転生した瞬間初夜の最中だった私は場を引き延ばし若き王と愛を語らう
ステラ姫は無言でルーカス王を見上げている。
「……」
金髪碧眼の美しい若き王に組敷かれ、黙ったままただその行為を受け入れていた。
私は今、ベッドに仰向けに寝転び、スマホで電子漫画を読んでいる。
『囚われの星姫』
田舎の小国アトリアが隣の大国クライモアとの争いに敗れ、アトリアの姫が実質人質としてクライモア王に嫁入りするという話。
というあらすじが気になりこの漫画を読み始めたが、現在アトリアの第一王女ステラがクライモアの国王ルーカスと初夜を迎えているシーンだ。
この「……」ステラは何を考えてるんだろう。
優しくして、とか?もしかして気持ちいい?ではないか、この三点リーダーが、私の妄そ、想像を膨らませる。
「助けて」
んっ?どこからか声が聞こえる。
「お願い助けて」
そう聞こえた瞬間、手に持っていたスマホが目を開けていられないほど強く光り出す。
私は咄嗟に目を閉じた。
目を閉じていても感じるほどだった光が収まったのを感じ目を開ける。
すると目の前には金髪碧眼の美しい、裸の男性がいた。
そんな彼に組敷かれている私も裸だ。彼の右手は私の顔の横にあり、左手は内腿を撫でている。
そのリアルで生々しい感覚に体が跳ねる。
(っ!!!!)
私は急いで彼の腕の中から抜け出しシーツを掴むと体を隠す。
「ステラ?」
彼が私のことをそう呼ぶ。
ステラ……そうだ、私はさっきまで『囚われの星姫』を読んでいた。そして今目の前にいる金髪碧眼はのクライモアの王ルーカス様だ。
ということは私はステラに転生したということだろうか。
いやそれよりもこの状況。いくらちょうど読んでいたとはいえいきなり初夜の最中に転生するなんて!
挙動不審な私にルーカス様は手を伸ばしてくる。
「ステラ、さっきまで何も言わずに僕を受け入れてくれていたのに」
私はその強い力に抗うことができずにまたルーカス様に組敷かれてしまった。
シーツを剥ぎ取られ温かな手が柔らかな膨らみに触れる。
(ひっ)
思わず声が出そうになる。本当のステラはこんなことをされて無表情で黙っていたなんて信じられない。
そう言えばあの時「助けて」という声が聞こえた。あれはステラの声だったのだろうか。
確かに、自国を滅ぼされ人質として連れて来られた国の王とだなんて受け入れがたいものがある。
私が彼女を助けるために転生したのだとしたらやるべきことは一つ。
「あのっ! ちょっと待ってください!」
私はルーカス様の腕を掴みそっと体から離す。
「どうしたの?」
「少し、お話しませんか?」
「お話?」
ルーカス様はひどく驚いている様子だ。それもそう、ステラはクライモア王国に来てから一度も言葉を発していない。
「だめ、でしょうか?」
「いや、そうだね。話をしよう」
ルーカス様はあっさり提案を受け入れてくれた。
そして意外だったのはルーカス様が穏やかで優しい顔を向けてくるということ。
ここまでの話はアトリアとクライモアの争いを描いていてルーカス様はアトリアの王を冷徹非道に断罪する。
まるで恐ろしい人物のように描かれていたが今目の前にいる彼は嬉しそうに敵国の姫である私に笑いかけている。
「さて、なんの話をしようか?」
服を着ることはせずベッドに並んで横になり、ルーカス様はこちらを向いている。
「えっと……なにを話しましょうか?」
話をしようと言ったものの話すことは特にない。
とにかく行為を中断しなければと思っただけだ。
「僕はステラの可愛い声が聞けて嬉しいよ」
ルーカス様は甘い言葉をかけてくる。こんなキャラだったなんて聞いてない。
私は思わず聞いてしまった。
「ルーカス様は私なんかを妻に迎えてよろしかったのですか?」
「ステラ……」
ルーカス様は悲しそうな表情になる。そして話をしようと横になっていたのにまた私に覆い被さってきた。
「えっ、いやルーカス様!」
