26話 「趣味研」校外活動 テニスその2
「ふいーっ、と」
マコトと2人、だらけた姿勢でベンチに腰掛ける。
予想通りあの後もヒヤヤッコの活躍は続き俺たちはボロ負けしてしまったが、不思議な満足感があった。
月島先生のサポートのお陰かラリーが続く場面が多く、最初のゲームほど一方的な展開にならなかったからだろう。
マコトも言っていたが月島先生はさりげなく打ちやすい所にボールを出してくれるので、ただ打ち返すだけでもなかなかに楽しめたのだ。
月島先生は接待テニスの才能があると思う。
そんなこと言われても先生は嬉しくないだろうが……。
「ほら、水分はきちんと取っておけよ」
「ありがとうございます」
あれだけ動いても涼しい顔の月島先生からスポーツドリンクを受け取り、口を付けながらコートを眺めた。
優羽さんと九条さんの打ち合いはまだ続いていたようだ。
実力が近いから楽しいのだろう、ポイントを取るたびに笑顔できゃーきゃー騒いでいる。
「お前たちは基礎体力からだな」
先生はベンチの脇に立ち、スポーツドリンク片手に俺たちを見下ろしていた。
言葉だけを聞くと怒っているようでもあるが、その表情から察するにこちらを心配しているのだろう。
「予想はついてましたけど、テニスって体力が要りますよね」
「やっぱ、ダブルスにしてもらって正解だったよな。シングルスだったらと思うとゾッとする」
本当は全員1対1で対戦するはずだったが、俺とマコトは体力に不安があったため急遽変更してもらったのだ。
対応が必要なエリアも減るので、体力的にはだいぶ楽だったと思う。
それでもこのふらふら状態なわけだが。
「ちょっと遊ぶのには楽しいんだけどな。趣味レベルまで持っていける気がせんぞ」
顔をしかめながら自分のふくらはぎを揉むマコト。
趣味なんだからレベルもなにもないだろう、と言いたいところだが、彼のぼやきも理解できる。
シングルスだったら、1セットどころか1ゲームでへろへろになり、2ゲーム目でギブアップしただろう。
さすがにこれで趣味はテニスですとは言いづらい。
「……まあ、見るぶんには体力も関係ないけどね」
いつのまにか優羽さんたちのコートは、ヒヤヤッコとテニスクラブの女性も加わりダブルスとなっていた。
きゃっきゃ笑いながらテニスを楽しんでいるその光景は華やかで、一生見ていられる。
……女子テニスの鑑賞を趣味にしてはどうだろう……?
まあ同好会の活動では無理か……。
「……ヒヤヤッコ、楽しそうだな」
「うん? そうだね」
急に妙なことを言い出したので、隣に座るマコトに顔を向ける。
彼は慌てたようで、こちらを見る目が一瞬泳いでいた。
たぶん、口に出すつもりはなかったのだろう。
「いや、良い友達ができて良かったなって思ってさ」
「誰目線の感想? 父親?」
俺がそうツッコむとマコトは笑っていた。
けれどその笑顔は、少し寂しそうにも見えた。
「……みんな、ポニーテールだね」
なんとなくお互いに無言になりそうな気がしたので、呟く。
正確にはテニスクラブの女性はショートカットだったが、それ以外の3人は全員髪を結んでポニーテールになっていた。
きちんと縛っているせいか大きく揺れるわけではないが、それでも目が追ってしまう。
「髪が長い人間がスポーツをやるなら、それが楽だからな」
返事をしてくれたのは月島先生だ。
なんとなく、先生の髪に目がいく。
いつもポニーテールの先生は今日も当然その髪型で、試合中も俺の視線をたびたび奪っていた。
「月島先生はずっとポニテですよね。スポーツじゃなくても」
「……楽だからな」
呟くように言う先生。
ショートヘアの方が楽な気もしたが、いろいろとこだわりがあるのだろう。
「やっぱ、ポニテいいっすよねえ。俺、ポニテ好きなんですよ」
マコトも気を取り直したようで、露骨にアピールをしていた。
やはりマコトはこうでないといけない。
マコトの下心を見抜いたわけではないだろうが先生は特に反応せず、コートを見たままスポーツドリンクに口を付けている。
……月島先生が反応しない以上、俺が反応するしかない。
マコトを無視するなんて俺にはできない。
「というか、たいていの男は好きだよね、ポニテ。俺、小学生くらいのときから好きだったし。男の本能に訴えるなにかがあるんじゃないかな」
「小学校にポニテの奴っていたっけ。あんま覚えてねえな」
「ああ、学校じゃないよ。いや、学校にもいたのかもしれないけどね。そうじゃなくて、ふがふがの店員にいたんだよ。ポニテでめちゃくちゃカワイイお姉さんが。ユキさんの知り合いだったみたいだけど……。また会いたいなあ」
お姉さんのその優しい笑顔を思い出していると、なんとなく月島先生の視線を感じる気がして、さりげなく先生を見る。
