったりと疲れ切った王女が発見されたのは、掃除開始から一時間後のことであった。
舞踏会用の広大な広間の雑巾がけを終え、騎士用のトイレ掃除をしていたところで、駆け込んできた騎士達に見つけられたのだ。生まれて一度も掃除などしたことがなく、ろくに体力もない王女は、涙目になっていた。
「王女殿下のご様子がおかしい……これはもしや、従属の呪いでは!?」
「ワンドレア王子殿下をお呼びするんだ!」
――王子が「聖女召喚の儀」を行えたように、この国の王族には、特別な魔力が備わっている。従属の呪いも同じように、王族のみが使用できるものだ。ただし聖女召喚と同じように、その呪いをかけるのには条件があり、簡単に使えるものではない。
ヴォルドレッドの従属の呪いは、もともとはフェンゼル国王がかけたものである。
実はヴォルドレッドは、フェンゼルの出身ではない。かつて王が他国に出向いた際、まだ少年でありながら剣技にも魔法にも恐ろしいほど稀有な才能を宿していた彼を気に入り、「これは他国などではなくフェンゼルにいるべき人材だ」と彼を呪い、自国に連れてきて名を変えさせた。以来、「フェンゼルの民なのだから、フェンゼルのために尽くして当然」と蹂躙してきたのだ。
国王がかけた呪いは、同じ血を引く王族であれば好きに利用できる。また、王族であればいつでも解呪できるのだ(ただし、その王族本人が呪われた場合は別だが)。
つまり王子も王女も、いつでもヴォルドレッドを解呪できる力があるにもかかわらず、自分達にとって便利だから放置していた、ということである。
ともかく、王女の呪いは、ワンドレア王子によって解かれ――
「悔しいぃぃぃぃ! 悔しいですわっ!」
王子の部屋にて、王女は地団太を踏んでいた。
王女はこの世のほぼ全ての人間を見下しているが、同じ王族であり兄であるワンドレアは数少ない例外である。そんな兄に、聖女がいかに酷いか愚痴り、自分が被害者であるとアピールする。兄になんとかしてもらいたいと思っているからこその行動だ。
「お兄様、あれは聖女ではなく悪女ですわ! 処刑すべきです! お兄様もそう思うでしょう!? 今すぐ騎士達に命令して、拷問にかけたうえで処刑しましょう!」
「……なあ、イジャリーン」
「はい!」
イジャリーン、とはこの王女の名だ。兄は自分の味方であると信じて疑っていない彼女は、目を輝かせている。
「聖女を召喚した日、彼女の言葉を聞いて思ったんだが……俺は間違っていたのかもしれない」
「な!? 何をおっしゃっていますの! 私達王族が間違うことなどありません! 間違っているのは、私達以外全ての人間ですわ!」
「だが、あの聖女の言うことも一理あると思わないか。俺達は、伝説の聖女というのは、無償でこの国のために力を使い、なんでも言うことを聞いてくれる存在だと思っていた。だけど実際は……今まで異世界で自分の人生を送っていた、一人の人間だったんだ」
「だからなんですの!? 異世界なんてどうせ、ここより低俗な世界に決まっていますわ! それを、お兄様の手によって召喚してもらったのですから、私達王族のためになんでもやって当然でしょう!」
「俺も最初は、そう思っていた。だが、この俺を殴るなんて……あんな反応をされたのは初めてだった。それで気付いたんだ。俺は、異世界で暮らしていた一人の人間の、人生を奪ったのだと」
ワンドレアは、間違いなく愚かな王子だ。だがそれは、彼が今まで、蜜に漬けられるかのようにひたすら甘やかされ、すること全てを肯定されてきたからである。
彼にとって、ミアの全て――自分に真っ向から意見してくるところも、屈せずぶつかってくるところも、何もかもが初めての経験であり、衝撃的だった。ミアのような人間は、今までワンドレアの周りにはいなかったのだ。
(最初は、生意気だと思ったし、腹も立った。だが……あの聖女の、決して屈するまいとする瞳は……美しく思えた)
あれ以来、どんな顔をして聖女に会えばいいのかわからなくて、ワンドレアはミアの前に顔を出せずにいた。……その間にイジャリーンの方はしつこくミアに暴言を吐き続け、しまいには死にかけのヴォルドレッドを転がしたわけだが。
「彼女の言う通り、この国のことは、この国の人間で解決すべきだったんじゃないだろうか」
「そんなの間違っていますわ! 目を覚ましてくださいませ、お兄様! 聖女とは、無償の慈しみにより、この国を救う存在! あの聖女は不良品ですわ! このままでは、誇り高き私達の国が、あの悪女に乗っ取られてしまいます!」
「だが……あの聖女は、単なる悪女ではないのかもしれない」
ワンドレアは目を伏せる。この王族達は、性根こそ腐っているものの、顔だけは美しい。憂いを浮かべたその表情は、まるで初めて恋を知った青年のようにも見えた。……それが尚更、イジャリーンの怒りに火を点けた。
「もういいですわ! お兄様には失望しました! お兄様がそんなだから、あんな不良品聖女が召喚されてしまったんですわ! 私だって王家の血を引く身……私だって、私にこそ、真の聖女が召喚できるはずです!」
イジャリーンはドレスを翻し、ずかずかとワンドレアの部屋を出てゆく。
「見てなさい、偽聖女……! この私が、真の聖女を召喚してあげる。そうしたら、偽物なんか追放してやりますわ!」
彼女にとって「真の聖女」を召喚する目的は、民を救うためではなく、ミアを見返すためでしかなかった。
「でも、どうしましょう。聖女召喚には膨大な魔力が必要で、何度も行えるものではないし……。あっそうですわ、宝物庫に禁断の魔道具とか、いろいろ封印されていたはず!」
イジャリーンは軽率に、宝物庫へと向かう。
ミアを聖女と認めず軽んじる愚かさが、己の破滅の引き金になるとも知らずに――
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