「何もしない。抱きしめるだけ」
そう言って私をぎゅっと抱きしめる。その後は抱きしめられるだけで本当に何もなかった。
私はその素肌の温かさに包まれ、経験したのことのない安らぎを感じながら気が付くと眠っていた。
目を覚ますとふかふかのベッドに高い天井、服を着ていない自分に昨日のことが夢ではなかったのだと告げている。
ベッドにルーカス様はいない。私は起き上がると姿見の前に立つ。
シルバーブルーの長い髪、赤い瞳はアトリア国特有の色で漫画で見たステラそのものだ。
「私、これからステラとしてどうしていけばいいのだろう」
『囚われの星姫』は生粋の少女漫画である。主人公ステラがルーカス様と結婚してからの物語がメインだが、この先のお話は読んでないので知らない。けど、物語の主人公なのだから悪いようにはならないだろう。何よりルーカス様がすごく優しかった。
しばらく鏡の前で自分の姿を眺めていると部屋のドアをノックする音がする。すると返事をする間もなくドアが開いた。
「ステラ様、失礼いたします。身支度のお手伝いに参りました。」
メイド服を着た中年の女性が頭を下げて入ってくる。
「はい。よろしくお願いします」
私が返事をするとメイドは驚いた顔をする。そうだ、ステラは話さないんだった。だからノックの返事を待たずに入ってきたのか。
でも、これから私がステラとして過ごす上で話さない訳にはいかない。ちゃんと話せるキャラに軌道修正しなければ。
「すみません、一度聞いたかもしれませんがお名前を伺ってもよろしいですか?」
「わたくし、マーサと申します」
「マーサさん、改めてよろしくお願いします」
マーサさんは嬉しそうに微笑むと私にドレスを着せてくれる。
「ステラ様、ここに来てから随分気を張っていたご様子でしたが昨晩ルーカス様と打ち解けられたようでマーサはとても嬉しいです」
その言葉に私とルーカス様が昨日初夜を迎えたと勘違いしているだろうと思ったが、あえて訂正はしない。
強く締められたドレスに窮屈さを感じながらも着替えを終え、朝食に行くように促される。
マーサさんとダイニングへ行くとルーカス様はもう席に着いていた。
「ステラ、おはよう」
「おはようございます」
席に着きながら返事をした私に周りに控えていた使用人たちが驚いてる。マーサさんが使用人たちに何か耳打ちをしたあとみんな微笑ましくこちらを見るのでなんだか恥ずかしくなったが、気にしないことにした。
朝食は、朝食と思えないほど豪勢なメニューだった。並べられたカトラリーに、外側から使うことくらいしかわからないと一瞬戸惑ったが持ってしまえばステラの体が覚えていたのか手が勝手に動いてスムーズに食事を終えることができた。
朝食の後、ルーカス様に庭を散歩しようと誘われた。断る理由もなく私は快諾した。
「ステラは僕と結婚するのは嫌だった?」
庭を歩きながら唐突に聞いてくるルーカス様は不安そうな顔をしている。
正直、今の私に嫌かどうかの判断なんてつかない。けれど、本当のステラは嫌だったのかもしれない。だから私がここにいる。
「わかりません。でも、私はここにいるべくしているのだと思います」
「ずっと、ここにいてくれるの?」
「私が他に行くところがありますか?」
「ないよ。ステラの居場所はここだけだ」
そう言うルーカス様の顔はやっぱり優しい。人質に向けるような表情ではなかった。
その日の夜、昨晩とはうってかわってルーカス様は私に触れてこようとはしない。
「話、しようか」
そう言って二人でベッドに寝転ぶ。
「昨日はちょっと焦っていたかもしれない。ステラがどこか消えていきそうで。早く僕のものにしたかった。怖い思いさせてごめんね」
ルーカス様は私の頭を優しく撫でる。まるでひどく愛されているような気がして、私が彼に溺れてしまいそうになる。
ステラはなぜこんな優しくて素敵な人から逃げ出したいと思ったのだろう。
