嘘ついたら針千本飲ます
夕陽の位置がだいぶ下がりかけた頃、いつも通りランニングに励む。
海水浴から帰ってきた後で疲れてはいるが、夏休みの間に本気で変わろうと決意した手前
、日課のランニングをサボろうと言う気にはならなかった。
それにしても今日、怖かったな。
筋トレして少しは筋肉も付いてきたと思っていたけど、やっぱり暴力的な人間に立ち向かうのは相当な勇気がいる。
もっと筋トレに励んで、強さを手に入れなくては…
「ねえっ…!ねぇってば!」
「うおぉ!?」
後ろから何者かに手を引かれ、倒れ込む。
「きゃっ!」
最近倒れ込んでばっかりだな…まだまだ体幹が弱いのか?
なんて筋肉のことしか考えられなくなりつつある俺は、自分がどういう状況にいるのかに気づくのが遅れた。
右手は咄嗟に地面に付き、引っ張ってきた何者もとい篠原の顔の真横に。
左手は右手より大分下の位置、柔らかい何かを守っている物の感触。
その手のひらには収まり切れないほどの物質を覆う下着の装飾の凹凸を手のひらで感じながら思うのは、意外と硬いんだなということだった。
ただ、その絶対防御の守備範囲を少し超えた指先は信じられないくらいの柔らかさと弾力で押し返される。
そんな初めての感触を味わっていると、少し涙目の彼女が、睨みつけてるつもりなのだろうがただの可愛い上目遣いで言う。
「なんで無視するのっ」
「無視?いや、ごめん考え事してて全く気づかなかった」
今、自分の左手が触っているのは篠原茜の胸なのだと認識した瞬間から腕は固まって動けない。
「何回も呼んだのに無視するから、今日のことで嫌われたかと思ったじゃんっ」
そう言ってプイっと顔をそらす彼女。
なんて可愛い生き物なんだろうか。
「なんであの一件で俺が篠原を嫌うんだよ、そんな訳ないだろ」
「ほんと?」
「あぁ…」
「そっか…ていうかいつまで触ってるの、えっち」
「わ、悪い。ビックリして固まってた」
ふふっ、なにそれとクスクス笑う彼女の手を引き起き上がらせる。
「篠原もランニング?」
「んーん、今日は何だか疲れちゃったから…ただ伊藤にちゃんとお礼を言っとこうと思って、守ってくれてありがとう」
健気な子だ。
篠原のありがとうが聞けただけで、突き飛ばされ蹴飛ばされた甲斐があったと言うものだ。
「わざわざ言いに来てくれたのか、LINEとかでもよかったのに」
さてここまでの流れは流石の俺でもいい感じで来ているというのは理解している。
このままキスでもイケちゃうんじゃないかと言った雰囲気だ。
夕日はほとんど沈みかけ、なんとかギリギリのところで俺と篠原をライトアップしてくれている。
だが待て、ステイクールだ俺。
握力ゴリラ…ではなくお師匠様の言葉を思い出せ。
『今回の件でお前の株は結構上がった。不良から守ることで男らしさのアピールと、不安と緊張のドキドキ感。あと年上の女達と遊んでいるところを見せつけこの男はモテているのかもと思わせることもできた。
後はこっちから攻める、近いうちにあの子から何かしらアクションを起こしてくるだろう。
その時の最終ゴールは花火大会の約束をこじつけることだ、最後にキスでオトす。』
そうそう、キスはまだだ。落ち着けー…
とりあえず花火大会に繋げなくては。
それにしても可愛いな、頭撫でるくらいはいいかないいよな。
『ボディタッチは絶対にいやらしさが出ないようにしろ』
よし!するぞ、なるべく爽やかに自然にだ。
やばい緊張してきた、舌が渇く。
さっき胸触っちゃったばっかりだし、ベタベタ触ってきてキモいって思われるかな…やめてた方がいいか?
けど、いけっ行っちまおう!
「だけどありがとな」
なるべく自然体に爽やかに軽くポンポンっと彼女の頭を撫でる。
「どういたしましてっ」
そう言う彼女の頬は日が沈み、暗くなった今でも真っ赤に見えた。
今が攻め時だと判断した俺はここだと確信しつつ、花火大会へと話を進める。
「でも俺頑張ったよなぁー」
「へ?うん、弱っちかったけどちょっとカッコよかったよ…」
くっ…やはり弱いと思われていたのか、少しショックを受ける。
「何かご褒美ないの?」
「ご褒美??んー、今度何かあげるねっ」
「モノじゃなくていい。花火が見たいな、おっきい打ち上げ花火がさ」
「それって、、、うん。わかった、いいよ。
8月の31日夏休み最終日に私が毎年行ってる大きい花火大会があるの。
友達と行く予定だったけど、連れてってあげる」
「じゃあ約束」
そう言って彼女に小指を出すと、彼女の小さくて柔らかい小指が絡み付いてくる。
小学生以来の指切りをし、指きったと2人で笑い合った。