ドキドキ
夕陽がゆっくり沈む中、2人の男女が見つめ合う。
差し伸べられた手を取るか少し迷った少女は、おそるおそると言った様子で彼の手を取り立ち上がる。
「んしょっと。伊藤…だよね?ごめんね、急にベンチから立ち上がっちゃって」
てへへと恥ずかしそうに笑う彼女に見とれてしまいそうになる。
だが、頭の中はフル稼働していた。
「篠原はひどいな、中高一緒なのに忘れるなんて…俺の方こそちゃんと前見て走るべきだった。」
思い出せ思い出せ、師匠の言葉を
思い出して実行するんだ、この一週間で学んだことの少しでもこの機会に活かすんだ!
『女の前では何があっても堂々と、あせらずゆっくり目を見て話せ。
会話に困ったら、相手の話をベースに広げろ
例えば猫が好き→そうなの!→動物好きなんだ→動物好き!→俺も好きなんだ、動物園とか楽しいよね→動物園好き!→じゃあ今度一緒にいかない?簡単に言えばこんな感じだ。
そして可能ならなるべく沢山笑わせろ。
連絡先交換までいけりゃ上等だ』
「忘れたんじゃないよ!なんか雰囲気違くて、運動とかするタイプにも見えなかったから…てか話すのも初めて?だよね」
首を傾げながらそう聞いてくる篠原、中高とバレー部のエースであり見た目も優れる彼女と、休み時間の度に寝てるフリか本を読むかモテない男友達と過ごしてる俺に接点などなかった。
というか逆によく俺だと気づいたものだ、夏休み2日目に清潔感が命だと美容室に引きずられ目は完全に隠れるくらいの長さだった髪は横と後ろはバリカンで刈り上げられ、トップは長めに緩くパーマがかけられており前髪は目にかからない長さになっている、今流行りのオシャレマッシュスタイルだ。
未だに鏡を見るたびに誰だコイツとなってしまう程の変貌ぶり、ちなみに腕毛、すね毛も全てむしり取られら脱毛サロンにも通わされている。
費用は全て師匠負担だ、ありがたや。
「あぁー…夏休みデビュー的な?イメチェンしようかなって」
「へー、なんかウケる」
「ところで篠原もランニング?」
「そーだよ!ちょくちょくここで走ってる」
「そうなんだ、俺は走り始めたばっかりなんだけど続けるのって大変だな」
「たしかにねー、あたしもやっぱり今日はいっかなってなっちゃうこと良くあるよ」
「それでもずっと続けてるんだろ?俺なんて夏中続くか不安で…」
ドクン、ドクン
こんな当たり前の会話中でもずっと俺の鼓動はうるさいくらいに鳴り響いているし、緊張で舌は乾くから上手く言葉を発音できてるか不安だ。
ここから先の一言、『誰かと一緒にだったら続けられそうな気がするから明日から一緒に走らないか?』断られたら俺は今みたいに話せないだろう、きっと狼狽えて言葉も出てこず消えてしまいたくなるはず。
怖い、今日は篠原と会話が出来ただけよしとしよう十分じゃないか。
よし!帰ろう!
『リスクのある場面で前に進める男だけが女心を勝ち取るんだ』
くっそぉ、もう言っちまえ!
「だ、誰かと一緒だったら続けられそうな気がするんだ、明日から一緒に走らないか?」
「え…?」
沈黙。
それに加え何を言われたかわからないと言った顔だ。
「あたしは毎日は走らないけど、時間が合う時だったら走ろっか」
よしっ!なんか少しかわされてる気もするが
このまま攻める
「じゃあ走る時連絡するからLINE教えてくれよ」
ちょっと強引だが流れとしては自然だ。
「え、あ、うん。はいっ」
そう言って篠原はスマホのQRコード画面を見せてきた。
俺は手が震えるのを必死に隠し画面を読み取り、登録した。
初めてゲットした連絡先が高校でも男子人気トップ3には入るだろうという美少女。
じゃあまたと挨拶して篠原が見えなくなってから俺はガッツポーズを決めた。
「よっしゃー!!」