夕陽、それはノスタルジー
「はい、オッケー」
「はぁっはぁっはぁ」
既に一週間、必死にメニューをこなしている。
少し慣れてきたと言う事もあって少しずつダンベルなどのメニューも増えてきた。
ついでに走れとのことで、ランニングも日課の中に組み込まれている。
そんな運動部顔負けの毎日を過ごしている体は毎朝起きるのが憂鬱になるほどの筋肉痛を訴えかけてくる。
よく自分でもこんな毎日に耐えられてると思うが、それはきっと他に何もすることが無いからだろうと思う。
友達や彼女と予定があればこんなに辛くてしんどい事よりもそっちを優先するはずだ。
「ちゃんとプロテイン飲めよ、まだまだガリガリすぎるからな。夏中にあと3〜4キロは増やして貰う。」
166センチ50キロこれが今の身長と体重だ、正直食べても全然太らないタイプだと自分では思っていたがカロリー高めの食事とプロテインを毎食毎に飲んでいたらこの1週間で1キロ増えた。
食べても太らない体質なんかじゃなく、単純に1日の摂取カロリーが低かっただけのようだ。
「肉体も大事だが女性相手には精神が更に大事だ。いくらマッチョになったって会話の際にオドオドしてたんじゃ一発で無し判定だ。女は本能でこの男は自分より下か上かを一瞬で察知する。媚びた態度で可愛いねなんて言った日にはコイツは私とセックスがしたくてしたくて仕方がないんだというのを見透かされ、私を手に入れたければアレをしなさいコレをしなさいと要求、搾取してくるが全てそれに応えたところでお前の元に来ることはない」
「えぇ…そんな、でも女子はよく優しい男が好きだって…」
そうだ、前も師匠は言っていたが
クラスの女子やいつか見た雑誌の恋愛コーナーにはモテたいなら女の子には優しくしようと書いてあった。
「お前の言う優しさってのはどんなだ?」
「そりゃ、荷物を持ってあげたり
お願い事をきいてあげたり、プレゼントしたりですかね」
「んー…デートは?自分でプランを考えるか?相手の行きたいところに着いて行くか?」
「俺が考えてつまらないデートになるよりも相手の行きたい所、したいことに合わせるのが優しさじゃないですかね」
大体、アニメやラノベの主人公だってヒロインのお買い物に付いていってそこで何かしらのイベントが起きてるイメージだし。
「全然ダメだ、それは優しさじゃなく優しいと思われたいだけだ」
「えぇ!?じゃあ優しさってなんなんですか!」
「女の言う優しさとは責任を取るということだ」
「責任…」
「男女間のやり取りの間には必ずリスクが発生する、LINEの交換だってそうだ。聞いた方は断られるリスクがある、
デートでは自分が決めたプランで楽しめず2人の関係がそこで終わってしまえば考える方にはリスクだ、そういったリスク…責任を女に取らせない男が優しい男だ。
お前の言う女のご機嫌取り的な行動は、相手の為を思っての行動ではなく”自分が嫌われないため”の優しさだ。何故女性がそう言う思考なのかといった話もあるが長くなるからこれだけ知っとけ。
女心その1”リスクを取りたく無い”だ」
「女心ってそう言うことだったのか…」
トレーニングと講習を聞き終えた俺は帰宅途中にある河川敷でランニングをしていた。
日が暮れ始め、夕陽が世界を優しい赤に染める。
この1週間で色々と考え方が変わった、考え方だけはそこらのクラスのモテ男なんかよりは
女心を理解できてるんじゃないかと思うが、実践する機会はまだ先、夏休みが明けてからか…というかそんな機会くるのだろうか。
「きゃぁっ!」
「うぉっ!」
ドンっと言う衝撃と、今まで生きてきた中で感じたことのない柔らかい質感の何かとぶつかった。
これまでの夏休みを思い返す事で、脳が目の前の光景を処理する事を忘れ目の前に人がいることに全く気づかなかった。
ようやく意識が目に移る映像を認識し始めた時、世界が止まったように感じた。
夕陽の赤に照らされて赤く見えるショートヘア、半袖短パンから伸びる健康的な白い肌は見るもの全てを魅了する魔力でも宿っているのか目を離すことを億劫にさせる。
先程の柔らかい感触は、少し大きめのTシャツの上からでもはっきりと主張してくるサイズのソレによるものだと認知する。
人だ、それも女の子、この子のことは知っている。
整った目鼻立ち、血色のいい肌と唇。
日本人にしては明るい色のショートへアに気の強そうなアーモンド色のその瞳。
男子顔負けのスポーツ万能少女、篠原 茜
自分の目の前で尻もちを付くそんな彼女に慌てて手を差し伸べる
「悪い、大丈夫か?」
「いってて…ん?伊藤??」
キョトンとこちらを見つめる彼女は、誰よりも夕陽に愛されていた。