穏便な覚醒を
………穏便な覚醒とは一体どのようなものなのだろうか。私、黄泉 寂滅はたびたびそう疑問する。
この世に生を受けてしばらくはそうだったのかもしれないが、それはもはや霧かがっていた。
『もう一人』に振り回されていた時は眠ることさえ叶わなかったし、その時の私は病んでいたので、やはりそういうものに憧れを抱くのは必然と言っても過言ではないのだろう。
ようやく、それが体験できる。と、思っていた。
「寂滅!! 寂滅ッ!!! ギブギブギブ!!!!」
「あー、今まで食べたパンの枚数を思い出すからちょっと待ってて」
「13枚、私は和食ですわ☆」
「誰だよお前」
そうだ、今の原因はこいつ(姉)なのだ。この夜這いシスコンのせいで未だに私は安眠からの目覚めを体験出来ていない。
「姉さん、いつまでこれやるつもりなの?」
「い、妹と一緒に寝たいって思うことはだめなことのかー!?」
「胸に手を置いてた理由は?」
「す、滑ったんだよ! 私は無罪(イノセンス)だ!!」
「じゃあ私のぱんつが脱げてる理由は?」
「辛抱できませんでした」
「OK、有罪(ギルティ)」
「へあッッッッ!!?」
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「だからさ、姉さんはシスコンが過ぎると思うんだ」
「……はぁ」
私は日頃の鬱憤を晴らすかの如く、エルドラドに愚痴を放っていた。
それを困ったような笑顔で受け止める彼だけれど、その返答には覇気がまるでない。
それもそうだ、友人を蔑む意見を肯定なんぞ誰もしたくはないだろう。
ため息を吐く私を前に、ただエルドラドはその長い尻尾を揺らしながらこちらを見るだけ。
「あれだろ、長年近くに居られなかった時の反動だろ」
「反動もあそこまでいけば変態だよ」
「あいつもあいつなりにお前のこと考えてるんだって」
「それくらいわかってるよ、でもさぁ……」
もちろん、一緒に居られなかった分姉さんと共に過ごしたいとは思っている。でも何を間違えたのか姉さんの妹に対する愛情はイケナイ方向へ全力疾走。ブレーキの効かないシスコンほど恐ろしいものは無いのかもしれない。
「まぁとにかく今日は、その相棒を傍らに寝てみたらどうだ。流石のあいつも手を引くかもな!」
「…………」
彼にそう言われて私は相棒、ルーヴェンを抱きしめた。
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微睡みから目が覚める。気分は上々、穏やかに目覚める朝がこんなにも素晴らしいものだと感動する。何者にも邪魔されずに、自分だけの朝を過ごせる日が来るだなんて、なんて平和なのだろう。
いや、これが本来の当たり前なのだろうな。誰のせいだとかは言わないが。私は穏やかな気分でそのドアを開け
目の前に広がる荒野を見た。
「ブッッッ」
思わず私は吹いてしまった。どう表現すれば良いだろう? 本来ドアを開けた先には左右に伸びる廊下があるはずなのだ。あるはずのものが荒野へとすり替わっている。崩れかけた廃墟以外何もない、その光景はあまりにも荒みすぎていた。
これだけでもお腹いっぱいなのに、さらなる凄みが私の度肝を抜いた。
「ギャオオオオオオ!!!」
金色をしたミツマタノヅチっぽいクソデカな龍である。名前はなんだっただろうか、どっかで見た記憶はあるのだが。そのミツマタノヅチは荒んだ建物を悉く破壊していた。意味がわからないよ。
「グオオオオオオオオオッ!!!」
その時、ミツマタノヅチに青白い光線のようなものが直撃し、たちまちミツマタノヅチは崩れていった。死んだのだろうか。
私はミツマタノヅチとは反対の方向を向いた。はたまた巨大な影であった。ワンチャンミツマタノヅチよりデカいのかもしれない。よく見てみるとそれは影ではなくそういう体色なのだと理解できた。
ザラザラとしていそうな体表、長く太い強靭な尾、背中から生えているように存在している結晶のようなもの。
どっかの映画で見たことあるような、確か巨大なゴリラと戦ったんだっけ? 口からビームを出すアレ。
………と、思ったのだけれど。頭だけは私の想像しているものではなかった、頭は黒豹だったのだ。
「……………んんん???」
本格的に自分が存在している世界がわからなくなったところで、そのよくわかんないデカブツは口を開く。
「どうした、私を忘れたのか。私だ、パジラだ」
ああ、豹だからか。って、やかましいわ。
手に負えないと理解できた私は意識を手放した。グッバイ現世、また来世で会いましょう。
「…………ルーヴェン、変な夢見た。変な夢見ると疲れるんだね」
「……………」
もちろんぬいぐるみが言葉を返してくれるはずがない。
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……妹の幻が私のベッドに居た。
「どうしたの姉さん」
「いやなんで私んとこに居るのかなって」
「気分!」
「はぁ」
幻はたまに私や姉さんのベッドの中に潜入してくることがある。それは別に気にしないのだが、問題なのは二人で寝るとキツいということだ。妹は気にしてなさそうだが。
ふとして思った、もしかしたら誰かと共に眠るということが穏便な覚醒へと繋がるのではないか? そうと決まれば早速寝よう、そうしよう。
「もふもふー♪」
幻が私に抱きついてくる、それが何だか心地良い。どうしてなのかはわからない、姉妹故の本能なのだろうか。
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時計の針が真上を指す刻、私は視線を感じ目を開ける。あぁ、またか。結局穏便な覚醒なんぞ出来ないというわけか。
「……姉さん、何してるの」
「まだ何もしてない、これは本当」
視線を左にやると、床に膝をついてる姉さんが見えた。しかし、時間が時間。あまりにも瞼が重くて再び眠りにつきそうな時だった。
「ごめんね」
姉さんの謝罪の言葉が聞こえた。それはどことなく怯えているようなものだった。例えるならば花瓶を割った子供が親に正直に伝える時のような……この姉は何を言ってるんだか。私は失笑してしまって
「大丈夫。でも次からは変なことしないこと。そうしたら私もきっと素直になれるから」
「それは真か」
「真でござる」
私が毛布を捲ると姉さんはいそいそとその中に入った。その後手が握られたような感覚があったけれど、生憎と私は欲に耐えきれず、曖昧な記憶はそこで途切れた。
きっと今回は、穏便な覚醒ができるだろう。




