僕はにょろろ
僕は物に過ぎない。
でも、役割がある。
持ち主の美香さんが大好きだから、誇りを持てやっているよ!
もうそろそろ暖かくなる。
僕らの出番は終わるのかな?
僕らはツチノコ。
冷え性の美香さんちで働いている湯たんぽさ。
名前ももらっている。
僕は「にょろろ」ベッド担当。青のフリース生地に黄色の模様がアクセント。
今年から入ってきた子は、机の担当で「にょろり」。同じ赤いフリースに緑色の模様の可愛い子。
机で作業することの多い美香さんの膝の上に乗っている。
ある晴れた日に、僕らは皮を脱がされ洗濯をされた。
洗濯されて干している間、隣り合っていたけれど、中味がないから話すことは出来なかった。
でも、にょろりは目玉をくるくるしていた。
あはは。お洗濯で目が回ったんだね。
そして中身を着て、お腹の水気を切って、二人で冬物の引き出しに入れられた。
にょろりがシクシクと泣き出した。
「どうしたの?にょろり」
「あ、にょろろさん。ごめんなさい。起こしちゃって」
「大丈夫。何かあったの?それとも何か不安なの?」
「はい・・・私、このまま忘れられちゃうんじゃないかって怖くて・・・」
「大丈夫。僕はもう何年もここに居るけれど、寒くなる時には毎年出されているよ。
美香さんは、乾燥しやすいから電気毛布とかじゃ体が痒くなるんだって。
だから、安心して今年の冬を待とう。ね」
「はい。分かりました」
にょろりはやっと笑ってくれた。
そうだよ。
僕らには別に商品名があったけれど、美香さんがわざわざ「にょろろ」と「にょろり」って名前まで付けてくれたんだ。
僕らは眠ることにした。
次に目が覚めるのは、美香さんが寒くなって僕らが必要になった時だ。
ガタガタ・・・・ガタガタ・・・
ん・・・?
なんだろう。騒がしいな。
そしてバッと明るくなって、美香さんが
「あった・・・」
って呟いた。
え?まだ秋になったばかりだよ?生理痛が酷いの?
美香さんが、ちょっと乱暴に僕とにょろりを引き出しから引っ張り出した。
あれ?美香さんが、ふ~。ふ~って、息が荒く辛そうにしている。
僕には、いつも通りヤカンのお湯を。
一緒に出されたにょろりには氷水を入れた。にょろりは冷たさにびっくりしている。
僕らを引きずるようにベットに放り出した。
こんなに手荒に扱うのは珍しい。
美香さんは、にょろりを枕にして布団に入り僕を抱きかかえた。
美香さんが熱っぽい。身体から熱が出ているけれど、冷たい汗も出ている。
風邪を引いたんだね。
いつも頑張り屋さんだから、無理をし過ぎて時々酷い熱を出す。
僕は、汗で冷たくなった掛け布団を美香さんの身体に付けないように、自分の身体を出来るだけ伸ばした。
お腹で美香さんを温め、背中で冷たい冷えた布団を防いだ。
身体の中のお湯の循環を背中側とお腹側で分けて、お湯の温度が低くならないようにする。
これには、細心の注意と努力が必要だ。
朝までお湯が暖かくなっているように、僕は研究を重ねたのだ。
背中側の水流。お腹側のお湯の流れ。それが交わらないように回し続ける。
ある冬の日の朝に美香さんが言った。
「あれ?まだ暖かいや。この湯たんぽ最高じゃん。よし。君には名前をあげよう。
ツチノコのカバーだから「にょろろ」だ!これからも頑張ってくれたまえ」
僕に名前が付いた。頑張っていると認めてくれた。
もっと意識を注いで美香さんを温めることを決意した。
夜の時々は、寝相が悪いから布団から出されてしまったが、そっと元の場所まで戻って行っていた。
お腹を上に曲げ頭と尻尾で踏ん張り、頭を前に出すとピョンっと、進むことが出来る。
お湯でお腹がいっぱいの時は大変だけれど、本家のツチノコさんも移動はジャンプをするそうなので、この太くて手足のない僕らの移動手段は限られているのかも知れない。
頑張って布団まで戻ると、美香さんが僕の尻尾を掴んでお腹の上に乗せる。もちろん美香さんは寝たまま無意識にやっている。
僕は、そんな毎晩を過ごすうちに「心」が生まれた。美香さんの役に立ちたいと言う道具としての使命に燃えた。
今、とても苦しそうだ。
「にょろり、聞こえるか!」
もう一人のツチノコに声を掛けた。
「はい。聞こえます」
「よし、にょろり。よく聞けよ。頭側の水はぬるくなっているだろう。
それを身体の端の方まで回して冷たい水がいつでも頭の下に来るようにするんだ」
「え?分からないです」
にょろりは、今まで特に何も気にせず居たんだな。
「そうか。なら、お腹を凹まして、冷たい水を背中側に送ることは出来るか?」
「はい。やってみます」
にょろりの身体が少し浮き、沈んだ。 ボコリと水の動く音がした。
「はい。出来ました!」
「よし、なら背中の水が温まったら、お腹の水と交換するのを続けるんだ。
出来たら頭の置かれていない脇の場所を水を冷やす場所として使って。
そうして流れを作れば、ずっと冷やすことが出来るぞ」
「は、はい」
「これは、今回の冷やすだけじゃない。温める時にも応用するんだ。
どうすれば、暖かい湯を美香さんに長く触れさせて、冷えたのと合流させないか考えるんだぞ!」
「え?分からないです」
「ちゃんと、その時には考えろ。僕でも出来たんだ。きっと出来る!