……しかし視線を感じたというのは俺の勘違いだったようだ。
月島先生はテニスコートをぼんやりと眺めながら、自身のポニテを手で弄んでいた。
「ナオって結構年上好きだよな」
「別に年上好きってわけじゃ……。まあ確かにあのお姉さんのことは大好きだったけど、でもそれは仕方ないんだって。そもそもあのポニテのお姉さんが俺のこと好きって言ってきたんだよ。『ナオ君が大きくなったら結婚してあげるね』って向こうから――」
「ゴフッ!? ゴフォゴフォ!」
「先生!? 大丈夫ですか!?」
話の途中で急に月島先生が咳き込みだしたので、マコトと一緒に慌てる。
先生は近づこうとする俺たちに顔を向けると、右手でこちらを制してきた。
「ああ、ゴフ、大丈夫だゴフ、ちょっとむせてしまっただけゴフ」
「本当に大丈夫ですか先生? 語尾にゴフが付いてますけど」
「語尾にゴフが付くってなんだ……?」
ベンチから腰を浮かせたまま、ボンヤリと首を傾げているマコト。
そこをツッコまれても、俺だって分からないよ……。
「ゴフ……。私のことは構うな。会話を続けていいぞ」
月島先生は大きく咳払いしたあと、首に巻いていたタオルを使って口を拭っている。
しばらく様子を見ていたが、たしかにむせただけのようだ。
中腰になっていたので、マコトと2人ベンチに座りなおす。
……。
…………。
「えっと、なんの話してたんだったか」
「なんだっけ」
マコトと2人、ぼんやりしながら空を見上げた。
運動ができず記憶力も悪いとなると、いよいよ良いところが無い。
「たしかポニテのお姉さんのことが、その……大好きだったとか、結婚の約束をしたとか、そんな話をしていたんじゃないか。よく聞いてはいなかったが」
意外なことに助け舟を出してくれたのは月島先生だった。
「ああ、そう。ふがふがにいたポニテ可愛いお姉さんの話だ」
「確かにそんな話だったな。しかし、俺は見覚えがないぞ。ふがふがにポニテの人なんていたか?」
「正直昔のことだからあんまり覚えてないけど、多分、短期バイトの人だったんじゃないかな。ふんわり優しい感じの人で、話し方が凄く可愛かったんだ」
「話し方が可愛い?」
その返事をしたのはマコトではなく、月島先生だ。
興味が無さそうだったが、聞いてはいたらしい。
「あ、はい。なんていうか『あーダメだよ、ナオ君。お口の回りにケチャップ付いてるよー。お姉さんが拭いてあげますからねー』みたいな」
「ぐううううう!」
「!?」
急に頭を抱え、うなり声を出した先生に驚く。
俺たちの視線に気付いたのか、先生はゆっくりと顔を上げると軽く咳払いをしていた。
「いや、すまない。興奮してしまった。ただ、桐生よ。そういう人をバカにするような声真似は感心せんぞ。これは教育的観点からの注意だ」
「ご、ごめんなさい。バカにしたつもりはありませんでした。あの人の可愛らしさを皆にも伝えたかっただけで……」
「……可愛らしい? 本当にそう思っているのか? 正直バカっぽい話し方だと思うが」
先生の発言にギョッとした。
「バカにするのは良くない」と注意してきた人の言葉とは思えない。
「せ、先生! 悪口はやめてください! 先生だって直に会って話したら、絶対あのお姉さんのことを好きになると思いますよ!」
「むしろショックを受けて、寝込むかもしれん……」
なぜか先生は肩を落としている。
「そりゃあ、ナオが可愛らしく言っても、その人の良さが伝わるわけがない。俺すら寒気がしたほどだ。先生が怒るのも無理ないよ」
先生に媚びるような発言だが、実際は俺へのフォローだろう。
心の中でマコトに感謝する。
「……いや、すまん。個人的に話し方をバカにされるのが苦手でな。つい八つ当たりをしてしまった。本当に申し訳ない」
先生も落ち着いたようだ。
軽くため息を吐いたあと、俺に頭を下げてきた。
俺も怒っているわけではないので話はそれで終わりなわけだが、少し気まずい空気になってしまった。
そんなとき。
「あ、あの、写真はどうしますか?」
気付くと九条さんがすぐ目の前に立ち、こちらの様子を窺っていた。
どうも俺たちが話している間に休憩に入ったようで、優羽さんたちも近くのベンチに座り水分補給をしている。
「写真?」
「ああ、活動報告の写真か。忘れる前に撮っとくかね。日が暮れても面倒だし」
俺はピンと来なかったが、マコトは会長なだけあって写真という言葉だけで分かったようだ。
俺もさすがに活動報告という言葉を聞いて理解できた。
その名の通り同好会の活動に関する報告書を作る必要があるわけだが、写真はその活動内容の証明として提出するのだろう。
優羽さんたちにも声を掛け、手早く撮影することになった。




