風の舞
石畳をタタンと鳴らし、彼女は風を纏う。
「銀嶺の矛よ 大蛇の牙よ 崩国の神腕よ 巡り映せ其の灰の風」
彼女の唄に、彼女の動きに呼応し、風はその形を変えてゆく。鋭く、激しく、滑らかに、その性質は風のようでいて風ではない。自然のものでは無い彼女のものだ。
「あぁ神よ 我が天啓よ その意志を持って我一つの狂風とならん! 」
唄の終わりと共に風は猛りを鎮める。風は彼女の手足にまとわりつき、静かに震える。
その風は彼女の舞に合わせ力を誇示する。
彼女の手足に触れたものは裂かれ潰され、次々とものを言わぬ肉塊となっていく。
「すごい……」
メルベラは援護も忘れ、その美しさに魅入っていた。
「ちょっとメル! 気持ちは分かるけど今かなりヤバいんだよっ! 」
魔物の猛攻を凌ぎながら、ミセルはメルベラを叱咤する。
その言葉にメルベラはハッと気付いたかのように魔法の詠唱を始める。
「マリアセラ イーガス フルア エイ……」
ポッポッポッポッと、唄に応じるようにメルベラの周囲にいくつもの小さな火球が漂い始める。メルベラは杖を使ってそれ等を操る。
「ハーレ アルラウ ブレシア! 」
その言葉と同時に火球はメルベラの周囲を離れ魔物に向かって飛んでいく。そして魔物にぶつかった瞬間、それらはポッと霧散した。
「おっ! ナイスだ! 」
その言葉と共にグレイは魔物に肉薄する。魔物が急接近するグレイに剣を振りかざそうとしたその時であった、魔物は途端に脱力し、眠りの世界へと旅立つ。
グレイは隙だらけとなった魔物にとどめを刺すと、また同じような状態となった魔物にその刃を向ける。
「しっかし多すぎるだろ……! 」
「普通に異常だよね、ほんとギルドは杜撰にも程があるよ」
ミセルは正面の魔物を切り伏せるとやれやれと肩をすくめる。
軽やかにステップを刻み魔物の攻撃を流しながら手数多く戦うグレイとは対照的に、ミセルは重心を低く構え、一撃一撃に全身の力を込めて魔物の硬い表皮ごと叩き切っていた。竜皮族の血の力とバネが為せる荒業だ。
重く鋭い斬撃に、魔物は為す術もなく次々と切り払われていく。その動きは人族とのハーフとは思えない程に完成されたものであった。
「ふぅ……こんなもんかな? 」
残った魔物が逃げ出すのを確認するとミセルは剣を鞘に戻す。返り血を乱暴に拭うとサーシャの元へと体を向けた。
「お疲れ様です……」
「あなた達相当強いわね、六等級ぐらいの実力はありそうじゃない」
「しっかし、あんた人族じゃなかったのか? なんで魔法使ってんだ」
グレイがサーシャを睨みつける。
確かにそうだ、純粋な人族が魔法を使えないのは周知の事実。魔法に似た力を使える神子という存在がいるらしいがそれは……
「さぁ、どうしてかしら? もしかすると私が知らないだけで、少しだけ亜人族の血が混じっているのかもしれないわね」
「少しだけ混じってる程度じゃあろくに魔力も練れねぇだろ、ハーフのミセルですらろくに使えねぇんだ……あんたもしかして神子じゃねぇのか……? 」
神子、それは人族の間でごく稀に生まれる特別な力を持った者のことである。魔法なども到底及ばないとても強力な力で、それ故に人族は弱者ながらも一定の地位を得られているという。
しかし神子は通常、それとわかった途端貴族に引き取られ私兵となるものである。
「それだけは違うわ。神子の力はこんなものじゃないもの……」
サーシャはそう呟くと話は終わりだと言う様にミセル達に背を向け、消耗したメルベラの元へと向かった。
ミセルとグレイはお互いに顔を見合わせ頷きあう。
「警戒はしといて損はねぇな……」
「せめてメルベラはね……」
二人はメルベラの方を見ると拳を強く握りしめた。強く、強く。
むかしむかし、あるところに人族の始祖と呼ばれる者たちが暮らしていました。
しかし毎日のようにやってくる魔物に、始祖達はたいそう困り果てていました。
そこで始祖達は魔物達を支配している砂漠の長に、魔物を大人しくしてもらうよう頼みに行きました。
「砂漠の長さま、どうか私どもをお救い下さい」
始祖達は多くの食物を差し出しました。
しかし砂漠の長はそれには気をとめず、始祖の一人を摘んで食べてしまいました。
「ひと月に一人差し出せ、そうすれば願いを聞こう」
砂漠の長にそう言われ、為す術もない始祖達は渋々それを承諾しました。
しかしやはり仲間を差し出したくはありません。そこで始祖は妖精に助けを求めることにしました。
「妖精さま、どうか私どもをお救い下さい」
すると妖精は始祖達に力を授けてくれました。
そして妖精に借りた力で何とか砂漠の長を打ち倒した始祖達は妖精に感謝しました。
「妖精さま、こちらをどうぞ」
始祖達は妖精に感謝の印として仲間を一人差し出しました。
すると妖精はそれを食べ、血の味を知ってしまいました。
それ以来毎晩のように妖精がやってきて肉を催促するようになりました。
