リヒャルダ(3)
かなり昔のことなのだろう。
リヒャルダ様は目を閉じて、何かを思い出しているようだ。
騎士の求めがあれば、過去も惜しまず明かしてくださるのだ。
言ってしまうと俺の頭の中には今、戦いのこととリヒャルダ様への興味しかない。
君主の結論を無言で待つ。
『そうじゃな。家の継嗣は決まっておったし、まぁ気ままな有閑令嬢じゃったよ。トビが気にしているのは別の事ども、さしずめ我が恋愛遍歴というやつなのであろうが』
「はい」
『ふ、素直な奴よ──意に沿わぬ見合いや婚姻の話はぜーんぶ蹴っ飛ばしたな。家に仕えていた者らのうちの誰かと必要以上に親しくなったり、まして好きあうなどは論外。ま、一方的に好かれていたことなら無くもないが、なに。あるじの娘だからと言うて思うことも述べられぬような者はこちらから断りを入れただろうさ』
安心したかや?
とちょっと意地悪な微笑で仰る。
「恥ずかしながら」
姫様は他人の心に触れてみたいと仰せになっただけだ。
俺のほうで勝手に解釈して、話を聞きもしないうちから、この人の過去のあれこれ(主に惚れたはれたの話)を気にしてしまった。
軽く嫉妬したのだ、俺は──この幸福な巡り合いの前の、リヒャルダ様のことを勝手に、考えて。
……まあ、見抜かれてるわな。隠し事のできない相手ってのは確かにいるわけで。
『ふむ……トビの気持ちも分からんじゃないがのぅ。それほど気になるものか? 確かに王侯貴族の恋愛や婚姻は普通よりも時期が早いのが相場じゃあるが、そりゃあくまで一般論にすぎんじゃろうよ。わしゃ郷里じゃわがままお嬢さんで通っとったんじゃ、そんじょそこらの男で満足して堪るものかよ』
「そうですよね。すみません」
『良い良い。どーせ今は2人っきりじゃ。トビの言うとおり隠すべきところは隠さねばならんが、なるたけ心を許し、胸の裡を明かし合うて過ごしたい。君主たるもの騎士に先んじて手本を示すは当然じゃ』
こちらが一言投げかければ、必ず途中で小さく呼吸を挟むほど長く、気持ちのこもった言葉を返してくださる。
他はどうだか知らないが、姫様の口数の多さが俺は嫌いじゃない。
リヒャルダ様は俺の膝にうまく腰かけて向き合ったまま、一転して静かに問われる。
『トビはどうなんじゃ』
「俺ですか? 俺はさっき言ったとおり恋愛はイマイチ」
『そっちじゃない。まあ興味ゼロじゃあないがそれは後じゃ──わしがするように、お前も心を見せてくれるか。お前の思うことどもを、このリヒャルダに余さず告げてくれるか』
「姫様の望まれるとおりに。俺も努力します」
『うむ、ならばよい。ちなみに今の気分は? 隠したければ黙秘権くらいは与えてやってもよいが』
冷静になってみると、敬愛する君主を膝にのせているという、幸せなんだか畏れ多いんだかわからん状況である。
リヒャルダ様は転移魔法で急接近してすぐ、一瞬で絶妙なバランスをとって“ぺたん座り”なぞなさっている。しかもご自分の膝の間に両手をついていて、とてもかわいらしい(伝われ)。
俺の顔を真剣に見て話をしてくださっている関係上、ごくごく自然な上目遣いにもなる。
龍族の力を色濃く継ぐ半龍人の血はとてつもなく熱い。
触れている細い脚から、小さな全身から伝わる彼女の体温は、少なくとも俺の頭を甘く燃やすには十分だ。
ほれほれ言葉にせんと分からんぞー、などとわくわくした調子で煽られれば煽られるほど何も言えなくなってしまうのを何といえばいいのやら、さっぱりわからない。
言葉が大渋滞を起こしている。
伝えなければならない人に、伝えなければならないときに、伝えなければいけない言葉を言えなかった時のように。
てなわけで引き続き何も言えずに黙っていると、リヒャルダ様が意地悪なほほえみを消した。
『今はこのように近づかんでほしい、とかでもよいぞ。わしだって、無茶な要求をしておる自覚くらいはある。トビはわしを気遣ってくれるのに、わしばかりが無遠慮にお前と接してよい理由はない』
2023/5/1更新。