4-1 キミもコスプレイヤーにならないか?
恋のキューピッド大作戦騒動を終え、開校記念日を経て金曜日がやって来た。
今週最後の学校ということもあり、生徒達が張り切って1日を謳歌している教室の片隅で、翔と拓眞はいつも通りつるんでいた。
「なあ頼むよ翔ちゃん、俺ちゃんが悪かったって。そろそろ許してくれてもいいんじゃあないの~?」
恋のキューピッド大作戦の発案者であり、実行犯の拓眞は両手を合わせ、必死になって許しを請う。
しかし相変わらず、翔は呆れた様子でため息を吐き、あえて視線をそらす。
「許すも何も、余計なことしたんだから。少しは反省して」
「そんな冷たいこと言わないでさぁ、ほら俺ちゃんのおやつあげるからさぁ?」
「いらない。てか、歌星君が買ってくるお菓子って……」
翔の話も聞かないで、拓眞は買ってきたお菓子を机の上に広げ出す。
そこに置かれたのは、変な味も入っているビーンズ菓子、タイヤの味がするグミ、18禁ポテチ等々……
とにかく普通の人なら絶対に好き好んで買わない商品が並んでいる。
「ほらほら、このビーンズとか面白いぞ~? バナナ味とか美味い味は勿論、石鹸に草とかゲテモノ味も混ざってんだ!」
「だから、いらないって。そもそもどこで仕入れてくるのそんなもの!」
「ド○キ」
「でしょうね!」
そんな何気ない会話を繰り広げる間に、昼休みは過ぎていく。
すると拓眞はふと思い出したように「あっ」と声を漏らし、机に両手をついて立ち上がった。
「そうだ翔ちゃん、あれから進展はあったのん?」
「進展って、進むどころか後進していく一方だよ」
誰かさんのお陰で。やや嫌味っぽく呟きながら、拓眞を見つめる翔。
現に綾音も、二日前の大作戦から翔とギクシャクした関係になってしまっていた。
そもそも進んですらいないものが、誰かさんのせいで下がってしまった。
「いやいや、そっちじゃあなくて。ほら、翔ちゃんイケメンの友達いたじゃないの」
勘違いされていると察知した拓眞は言って、翔の耳元で彼の名を呟いた。
「ヒビキさんとは、どうなの?」
ヒビキ、その名を聞いた瞬間、翔の顔が真っ赤に染まった。
「えっ、えと……」
「お買い物デートは絶好調だったんだろ? あれから何か、進展はないの~?」
拓眞はニヤニヤしながら、翔に訊く。
数日前の買い物デートといえば、駅でお開きする間、一緒に寄り添ったのが記憶に新しい。
2回目の顔合わせであそこまで接近できたのは、大成功と言って過言ではない。
しかし。それからしばらく経っているが、ヒビキとは未だ連絡出来ずにいる。
「実は……」
拓眞の手助けがあったとはいえ、やはり自分で一歩を踏み出す勇気だけは、未だ出せずにいた。
「なるほどねん。まあ、翔ちゃんの恋は奥手タイプだからなぁ……」
拓眞はうーんと腕を組んで唸る。
次の一手をどう打つべきなのか、翔が出せる手札に何が残っているのか。拓眞は考える。
(折角翔ちゃんにできた友達なんだ。お節介だけど、アオハルの一ページを捲れるのは翔ちゃん自身! 奥手な分、俺ちゃんが全力でサポートするしかないッ!)