そしてついに妖精は始祖を一人さらっていきました。
しかし何故か妖精は始祖を食べることなく、子を孕ませました。
仲間の始祖達が助けに来た時はもう遅く、子を産んだ始祖は死んでいて、その周りを妖精との子が這っていました。
始祖はそれらをエルフと名付け、大切に育てましたとさ。
めでたしめでたし
「あら? 目が覚めたのね」
ハッとミセルは体を起こす。どうやらあの酒場のやり取りの後寝てしまっていたようだ。
夜の酒場の喧騒もすっかり静まりかえっており、冒険者達は疎らに佇んでいる。依頼の掲載待ちか、あるいは仲間を待っているのか。
パサとサーシャが紙束を差し出してきた。
「道中に受けられそうな依頼を取っておいたわ、見てもらえるかしら? 」
ミセルは眠たい目を擦りながらふぁいと気の抜けた返事をして紙束を受け取った。
「街道近くのリザードマンの間引き、甲虫の外殻採取、デザートゴブリンの殲滅、スカルスパイダー討伐……本気で言ってます? 」
「あら、不都合あるのかしら? 」
「いや、僕達は冒険者登録したばかりの十等級ですよ! デザートゴブリンならまだしもリザードマンの群れ、スカルスパイダーなんて……」
「いけるわ」
サーシャは確信を持った目でミセルを見据えた。
「私がいるのだし、そもそもあなた達も……ね」
そっとミセルの肩に手が添えられる。キメの細やかな傷一つない綺麗な手だ。あまりにも不自然な程に。
ゾッと、ミセルの全身を悪寒が貫いた。肩に添えられた手があまりにも重く冷たい、まるで心臓を直接撫でられてるかのような強い危機感を覚える。その手の人物を見てはいけない、見ることが出来ない。
指ひとつ動かせないミセルの耳元でサーシャはそっと耳打ちした。
「気付いてないとでも思っていたのかしら、付き人さん」
「あ……」
「あらごめんなさい、怖がらせるつもりはなかったのよ」
サーシャがパッと手を離すと、ミセルの体からどっと汗が噴き出した。荒い息遣いで小刻みに体を震わせながらミセルはサーシャを睨みつける。
「何が目的ですか……」
「言ったでしょ、妖精探しよ」
「……っ! 」
とぼけるサーシャに対してミセルが言葉を発しようとしたその瞬間、酒場のドアが荒く開かれた。
「ちょっとグレイ! 足で開けるなんて行儀が悪いわ! 」
「手が塞がってるんだ、しょうがねぇだろ。っと、ミセル起きたんだな? 」
グレイとメルベラが両手いっぱいに料理を抱えて入ってきたのだ。
そこに注意が取られるミセルにサーシャはウインクして口に指を当てた。
(話したら殺す)
そういう意味なのだろうか。ミセルは脱力し、椅子に体を預けた。
「僕の役目かぁ……」
未だ強ばる体を落ち着かせながら、ミセルは料理を運ぶメルベラを見つめていた。
「さぁ行くわよ! ここで夜を迎える訳にはいかないわ! 」
メルベラが無い胸を張って号令を出す。その様子にやれやれとグレイが肩を竦めた。
「お姫さんったらまったく張り切っちゃって。疲れちゃうねぇ」
「うるさいわね! もうリザードマンの核皮は採取り終わったんだしいいでしょ! 」
「まぁまぁ、落ち着いて。リザードマンの死体をここに置きっぱなしには出来ないでしょ。街道付近だからね」
ミセルは二人の間に入って宥めるように話しかける。
「え? あ、そうね……でも」
「うん、確かにメルの意見も大切だ。夜に開けた場所にいるのはすごく危険だからね。でもこの死体を狙って魔物が来ないようにもしなきゃダメだ、手伝ってくれる? 」
「わ、分かったわ……も〜! 私がまるで我儘な子供みたいじゃない! 」
「ふはは、違いねぇ」
「グレイ! 」
メルベラは頬を膨らませつつも渋々と詠唱を始めた。
グレイは空気を読んでかメルベラ達を二人きりにすると少し離れリザードマンの死体から肉をはぎ取り始めた。
「いい関係ね」
この様子を微笑ましく見ていたサーシャがグレイに声をかけてくる。
「長い付き合いだからな」
グレイがあからさまに素っ気なく返すとサーシャは近づいてきてその頬を指でつつく。
「あまり警戒し過ぎも良くないものよ。あなた達に害を与えようとするならもっと早く動けたじゃないの、タイミングはいくらでもあったわ」
そう言って微笑むサーシャにグレイはチッと舌打ちをして向き直る。
「過ぎる好奇心は身を滅ぼすもんだぜ」
「ふふふ、知ってるわ♪ 」
グレイは再度舌打ちすると、サーシャに背を向け魔物の肉片を手にミセル達の方へと歩いていった。
血の臭いが充満する草原で、踊り子は光を踊らせる。強い光はただ前へ、淡い光は右へ左へ、今にも消えそうなか細い光は大切に大切に。
「あぁ、とても楽しい、愛おしいわ」
踊り子はベールを被ると詠唱を唄い周辺の魔物の死体を一気に持ち上げる。
「そしてとても哀れで、悲しい生き物ね」
くるくると踊り子は廻る。踊り子は巡る。
回転らない世界で踊り子は周る。