「私は、ルーカス様のことを好きになると思います」
気付けばそんなことを口にしていた。
ルーカス様は撫でていた手を止め目を見開く。その瞳からは涙が滲んでくる。
泣き顔を見られたくなかったのか私を胸の中に閉じ込めると、苦しいほどに抱きしめ震える肩を誤魔化していた。
涙もろいところも可愛いなと思いながらその日もルーカス様の腕の中で眠りについた。
それから毎晩私たちはベッドの中で話をした。
といっても私がステラとして話せることはほとんどない。
ルーカス様の学園での話やマーサさんは乳母だったこと、乳兄弟だった親友は結婚して家庭があること、そんな話をたくさん聞いた。
「僕の話ばかりしてごめんね」と言うルーカス様に
「ルーカス様のことを知れて嬉しいです」と言うと少し顔を赤らめぎゅっと抱きしめてくれる。
そんな時間が楽しくて、心地よくて私は自然にルーカス様を好きになっていた。
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「ステラ様、とても綺麗ですよ」
私は今、マーサさんの手によってとんでもなく着飾られている。純白のドレスにダイヤがふんだんにあしらわれたネックレスとティアラ。さすが国王の妻、という感じだ。
今日、ルーカス様と私の結婚披露パレードが行われる。国王が結婚したのだからお披露目するのは当たり前だが、かなり不安だ。
なにせ私は数ヶ月前までこの国と戦っていた敗戦国の姫なのだから。国民からよく思われていないかもしれない。この王宮にいる人たちは皆よくしてくれているが、それは仕事としてだろう。
この国に来てから初めて公の場に出る私はかなり緊張していた。
アトリア国とクライモア王国はクライモアの前王の時代までは友好的な関係を築いていた。
だが、前王が亡くなりルーカス様が王になるとアトリアとの長年に渡る違法貿易、不当廉売、人身売買など様々な問題が明るみになり、アトリア国へ改善命令を出した。だがそれをはねのけたアトリア国はあろうことかクライモア王国へ戦をしかけた。
アトリアがクライモアに勝てるはずもなく、国王であった父は処刑され私はルーカス様と結婚した。
私はルーカス様と一際大きな儀装馬車に乗り、周りを騎士たちに囲まれながら城を出発する。視界の先には既にたくさんの人だかりが出来ている。
「緊張してる?」
「はい」
「大丈夫だよ。ステラの心配することはなにもないよ」
大丈夫だと言いきるルーカス様にどこからそんな自信が湧いてくるのか疑問に思いながらも馬車はどんどん進んで行き、あっという間に街のメインストリートに出た。
沿道に溢れかえる人たちは皆笑顔でこちらに手を振っている。
「ステラ、笑って」
ルーカス様に言われ、にこりと微笑む。そして胸元で控え目に手を振ると大きな歓声が上がった。
「ルーカス様、ステラ様、ご結婚おめでとうございます!」
「お幸せに!」
口々に聞こえる声に国民全員が私のことを歓迎してくれているようだった。
その日の夜も私とルーカス様はベッドの上で語り合っていた。
「私、あんなに歓迎されているとは思っていませんでした」
「この国の人たちは皆僕が幼い頃からステラを好きなことを知っているからね。やっと想いが実ったのだと喜んでくれているんだよ」
「幼い頃から好き?」
それは初耳だ。『囚われの星姫』で私が読んだところまでに二人の幼少期のことは描かれていなかった。
「ステラは僕たちが出会った時のことを忘れてるんだね」
忘れているというか、私は知らない。ルーカス様の寂しそうな顔になんだか申し訳なくなる。
「すみません」
「ううん。僕たちが出会ったのは僕が父について初めてアトリアに行った時だよ」
ルーカス様はその時のことを話してくれた。
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ルーカスが十歳、ステラが五歳の時、クライモアとアトリアの国家交流として当時のクライモア国王と王子のルーカスがアトリアの王宮を訪問していた。