恋愛の神(自称)として、発芽した恋の芽を開花させる。
そのための妙案が、生まれては消えていく。
「…………えっと、歌星君?」
「……いや、流石に家は早すぎる。かといってまた買い物ってのも、味気がねぇ」
ブツブツと呟きながら、やがて拓眞はフリーズしてしまった。
脳内会議で出てくる案が、どれも納得行かなかったのだ。
そもそも、2人の関係はあくまでも「つばさてゃ」と「ヒビキ」としての付き合い。
あくまでも匿名、固定ハンドルネーム――ネット上のニックネーム――しか知らない間柄。
通常の顔や本名を知った上での恋愛とはワケが違うのだ。
その分、通常よりもデートプランの幅に制限がかかってしまう。
「……ん?」
***
一方その頃、同時刻。
午後からの鋭気を養おうとする生徒達でごった返す学食に、綾音とひよりがいた。
案の定この2人も、恋のキューピッド大作戦の件もあって、関係がややねじれた状態にあった。
「ねえ綾音~、お願いだからもう許してよ~。カツ丼のカツ一個あげるからさぁ~」
「物で釣られるほど、アタシは軽くないわよ」
「そんな冷たいこと言わないで~。それにアレ発案したの、歌星の方だし……」
「それでも、一緒になって実行した以上は同罪よ。全く、よりによって如月と一緒に閉じ込めるなんて」
ご立腹な様子の綾音は呟いて、持ってきた弁当を頬張る。
だが無理もない。大きな争いが起こらなかったとはいえ、犬猿の仲である翔と二人きりになってしまったのだから。
そして何より――
(それに、アイツにアタシの苦手なものバレちゃったし……)
奇しくもお互いに嫌いなもの、それを嫌いになった理由を知ってしまった。
(まあアイツ、弱みは利用しないって言ってたから、大丈夫だと思うけど……)
翔の真面目な性格からしても、握った弱みを利用して綾音を黙らせる真似はしない。
それは綾音も理解している。けれど……
「ああもう、とにかくアイツのことは一秒たりとも考えたくないの!」
頭の中にかかっていた霧を振り払い、綾音は弁当にがっつく。
そして喉元まで来ていた溜飲を、おかずごと呑み込んだ。
(これ以上考えたら……まるでアイツのことを好きになったみたいじゃない……)
心の中で呟きながら、脳内に浮かび上がる翔の記憶を、無理矢理つばさてゃに塗り替える。
男子と付き合うなど、よりによって翔と付き合うなどあるはずがない。
唯一あり得るのは、つばさてゃただ1人だけ。
しかし、綾音は無意識に開いたスマホの画面を見つめてため息を吐く。
「…………」
画面に映るのは、つばさてゃとのメッセージ画面。
熱々な会話が繰り広げられているが、更新は数日前の買い物デートで止まっている。
そう。綾音もまた、どのように進展させるべきなのか、分からなかったのだ。
(つばさてゃ……あれから、連絡する勇気も出ない……)
あくまで1人のファンとして、これ以上の付き合いをしてもいいのか?
そんな一抹の不安が頭を過る。
「あっ、そうだ綾音!」
とその時、鶴の一声が響いた。声の主は、ひよりだった。
「な、何よ急に?」
「綾音って確か、アニメとか詳しいよね!」
「ま、まあ見る方だけど……」
コスプレ元のことを理解するために。心の中で言葉を付け加えながら、綾音は肯く。
するとひよりは、まるでその言葉を待っていたと言わんばかりに明るい表情を浮かべて、
「それじゃあさ、これあげる!」
とポケットから二枚の映画チケットを取り出した。
「映画の……チケット? それも二枚も?」
訊くとひよりは、辛酸を舐めた表情を浮かべながら長々と事情を話した。
「実はアタシの好きピがさぁ、映画デートの日にどうしても外せない用事ができちゃって~。アタシ1人で見に行こうにも、あまりアニメとか詳しくないから……」
「それで、アタシにどうかってワケ?」
「そゆこと! 綾音なら、同じアニメ好きな友達いそうだし、よかったら貰ってくれないかなぁ~って!」
ひよりはウキウキで言いながら、綾音の前にチケットを押し付ける。
答えは訊くまでもなく、受け取って欲しいらしい。
それを察した綾音はため息を吐きつつ、ひよりからチケットを受け取った。
「アンタがそこまで言うなら、有難くいただくわ。それでアニメ映画ってのは……」
言いながらチケットに記された映画のタイトルを確認する。
「魔法少女 マジカル・マギア……?」
瞬間、綾音の中に眠る『ヒビキ』の血が騒ぎ出した。
(マジカル・マギア、略してマジマギッ! 星の数ほどある魔法少女モノの作品に一石を投じた伝説の魔法少女アニメ! 愛くるしいキャラクター達はさることながら、チョコ菓子のように徹頭徹尾伏線が散りばめられた重厚なストーリーが圧巻で! テレビシリーズが完結した今も総集編映画や劇場版が制作されて、コスプレ界隈では今も覇権を握る、あの伝説のマジマギじゃない!)
更に、綾音の脳内に居着いていたつばさてゃと、マジマギのキャラクターが合体した。
悪魔合体ならぬ、天使合体。
果たしてその結果は――
(マジマギの主人公、マギアちゃんのコスプレをした、つばさてゃ……ッ!)
桃髪ツインテールに、純白な魔法少女ドレスに身を包んだ、つばさてゃの姿。
その姿はまさに、悪魔さえウィンク一つで倒せてしまうほど強力な境地。
コスプレという新たな扉を開くことで、新たなファンが舞い込んでくる可能性もある。
ファンとしても、ヒビキとしても、この期を逃す手はなかった。
「それじゃ、アタシそろそろ行くね」
硬直した綾音に、ひよりは耳打ちしてから学食を後にした。
数秒の間を置いて、我を取り戻した綾音は「よしっ!」と気合いを入れ、つばさてゃとのメッセージに文字を打ち込んだ。
『今週の土日、よければ映画行きませんか?』