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謎めく恋模様?

ホンフォート領は冷たい風が吹き荒ぶ港町。漁港には漁船が出入りしており、秋であろうと活気付いている。バスケットを持ったハンナは目立つのか、ちらちらと市場の人間から見られていた。海を離れ小高い丘の上の噴水までやって来ると、老若男女さまざまな人々が生活を営んでいる。ハンナが広場のベンチに腰掛けると、隣に座っていた街娘が声をかけてきた。

「ねえ、貴方、見ない顔だけど。もしかして外の人?」

「……まあ。貴方は?」

「私はイリーナ。ここに住んでるの。あなたの名前は?」

「ハンナ」

「ハンナ、どうしてこの村に?」

「ホンフォート夫人のことを知りたくて」

そう告げるとイリーナはきょとんとした後、合点が行ったように視線を噴水に戻した。

「不倫のこと?」

「知ってるの?」

「知ってる。ホンフォート子爵、夫人のこと放ったらかしで不倫相手のとこ通い詰めてるって噂だよ」

イリーナはこそこそとハンナの耳にささやいてくる。それがくすぐったくてハンナは肩を竦めた。

「ねえ、この街で夫人と近しい人って誰?」

「んー、カルビア夫人じゃないかしら。いつもホンフォート夫人とお茶会してるの」

「へえ。カルビア夫人に会うにはどうしたらいい?」

イリーナは顎に指先を当てて、少し考える仕草をする。それがやけに芝居じみている印象を覚えたハンナは、手のひらで瞼を擦った。

「あそこの丘の上の御屋敷。あそこに夫人が住んでる。だからたぶん、あそこにいるんじゃないかしら?」

イリーナは半笑いで丘の上の屋敷を指さした。ハンナは礼を言ってイリーナと別れ、走って坂道を駆け上がる。向かい風が冷たくふいて、思わずきゃあと悲鳴を上げた。屋敷の前につく頃には前髪が逆上がり、髪がボサボサになっていた。手櫛で髪を直し、ドアを叩く。中から侍女が顔を出して、ハンナを見て怪訝な顔をした。

「ごめんください。ホンフォート夫人のことで、カルビア夫人にお聞きしたいことがありましてまいりました」

「ええと……ホンフォート夫人の使いのお方、ということですか?」

幸の薄そうな初老の侍女は困惑を顕にハンナを案内してくれた。応接室に放り込まれ、バスケットから外を覗くヒュリオの顎をくすぐりながら待っていると、ベルーゼとは反対に素朴で華奢な女性が顔を出した。カルビア夫人だった。

「ごきげんよう、カルビア夫人」

「ええ、ごきげんよう……あなたは?」

「ハンナと申します。……ねがいの庭の管理人、と言えばわかりますでしょうか?」

ハンナはなんとも無しにそう言う。カルビア夫人の顔が目に見えて強張った。読む魔法を使った時にカルビア夫人の姿が見えたのを、ハンナは覚えていた。

「まさか……ベルーゼは貴方に?」

「はい。『世界一美しくしてほしい』とご依頼されました」

「……お座りになって、お茶を出します」

カルビア夫人はハンナを皮のソファに座らせると、侍女を呼びつけ紅茶を出すよう命じる。その後自分もソファに座り、大きく一度ため息をついた。

「まずは、申し訳ありません。我儘を承知で言いますが、ベルーゼの願いを叶えないでいただきたいのです」

ハンナはバスケットから手を引き抜くと同時に、予想外の願いにカルビア夫人の顔をまじまじと見た。

「なぜでしょう?」

まさか、とハンナは心の内で邪推する。しかしカルビア夫人は憔悴しきった表情を見せるばかりだ。

「……不躾なことを言いますが。もし、それがベルーゼ様への嫉妬だとしたら、聞き入れはできません」

「違う、そういうことではないのよ」

カルビア夫人はハンナの物言いに怒らず、焦りだした。同時に侍女が紅茶を持って入ってきて、些か微妙な空気が流れる。侍女が退散したあと、カルビア夫人はハンナの目をしっかりと見据えてきた。

「実は、ね。あの人は精神にご病気を患っているのよ」

「……精神病? どのような?」

カルビア夫人は目を逸らし、言いづらそうに扉を一瞥した。恐らくは盗み聞きを怖れているのだろう。

「その……自分の顔が醜く見えて仕方がないようで」

「幻が見えているということですか?」

「自分の顔が醜いと思っているとしか……」

大きな沈黙が応接間を支配する。ハンナは暫し考え込んでいたが、カルビア夫人が何か言いたげなのを感じ取り、また彼女に視線を向ける。

「我が家が抱える魔法士のお方がね、彼女に幻惑の魔法をかけてくれたのですけれど……それでも駄目でした」

「いつから?」

「おかしくなったのは、彼女が結婚してからすぐですわ」

「結婚してからすぐ、ですか」

ハンナは眉をひそめた。どうにも辻褄が合わないような気がする。

「では、一つお聞きしても?」

「え、ええ。何でしょう」

「ホンフォート子爵が不倫されているとお聞きしたことは?」

「不倫!?」

カルビア夫人が素っ頓狂な声を上げた。そして手を抑え、周囲を慌てて見回し、誰もいないと分かるとあからさまに安堵の様子を見せた。

「ごめんなさい、わたくしには何も……」

「そうですか。いえ、変なことを言いました。申し訳ありません」

「いいえ……とにかく、お願いしますね、管理人さん」

「……ええ、善処いたします」

立ち上がり、カルビア邸を辞する。見送りの次女に扉を閉められてから、バスケットの中のヒュリオをまた撫でる。

「長い一日になりそうね」

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