ルーカスとステラは互いに紹介された後、子どもは子ども同士何処かで遊んでいなさいと言う父たちの言葉通り二人で王宮内を歩いた。
「王族ってほんとめんどくさいと思いません?」
さっきまで大人しかったステラが急にそんな悪態をつく。
「まあ確かに大変だとは思うけど、」
「この国では王族は王宮で教育を受けることになっていて学園へ通うことも出来ないのです。ここから出ることも出来ないしお友達だってできない。私はもっと自由に生きたいのです」
ルーカスは自由に生きたいと言う五歳の少女に、その強い眼差しに見惚れていた。
「どうせろくに恋も出来ずにお父様に言われた人と政略結婚して好きでもない人と一生を過ごすのです」
拗ねたように口を尖らせるステラに
(自由に生きたいって恋がしたいってことか。可愛いな)
ルーカスはそんなことを思った。
「僕がいつか君を自由にするよ」
「え、どうやって?」
「僕が迎えに来るよ。ここから、この国から連れ出してあげる」
「それは凄く楽しみですわ! 待っています」
それが幼い頃ルーカスとステラが交わした会話だった。
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「僕はステラをお嫁さんにしてあの国から連れ出すつもりだった」
そんな頃から妻にするつもりだったとは驚いたが、きっとステラはそうは思っていなかったのだろう。国から連れ出してくれることと結婚することはイコールではない。
「十二歳になって学園に入学する時、代表挨拶で『アトリアのステラ姫を妻に迎え立派な国王になります』て言ったんだ。父は呆れていたけどそれで国民には僕がステラに想いを寄せているって周知されたんだよね」
「そうなのですね」
「こんな形だけどステラと結婚できて僕は幸せなんだ。ただ、君の父上を殺めてしまったことは申し訳ないと思ってる。でも、そうしないと君の命が危なかったんだ」
「私の命が?」
父はルーカス様が私に想いを寄せていることを知っていた。戦には勝てないとわかっていた父は私の命と引き換えに降参することを要求していたのだ。
降参しなければ私を殺すと。それでルーカス様は父を捕らえ直ぐに処刑したのだそうだ。
「これが本当にステラのためだったかはわからない。でも、僕は今こうして僕の側にいてくれる君をこれから幸せにしたいと思ってる。君を、愛してるんだ」
「あ、りがとうございます……」
ルーカス様の一途な想いが嬉しかった。でも、それ以上に虚しくなった。ルーカス様はステラのことが好きなんだ。私じゃなくて本当のステラのことが。
目頭が熱くなるのを感じぎゅっと目を瞑る。
ねぇステラ、どこにいるの?戻っておいでよ。ルーカス様はあなたのことを愛しているし、必ず幸せにしてくれる。だから、戻っておいで。
心の中で呼び掛けても返事はない。
そうしているうちに涙が次々と溢れ出す。
「ステラ? どうしたの?」
「ルーカス様、私はあなたの好きなステラではありません。あなたに愛される資格などないのです」
ルーカス様は声を震わせる私の頬にそっと親指を這わせ涙を拭う。それでも次々溢れる涙で滲んだ先のルーカス様はどんな表情をしているかわからない。
「ステラ、確かに君は以前のステラではないのかもしれない。でも君は僕の好きなステラだよ。今、僕が愛しているステラだ」
「ルーカス様……」
「今のステラは僕のことどう思ってる?」
私は、私の気持ちを告げてもいいのだろうか。
ねぇステラ、私があなたの代わりに幸せになってもいいのかな。私が愛されてもいいかな。
窓の外の木々がそよいだ。私の中にいるステラが笑った気がした。
「っ私も、ルーカス様を愛しています」
ルーカス様は嬉しそうに微笑むと私の頬を優しく包みこみ優しくキスをした。