さあ、今は美香さんの頭を冷やせ。僕は身体を温める!」
「はい!」
そして僕らは、長い夜を美香さんが楽になるためだけに、身体の中の水や湯を動かし続けた。
昼過ぎになってベッドから起き上がった美香さんが、ここ数日続いた悪寒の昨夜のピークが治まったのを感じた。
ベッドには青のツチノコのカバーを付けた湯たんぽが真ん中と、赤いのが枕にある。
青の湯たんぽを触ると、まだほんのと暖かい。
「っふう。またコレに救われたな~」
青の湯たんぽを引っ張りお腹の所でだっこする。
じんわりと優しい熱が伝わる。
母親が実家を出る時に持たせてくれた。学生時代と就職してからも寒い時期には使ってきた。もう、この青いのは5年一緒に居る事になる。
「ありがとうね~」
湯たんぽにお礼を言うのも変だと思うが、実際、この存在がとても助かっている。
湯たんぽを胸に、ぎゅーっと抱き締めた。
すると、パタ、パタと水滴がパジャマに落ちた。
「えっ?!」
急いでカバーを外す。ツチノコの肩あたりの薄くなっていた生地がどこかに引っかかって破れた。
「ああっ!!!」
カバーを外されたゴム製の湯たんぽの脇腹に当たるのだろうか、上下をくっつけた場所から水がじんわり漏れている。
「あ~あ。水が漏れちゃっているよ~。湧いて熱いまま入れていたのや、折れるように抱き込んでいたのが悪かったのかな。」
販売店では2年で買い替えるのが良いと言われているが、この子は熱湯を入れたりと使い方が荒かったけれど、5年も持ってくれた。
もっと大事に使えば、まだ使えただろう。
しかし、説明書通りの70度のお湯の用意なんて面倒だから、2リットルのヤカンで沸かした熱湯を火傷をしないように入れて、残りはマグカップに入れて白湯を飲んでいた。
説明書では5時間弱と書かれていたが、布団の中ではあったが7時間寝て朝起きた頃にも、ほんのりと暖かかった。
きっと、工場で作られていたとしても、この子は良い出来だったんだろう。
寝相が悪く、布団を蹴っ飛ばしてしまっても、湯たんぽはお腹にあって風邪をひくことは無かった。
生理痛の時には背中にくっつけて仰向けに寝た。それもゴム製の湯たんぽには負担のかかる行為だったかもしれない。
「私って結構、物を大事にしているつもりだったけれど、にょろろ君には無体をさせていたのかもね」
なんとなく、白いバスタオルに包んでからゴミに捨てることにした。
白いバスタオルに包むと、なんだか赤ちゃんみたいだな。
「今までありがとう。お疲れさまでした」
ゴミの日の前日の夜に捨てられた。
ある冬の始まりそうな寒い日に、にょろろは目覚めた。
「あれ?僕は役目を終えたんじゃなかったっけ?」
「あ、にょろろさん。お久しぶりです。新しい身体はどうですか?」
にょろりがベッドから声をかけてきた。
新しい身体?
自分の身体を見回す。
身体は新品になっていて、フリースのツチノコ柄が切り取ってキルトカバーに縫い付けられていた。
僕は持ち上げられて、美香さんの顔まで来た。
「さあ、2代目にょろろ君。これから私を温める仕事を頑張ってくれたまえよ」
そう言って、僕をお腹に抱えて、ギュッとした。
ああ、ポカポカするよ。熱いお湯のせいだね。
でも、とても嬉しくて、たまらないんだ。
「ただいま。美香さん。にょろり」
「「おかえりなさい」」
なぜだか、僕の声が聞こえないはずの美香さんの声とハモってにょろりも言ってくれた。
「ただいま」
笑ってこたえた。
僕は壊れて捨てられる運命さ。
それを嘆いたことは無い。
でも、大事に使ってくれるから、僕にも「心」が生まれた。
護りたいな。
あれ?部屋の机やいつも読書の時に使う一人掛けのソファーとかが光って見える!
ああ、そうか。
美香さんが大事に使っていて、心が生まれたモノたちなんだね。
大切に使ってくれてありがとう。
僕らを好きでいてくれてありがとう。